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異語り 118 夏の想い出

コトガタリ 118 ナツノオモイデ

40代 男性

まだ学生だった頃の話
朝晩の冷え込みが厳しくなってきたのでそろそろ冬物を出そうとクローゼットを開けた。明かりなんかついてないからなんとなくの記憶を頼りに中へ踏み込むと、なんとも言えない不快感に襲われた。
痛みはないが足裏が気持ち悪い。

すぐに足を引っ込め手で払う。
パラパラと砂粒が飛び散った。

「ええぇ? …………夏のか」

過去の自分の行動を辿り、思い当たったそれに深くため息がもれた。

友達連中と海に遊びに行ったのだ。
少しでも節約しようとレジャーシートやタープも持ち寄って一日中遊んだ。

楽しかったなあ……

よい想い出ではあるが、その名残でげんなりするのはいただけない。

「ちゃんと拭いたつもりだったんだけどなあ」

過去の自分に文句をたれつつ、ありったけの電気を点けてクローゼットの中を照らした。
砂は奥へ行く程多いように見える。
どのみち掃除はしなくちゃならない。
あまり活躍の機会のない掃除機を引っ張り出しスイッチを入れた。

もうあの気持ち悪さは体験したくない。
その一心で砂を吸う。
物をどかしながら念入りに。

奥の壁際に小さな砂山を発見した。
「ここが元凶か?」
一瞬で小山を吸い尽くしその周りも念のため物をどかす。

去年の教科書を入れた箱やあまり着ていない服を入れた衣装ケース。

あれ? 
そういえばアウトドアグッズはこっちじゃない方に入れてたのでは?

顔を上げ見回してみるがやはりこのクローゼットには入れていないようだ。

何で砂が?

もう一度さっきの小山のあったところを確認しようと振り返ると、吊してあった服に腕が絡まれた。
軽くそれを払うと

サ――ッ

砂が降ってきた。

「え? なんで? どこから?」

とりあえず掴んだ服を軽くよけると再び

サ――ッ

足下に砂が飛び散る。

「うわっ! なんだよ、これか?」

確かに夏に海に着ていった綿のジャケットだった。
もう一度軽く振ってみると、パラパラと砂がこぼれる。
その出所はすぐにわかった。
奥側になっているポケットの中が砂まみれだった。
それも「ちょっとくっついちゃいました」なんて量ではなく、一握り程つかんで入れたくらいは有りそうな量が入っていた。

「いやなんで! 俺砂とか入れてねえから」
潔癖ではないけれどそれなりにきれい好きではある。
好き好んで砂を持ち帰ったりはしない。まして直接ポケットに入れるなんてあり得ない。

「誰かが入れたのか?」

一緒に行ったメンツを思い出し、それもあるかもなんて思いいたり又ため息がもれる。

いや、そうだったとしても帰ってくるまで気づかず、さらにはそのまましまい込むなんて……やはりないと思う。

とりあえずビニール袋に移そうとポケットをひっくり返すと砂と一緒に手のひらサイズの巻き貝が転げ出た。

すぐにその情景を思い出した。

砂浜で見つけたそれはとても綺麗で、なんとしてでも持って帰ろうと思いポケットに入れたのだ。
珍しい物を見つけたらそれぞれに見せびらかして報告していたのに、その貝だけは「見せちゃだめだ」「見られたら盗られるかも知れない」と思い手の中に隠してすぐにポケットへ入れたのだ。

「でもその後は……」
そんな思いをして持ち帰ったはずの貝を、存在ごとまるっと忘れていた?

そしてこの砂は?

もしかしたら貝の中に砂が詰まっていたのかも知れない。
ビニール袋の中で貝を振ってみるがそれ以上は砂は出てこないようだ。

あらためて巻き貝を眺めてみる。
何がそんなに気に入ったのか、今となってはまったく魅力を感じない。

このまま捨てるか?

いや、でも一応想い出か?

砂は捨てることにして、貝殻は棚の上に置いておくことにした。


それからたぶん一週間ぐらい。
またすっぽりと貝の存在を忘れていた。

久々に見た貝は

砂に囲まれていた。


さすがに気持ち悪くなってすぐにゴミに出した。
絶対あの貝から砂が出てきてたんだと思う。

でもアレって何だったんだろう。

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異語り 夏瓜(かか)
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