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人生は空騒ぎ。スタジオジブリ・鈴木敏夫に学ぶ仕事術。

「承認欲求」という言葉を発明した人は許せないと思うんです。
ー「禅とジブリ」 (鈴木敏夫 著)ー

見た瞬間にヒヤッとする。

SNS上が「自分」であふれる昨今、こういうことを言う人がいるんだなあと。就活で必死に「自分」を探していた僕には、耳の痛い言葉です。

鈴木敏夫はスタジオジブリの名プロデューサー。スタジオジブリを率いて、宮崎駿と作品を創り、世に送り出してきた。生半可な仕事じゃない。強烈な「自分」を出さなければ、やっていけなかったのではないか?不思議に感じた僕は、鈴木敏夫の仕事術について調べることにしました📝


自分を捨てる、他人を信じる

鈴木敏夫は、アイデア出しから重大な意思決定に至るまで、ありとあらゆる人に意見を聞きます。

どんな小さな問題でも、その場にいる人全員に意見をききます。時間はかかりますよ。チラシのラフ一枚で、4,5時間かけたこともあります。でも、これは基本なんです。基本をやっておけば、そのあとが楽です。これには雑誌の経験が役に立っています。当時、編集部員のほかにライターが5,60人いました。彼ら一人ひとりに「いま何をやるのがいいか?」と、順々にアイデアを訊いていく。ぼくがやることは、みんなから聞いたことのなかからどれをやるかを選択することだけで、「自分は教えてもらう仕事なんだ」と思っていた。いわば交通整理をずっとやってきたんです。やるときはもちろん、アイディアを出した人に担当させる。そうするとやはり、がんばるからおもしろいものになる。
ー「仕事道楽」(著 鈴木敏夫)-

鈴木敏夫のもとでプロデューサー補として働いていた、石井朋彦もこのように語っています。

鈴木さんの場合、企画や宣伝戦略、そしてスタジオやジブリ美術館の長期計画まで、じっくり考えなければならない重大案件が山積しています。
鈴木さんがすごいのは、取材や来客、スタッフとの会話のなかで、平然とそうした重要な決断に関する悩みを口にしてしまうところです。相手がどういう人であろうと関係ありません。
「いま、こういうことを考えているんですけどね……どう思いますか?」
と聞いてしまう。相手も、重要なことを相談されたら、悪い気はしません。その場でアドバイスをくれる人や、後日具体的な提案をしてくれる人もいる。そして相手の返答のなかから、自分が、「これ」と思ったアイデアや方法を頭に留め置いたまま考え続け、ある時点から一気にスピード感をもって実行してゆく。
ー『自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-』(著 石井 朋彦)ー

そもそも人と一緒に仕事をするのは何のためか?この問いに対する鈴木敏夫なりの答えなんだと思います。

仕事をしていると、自分ひとりで答えを出すことが正しいように感じるものです。そして相手の話を聞かなくなる。鈴木敏夫は、むしろ相手の中に答えを探します。

じっと相手の意見に耳を傾け、何が一番大切かを探している。ある程度方向性が見えたら、自分自身のアイデアと関連づけて話し始める。
(中略)
鈴木さんは、ゼロから1を発想するタイプのアイデアマンではありません。みんなの意見やアイデアを総合的に判断し、もっとも優れたもの、その場に必要なものを、順列に組み立てます。
当初は、そこに反発していました。
「自分の意見」「オリジナリティーあふれるアイデア」を生み出すことがクリエイティブだと思い込んでいたぼくは、自分の意見を横取りされたかのような感覚になったのです。
鈴木さんは、ぼくが不満そうな顔をしていると、こう言いました。
「だれが言ったとか、どうでもいいじゃん」
その場で何がもっとも重要なのか。
そもそも、みんなで集まって議論をする最大の目的は何か。
それは、自分ひとりでは何日、何ヵ月かけても到達できないような発想が、みんなで言葉を交わし合いながら生まれること、その一点のみなのです。
ー『自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-』(著 石井 朋彦)ー

