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異語り 102 家族旅行

コトガタリ 102 カゾクリョコウ

子供の頃の家族旅行は、夏は海と決まっていた。
でも海水浴場へは行ったことはない。
父の趣味で【釣りができるところ】が基本だったのだと思う。

泳ぐ場所も舟で運ばれた先の小島(?)岩場のようなところへ下ろされ、数時間後に迎えに来てもらうというスタイル。
ほとんど人もいないし、一目で岩場全体が見渡せるので迷子の心配もない。
水もきれいだけど、基本足がつくところではないのでライフジャケット着用必須だった。

岩のくぼみに残った潮だまりで小魚を捕ったり、岩の上から海に飛び込んだりして遊んでいた。

父は釣りをするものの、あまり上手くはなかった。
いつも二・三匹も釣れると竿をたたみ一緒に遊んでくれた。



その日は全く魚が釣れないので1時間ほどで一緒に泳ぎ始めた。
イシダイやイシガキダイの稚魚が多く、水面にぷかぷか浮かんでいると足をちょんちょんとかじりにくる。
「こいつらのデカイ奴が釣りたかったんやけどなぁ」
わらわらと寄ってくる稚魚の群れに苦笑いを浮かべながら一緒に波間を漂っていた。

シュノーケリングの道具などは持っていなかったので、普通の水泳ゴーグルをつけ息を止めて海の中を覗く。
透明度の高い海中はずっと深いところまでよく見えた。

海底から伸びあがってきている長い海藻やいろいろな小魚の群れ
悠然と泳ぐ大きな魚

息が続く間しか見れないのでなかなかに忙しい。
弟の足に群がる稚魚を眺めていると
「あいた!」父が声を上げた。
振り返ると海中に手を突っ込んで何かを追い払うようにバタバタと水を掻いている。
「大丈夫?」
「なんか活きのいい奴に思いっきりかじられた」

そんな活きのいいやつって?
もしかしたら大物が来たのか?
ちょっとワクワクして海中を覗きながら父の側へ行こうとすると
「来るな、すぐに岩場に上がれ!」
かなり強い口調で止められた。
もしかしたら危険生物なのかもしれない。
父の剣幕に弟と一緒に素直に従った。

2人が岩場によじ登ったのを確認してから、父もザバザバと泳いで戻ってきた。
足の所々が赤くなり、血が滲んでいる箇所もある。
「うわー、何に食われたん」
「……わからん。けど、今日はもう海に入らん方がいい」
岩場に来てからそれほど時間も経ってなかったから迎えまではまだまだ時間がある。
仕方なく岩場にあった大きめの潮だまり(ビニールプールサイズ)で残りの時間を遊んだいた。

旅行先から帰宅後、父の足は一部がひどく化膿し、しばらく包帯を巻いていたのを覚えている。



その当時はいくら聞いても「わからん」としか言わなかったのに、最近になって「あの時は本気で怖かったなぁ」なんて話を始めた。

最初にチクリと痛みを感じた時に水中を覗いてみたそうだ。
イシダイやイシガキダイに混じって白っぽくて細長い10センチぐらいの魚が見えたらしい。
「こいつか?」と思って目で追っているうちにあちこちかじられ始め、大慌てて手で追い払っていた。気がつけば白い魚が増えてきたため、子供達を避難させた。
自分も岩場まで戻ろうとする頃には周囲に十数匹ほどもいたという。

さらに手に噛み付かれ、思わず引き上げたそれは、背びれが髪の毛ようで、もしゃもしゃと黒い物が生えた見たことがない魚だったらしい。

「噛まれた跡も人の歯形みたいで気色悪かったなあ」


そんな話あの時聞かされていたら、海嫌いになっていたかもしれない。



そういえば毎年違う海へ行っていた。
もしかして何かのっぴきならない理由があったのだろうか?
てっきり【釣りたい魚がいる場所】で選んだと思っていたけど……。

1度ゆっくり思い出話をする必要があるかもしれない。

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