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異語り 127 センター試験

コトガタリ 127 センターシケン

30代 男性

今は共通テストですか? 俺の時はセンター試験です。
本気で有名校を狙っていた訳ではないけれど、あわよくばの期待を抱いて受験しました。

当日は結構緊張していてあまり周りを気にする余裕はなかったんですが、でもそんな中で同じ教室に1人ちょっと変わった雰囲気の受験生がいたんです。

一応制服っぽい格好をしていましたがサイズはバラバラ。
上着はダボついて見えるのにズボンの裾からはっきりと足首が見えていましたし、中のシャツは首元が苦しそうでした。

集中しなきゃいけない場面で異質なものはなるべく避けたい。
「出来るだけ席が離れていてくれ~」そう願いながら自分の席を探しました。

自分の席を見つけた後、すぐに奴の姿を探しました。
すると奴もこちらに向かって歩いてくるのです。
全力で自分の運のなさを嘆いていると、奴は俺の席を通り過ぎ、すぐその先でピタリと足を止めました。

俺の右斜め前。

思わずため息がもれました。


ただ、試験ということで席の間隔は広めとに取られていました。
気持ち左を向いていればそれほど視界には入らないということがわかりました。
「右は見ないように、何よりも集中」
そう思い試験に挑みました。


1時間目は集中力も高かったので、奴の存在はすっかり忘れられました。

2時間目は得意科目だったということもあり、少し気が緩んでいたのかもしれません。
試験が始まり10分ほど経ったころ、それが始まりました。


最初は誰かの持ち込んだ時計の音かと思っていました。

ジーッ ジーッ ジーッ ジーッ

ほぼ規則的に聞こえてくる微かな音。
少し気にはなりましたが、神経が高ぶっているから聞こえてしまうのだろうと思いなるべく意識の外へと追い出すように問題に取り組み続けました。

シーッ シーッ シッ ………… シーッ シーッ シーッ シーッ

時折音が止み、代わりに何かプチプチと泡が弾けるような音がします。

試験中だというのに、意識の何パーセントかが確実に音に向けられていました。

シーッ シッ 

プチプチプチプチプチプチ 

シーッ シーッ シーッ シーッ

どうやら時計の音ではなさそうです。

こうなってくるともう気になって試験どころではなくなってきました。
ならばさっさと正体を確かめて意識を戻そう。
問題を読むのをやめて、音に集中してみました。

音の発信源は…………自分の右前
……奴です。

さらには「プチプチ」という音の他にも「ンチャッ」とした音も混じっていることに気が付きました。

これはあれだ! 歯の隙間から息を漏らしている音。
一度そうだ思うともうそれとしか思えなくなってしまい、たまらなく気分が悪くなってきました。

音の正体がわかれば、また集中できるかと思っていましたが、余計に気になってしまいます。
奴のことはなるべく見ないようにしていたのに、気が付けば視界の隅に奴の姿を置いていました。


あの時、もう無理やりにでも無視していれば良かったと思います。


あの音は息を吐く音なんかじゃなかったんです。

奴の左頬の後ろ。
エラの裏ぐらいに赤く腫れた大きなできものがあったんです。

そのできものが、音に合わせて
ふくれたり
しぼんだり
まるで呼吸でもするように
胞子を撒き散らす袋状のキノコのように……。



もうダメでした。
すぐに手を挙げると監督官に体調不良を訴え教室を出ました。
トイレに駆け込み、吐けるだけ吐いて残り時間は廊下でぼんやりと過ごしました。


休憩時間を挟み、3時間目。
もう受験なんかやめて帰りたかったけれど、そんな勇気はなく暗澹たる思いで席に戻りました。

すると奴の姿がありません。
休憩時間ですから終われば戻ってくるのでしょうが、ほんの少しだけ力が抜けました。


朝とは違う緊張感でその時を待っていると、奴より先に自分の前の人が戻ってきました。

あんなのが隣じゃさぞかしやりづらいだろう。
そう思い軽く会釈すると相手も少し微笑んでくれました。
その笑顔に釣られてつい「大変ですね。隣大丈夫ですか」と声をかけていました。

「えっ? 隣ですか?」
彼は不思議そうに俺の視線の先(彼の右隣の席)を見ました。
「まぁ空席が気になる人もいるかもですが、僕は平気なので何ともないですよ」

「え?」

「え?」

「いや本当に、むしろ人が居ない方が落ち着くぐらいです」

彼曰く、最初からずっと右隣は空席だったと言います。
そして、俺のことを「空席が気になる人」と認識しているようでした。
思わず奴のことを説明しそうになりましたが、自分には見えない人が隣に居たなんて聞いたらきっと気分はよくないでしょう。
それは彼の足を引っ張ることになりそうなのでぐっと堪えました。


では俺が見ていたのは……?

奴が再び現れることはありませんでした。
が、その後の試験の結果は……まぁ察してください。

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