そういう意味では、「自分は捨てる、他人を信じる」というのは適切ではないかもしれません。自分の答えを他人の中に見つける。答え探しも含めて他人を巻き込んでいく。

その点については、東宝でジブリの宣伝プロデューサーを務めていた矢部勝が語っています。

ジブリの宣伝チームの特徴は、とにかく徹底的に話し合うことです。『もののけ』のときは、奥田さんの発案で日本テレビの寮へ行って、泊まりがけの宣伝会議を開きました。鈴木さんは、製作委員会のメンバーから、メイジャーのスタッフまで、宣伝関係者一人ひとりの意見を丹念に聞いていきました。絵コンテを読んだ感想では、ネガティブな意見も出ます。そうやっていろんな人の話に耳を傾けながら、「この作品は何なのか」ということをみんなで考えていくんです。もちろん、鈴木さんの中では、ある程度まで答えは出ているんだと思います。それでも、必ず自由に話をさせるところから始める。そして、徐々にみんなの考えをある方向に導いていく。いろんな会社から人が集まっているし、観客動員、配給収入の目標もとてつもなく高いですから、そうやって意思統一をしていかなきゃいけなかったんだと思います。
ー「ジブリの仲間たち」(著 鈴木敏夫)-

自分の考えを持ちながらも一度それを排して、他人の意見を限りなく尊重する。それを再び自分の考えと結びつけて、全体を巻き込み導く。

これが鈴木敏夫の働き方の根本にあるのだと思っています。

機能と人間、才能と誠実さ

では、鈴木敏夫はどういった人と働くのか?

一緒に働く人について、彼自身はこのように語っています。

機能と人間というか、才能と誠実さのバランスは難しいけれど、その両方が絶対に必要です。まじめだけどまだ力が足らないという人がいると、みんながそれを助けようとする。助けるなかで、助けている人自身が新しい面を出して伸びていく。これが組織であることのよさだし、単なる「一匹狼」の集合だと、力は単純に足し算で、下手をすると引き算になってしまう。教え教えられという関係がうまくできると、掛け算にもなるわけですから。もともとスーパースターがひとりいて、その人の言うとおりにやっていればすべてうまくいくというのはありえません。理想主義かもしれないが、みんなで力をあわせてやったほうがいいし、毎日が楽しいじゃないですか。
ー「仕事道楽」(著 鈴木敏夫)-

先述の石井さんはこう述べています。

鈴木さんのまわりには、個性的な人が多い。
人間的にも、仕事の進め方に関しても、偏った人がとても多いように思います。ですが鈴木さんは、たとえどんなに優秀でも「悪い人」は絶対に近くに置きません。この場合の「悪い人」とは、自分の利益ばかり考えている人、うそをついたり相手を利用したりする人です。
多くの組織では、「悪い人だけど優秀な人」が、いわゆる「不器用だけど誠実な人」よりも高い立場にいることが多いように思いますが、鈴木さんは違うのです。ジブリと大企業の大きな違いは、ここに集約されていると言っていいかもしれません。
ー『自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-』(著 石井 朋彦)ー

最初から優秀な人を機能として集めるのではなく、人間として誠実な人を集めて「得意技」を見極めていく。彼自身はこう語っています。

人には、必ず『得意技』というものがある。いくつもある人も稀にはいるが、だいたい、ひとつの得意技で勝負しているものなんだ。人を見るときは、それをなるべく具体的な言葉にしてみること。それによって、その人のよさを引き出すこともできるし、その人に無理な要求をしないですむからね。
ー『自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-』(著 石井 朋彦)ー

ぼくに人を見る目があるか。無い。たぶん。ぼくは神さまじゃない。無いから基準はただひとつ。仕事をやって貰って判断する。頼んだ事をやってくれるか、そうじゃないか。これだとわかりやすい。結果で判断できるからだ。ぼくは、他人に仕事を頼むときに、人を選んで来なかった。とりあえずやって貰い、その過程で、その人の適性を発見して来た。だから、相手は誰でもよかった。むろん、男女の区別の年齢も問わない。おかげで、その人の適性を見つけるのが上手になった。
だからといって、ぼくは全て正しかったとは言えない。見る側の問題だってある。人の好き嫌いもあっただろうし。
そして、ぼくがもうひとつ、他人と仕事をするときに、大事にしている事がある。その人が過去に何をやって来たのか。それを問わない事。その人の過去を知ったところで、何かわかる訳じゃない。ぼくとの出会いで、その人が実力以上に力を発揮してくれる事があると、僕が信じているからだ。ぼくは、人に対しても「今、ここ」で判断する。
ー「南の国のカンヤダ」(著 鈴木敏夫)-

