異語り 121 浮かされて

コトガタリ 121 ウカサレテ

30代  男性

結構身体は丈夫な方なので、風邪も滅多にひきませんし、熱を出すこともほとんどないです。
でも昨年、インフルエンザにかかって久々に39℃台の熱を出しました。

熱もあるし、体もだるいし、会社にも来るなって言われたので一日中ボケッとベッドの中で過ごしていたんですが、ちょっと変な夢を見たんです。

やることもないし、熱のせいで本を読むのもスマホをいじるのも億劫でほぼ寝ていました。まぁ時折ふわふわとした状態で目を覚まして、またとろとろと眠りに落ちていく。
そんな繰り返しです。

意識はぼんやりしていましたが、何度か夢を見ていたと思います。
特に熱の高かった1日目と2日目の夢です。

夢の中でも熱くて呼吸も浅くなりフーフーとあえいでいると、額にスッと冷たいものが触れたんです。
うっすら目を開けると黄色っぽい縦縞の着物を着た女の人が額に手を乗せてくれていました。
その手がひんやりしてとても気持ちよくて、少し笑いかけたと思います。
女の人の顔はぼやけてよく見えませんが、笑い返してくれていたように感じました。

ゆっくりと額から髪をかき上げるようにして頭を撫でてくれていました。
そして子守唄のような素朴な歌を歌ってくれていました。
歌詞は覚えていないのですが、曲調は『かごめかごめ』のような雰囲気だったと思います。


すっかり回復してしみじみと病状を振り返っていた時、自分がこの夢を見るのは初めてじゃないことを思い出しました。

ごくたまにですが、子供の頃にも熱を出して寝込むことがありました。
自分が寝込むと母はいつも小さく切ったリンゴにハチミツをかけたものを作ってくれたり、小さなお椀ににゅうめんを作ってくれました。
それはとてもうれしくてよく覚えています。

昨年熱の中で見た夢に出てきた着物の女の人、子供の時にもこの女の人の夢を見ていたことを思い出したんです。

でもまあ子供でしたし、熱でボーッとしてましたから深く考えたりもしなかったのでしょう。
何度か見ていたはずなのに、昨年までころっと忘れていましたから。


女の人はいつも同じ着物で同じ歌を歌っていたと思います。
確かに顔はよく見えませんでしたし、覚えてもいません。
ですが、確実に母ではないんです。


自分の中の母の記憶に着物を着ている姿は、ひとつもありません。
もちろん頭を撫でてもらったことはあります。
ですが、母の手はどちらかというと暖かいんです。
熱があったのだから冷たく感じたのかもしれませんし、所詮夢ですから色々と都合よく変わっているだろうとは思います。
でも、母の手は少し厚ぼったくてかさついていました。
時々額に当たる小さな棘のような荒れた肌の感触が好きでしたから。

夢の中の女の人の手はひんやりしていてとても滑らかでした。
そして、いつも「早く……早く……」と呟いていました。



自分は勝手に「早く良くなれ、早く元気になれ」だと思い込んでいました。

でも、あの時の夢を冷静に思い返してみると、


「早く……コイ。早く……コイ」


だったと気がつきまして…………。




もうあれ以来めちゃくちゃ健康に気をつけていますよ 。

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異語り 夏瓜(かか)
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