スタジオジブリの現代表取締役社長 中島清文はこう分析しています。

鈴木さんの人材登用の仕方は傭兵型です。人は誰でも一つくらいは使える能力を持っているのです。それを寄せ集めて仕事する。だから鈴木さんは好き嫌いで人を判断しません。そして、仕事をすればその人に利得があるような形に必ずしています。ウィンウィンの関係をいつも築いてます。つねに貸しを作っていて、借りは作らない。借りはすぐに返してしまう。貸しはどんどん貯めておく。そしてここ一番という時に返してもらう。損して得取れです。
ー「鈴木敏夫とジブリ展」(著 中島清文)ー

相手の能力をフラットに見て、チームに起用していく。それが鈴木敏夫流の組織のまとめ方なのだと思います。

周囲から見た「鈴木敏夫」

ここまで見ると、鈴木敏夫は冷静かつ客観的でフラットな人に見えます。では、周囲で働く人に「鈴木敏夫」というリーダーはどう映るのか?

ジブリの海外戦略を担ったスティーブン・アルパートはこう語っています。

鈴木さんはあまり仕事を人に任せない。任せたとしても、打ち合わせをたびたびして進行具合を確かめる。そしていつも何かを企む癖がある。そのようなプロデューサーの下で働くことの最大の恩恵は、彼が仕事をゼロから始めて経験を積むことを重んじているがゆえに、そのための時間と機会を与えてくれることだ。ただし欠点は、夜10時から始まり何時間も続く会議に出なければいけないことである。鈴木さんは毎晩4時間ちょっと寝れば平気だ。彼は「人生は仕事だけじゃない」と一方で私に助言しながら、自身は週6日、連日20時間働くのである。
吾輩はガイジンである。-ジブリを世界に売った男-(著:スティーブン・アルパート)-

東宝でジブリの宣伝プロデューサーを務めていた矢部勝はこう語ります。

『もののけ』はいま振り返っても大変でした。鈴木さんも、顔つきからして違うんですよ。はっきりいって、あのときの鈴木さんは怖かった。
宣伝の作業がはじまって間もなくのことです。鈴木さんから新橋のヤクルトホールの喫茶店に呼びだされました。ポスター案がデザイナーから2案あがってきて、僕が迷っていたので、そのことかなと思ったんです。ところが行ってみると、鈴木さんが深刻な顔つきで煙草を燻らせていました。横には日本テレビの奥田誠治さんが神妙な顔つきで座っています。
僕が席につくなり、鈴木さんはドスのきいた声で言いました。
「矢部ちゃん、やる気がないなら、宣プロおりてくれ」
あまりの迫力に二の句を継げないでいると、「俺と仕事をしたくないと思ってるでしょう。前からそう思ってるのは分かっている」と畳みかけてきます。自分としては、これまでの2本は精一杯がんばってきたつもりだし、『もののけ』も、さあ、これからというときです。なんでそんなふうに言われるのか、まったく分かりませんでした。結局、その場では何も言い返せなくて、とぼとぼ会社まで歩いて帰りました。
翌日、僕が悩んでいると、奥田さんが東宝の試写室にやってきました。たぶん、僕の様子を見に来てくれたんですね。「どうすればいいんだろう?」と相談したら、「すぐ鈴木さんのところへ行って話をしたほうがいいよ」とアドバイスしてくれました。
そこで、僕はすぐにジブリへ行って、自分がこれまで考えてきたこと、『もののけ』の宣伝はぜったいにやりたいと思っていることなど、心の内を正直に話しました。たしかレポートも書いて持っていった覚えがあります。
そうしたら、鈴木さんはニヤリと笑って、「矢部ちゃん、ちょっと頭よすぎるな」と言いました。当時は真意がよくわかんなかったですけど、いま思えば、『もののけ』で大勝負に出るにあたって、僕に宣プロとしての覚悟を求めたんだと思います。
ー「ジブリの仲間たち」(著 鈴木敏夫)-

同じく東宝でジブリの宣伝プロデューサーを務めていた市川南は、こう語っています。

鈴木さんが人を怒る話は有名で、いろんな人が大声で怒られているのを見て、「大変だなあ・・・」と思っていたんです。もちろん僕も担当になってすぐ怒られました。ただ、電話越しだったのが不幸中の幸いでした。受話器を耳から離しても鼓膜に響くぐらい、すさまじいボリュームでしたけどね。僕としては、他の人たちが鈴木さんにこっぴどく怒られながら、そのあとも仕事を続けているのが不思議だったんですけど、自分が怒られてみて分かりました。鈴木さんに怒鳴られると、滝に打たれたように、ちょっと清々しい気持ちになるんです。
ー「ジブリの仲間たち」(著 鈴木敏夫)-

こう見ると、鈴木敏夫は激烈な人に見える。

ただ一方で、彼自身は「怒りのコントロール」についてこのように語っている。

石井さ、今日から怒りに10段階のランクをつけな。カーッとなったら、いまの自分の怒りは、1年間で、どれくらいのレベルなのかを考える。だいたい、1か2だってことに気づくから。そしたら、感情的にならず、顔にも出さず、落ち着いて対応すればいいの。でも、1年に2回は、本当に怒らなければならないときがある。そういうときは、怒るって決めて、怒ることによって物事が進むようにしなければダメ。ただ怒ってるだけじゃ、何も変わらないぞ。
ー『自分を捨てる仕事術-鈴木敏夫が教えた「真似」と「整理整頓」のメソッド-』(著 石井 朋彦)ー

怒りの感情すら、実はコミュケーションの一部に組み込んている。どこまでも冷静だし合理的な人なんだと思います。

鈴木敏夫に学ぶ仕事術

ここまで鈴木敏夫の仕事術、特に「人と働く」の部分について整理してきました。彼は会社組織についてこう語っています。

会社として動きはじめると経営という問題がいやおうなく浮上してくる。このときどう考えるか?
ぼくの答えは簡単です。「いい作品を作るために、会社を活用できるうちは活用しましょう」。これに尽きます。だから、そのために全力を尽くしたい。会社を大きくすることにはまったく興味がないんです。「好きな映画を作って、ちょぼちょぼに回収できて。息長くやれれば幸せ」と思っていたし、それはいまでも変わりません。理想は「腕のいい中小企業」です。
ー「仕事道楽」(著 鈴木敏夫)-

実際には、会社というものは、大きくしていかないと維持が大変だという要素があります。おまけに親会社が大借金会社でしたから、つねにヒットを要求されていました。でも、会社経営の論理にのみとらわれたら本末転倒で、ジブリの魅力も失われてしまうでしょう。ぼくはしばしば、「いいものが作れなくなったら、ジブリなどつぶしてしまっていい」と言い放っていますが、そのくらいの覚悟がなければ原点は守れないと思っているからです。原点はやはり、「挑戦」だったと思うんですよ。安心できるものをひたすら作っていくというのではつまらない。これまでとは全然違うものを作りたい。
ー「仕事道楽」(著 鈴木敏夫)-

鈴木敏夫にとっての会社組織は、手段でしかない。あくまでも「いいものを作りたい」が目的で、経済合理性は二の次。もしかしたら「いいものを作りたい」も建前かもしれない。

ぼくにとって、何が楽しいといって人と付き合うことほど楽しいことはない。好きな人ととことん付き合う、好きな人に囲まれて仕事する、これは最高じゃないですか。精神衛生上もいいし。宮さんとか高畑さんとか、こういう人たちに出会っちゃって、いろいろおもしろがっているうちにここまで来ちゃいましたけど、ほかにたくさん、好きな人がいる。
ー「仕事道楽」(著 鈴木敏夫)-

彼自身「人生は空騒ぎ」という言葉をよく使っているが、たぶんホントにお祭りが好きなんでしょう。自分の好きな人とワイワイガヤガヤしているのが好き。「いいものを作りたい」も「組織づくり」も成り行きでたまたまやってるだけ。鈴木敏夫の言葉の端々にそんな雰囲気があふれています。あるいは、本人さえ無自覚な演出なのかもしれません。

どこまでが本心で、どこからが企みなのか。僕には鈴木敏夫が分かりません。それでも、鈴木敏夫から得たヒントを、自分の中に取り入れながら前に進むことはできそうだなと。

来年に向けて、そんなことを考える年末です。

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痕跡本を販売しています

僕がこの本に出会ったのも22歳でした。就活の中で「自分らしさ」や「自分のやりたいこと」探しに足掻いていた頃。僕にとっては、どれも深く刺さる内容でした。
そこから鈴木敏夫さん関連の書籍を買い漁り夢中になって読みました。
この本には、関連書籍についてのメモも残していますので、ご興味あればご購入下さい!

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