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皆に喜んでもらいたい!!白河の地にきらめく星達の想い【ヤマボシ醤油の伝統と挑戦】

「皆に喜んでもらいたい。ただそれだけなんだよね。」

非常にシンプル、かつ、力強い言葉。

白河市にあるヤマボシ醤油さんの5代目、大槻安生氏の言葉です。

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今年の初めにTwitterでこちらの醤油屋さんを知ってから、どのような醤油を製造しているのか、ずっと気になっていました。
今でこそ、大手メーカーの醤油が全国どこでも手に入るようになりましたが、もともと、醤油は地域によって味や好みに大きな差がある地場産品の一つです。特に城下町である白河市は醤油屋さんが何軒も存在し、「これは面白そう」とますます興味が湧きました。しかも、ヤマボシ醤油さんのホームページを拝見すると「農林水産省 食料産業局長賞」とあります。創業が明治5年とお店の歴史も感じさせ、さらに気になる存在に。

「まずは自分の地元で商品を探してみよう」と思ったのですが、これが見つからない。それもそのはずで、実際にお伺いして分かったのですが、ほぼ白河市内か特定の取引先でしか出会えない、幻の醤油だったのでした。

そこで先日、白河のミニだるま市に出かけると同時に、ヤマボシ醤油さんを訪ねてきた次第です。

ヤマボシ醤油さんと白河市


ヤマボシ醤油さんの創業者は「大槻佐兵衛」という方だそうです。お店のホームページにもあるように明治5年の創業ということですが、実際には江戸時代末期に造り酒屋の分家として独立し、その後の創業につながっていったようです。

那須連邦の伏流水に恵まれた白河は、醤油作りにはぴったりの環境だったのでしょう。ヤマボシ醤油さんを始め、白河市には古くからの醤油屋さんが存在しています。
また白河市で醤油作りが盛んになったのは、戦国武将の蒲生氏郷が白河に配置された際に、一緒に連れてきた近江商人が、当地に醤油の作り方を伝えたのではないかと言われています。

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(写真出典:店舗にあるパネル写真より)

食通の間では「福島の代表的なラーメン」の一つとして「白河ラーメン」も大人気ですが、醤油味ベースの白河ラーメンを支えているのは、やはり地元の醤油屋さんであると言えるでしょう。

どれくらい凄いことなの?農林水産省 食料産業局長賞」の受賞価値


ヤマボシ醤油さんは2019年に同社の商品の一つである「吟上」で、「農林水産省 食料産業局長賞」を受賞されています。大変名誉ある賞ですが、一般の方には、なかなかその価値が分かりにくいかもしれませんね。
そこで、2019年の同賞のデータについて調べてみました。

このときは全部で351点の出品があり、下記のデータからも、一次審査に残るだけでも大変なことが分かります。

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審査の際には公正さを保つために、メーカー名は一切伏せた状態で審査されます。だから、本当に蔵元の実力が試されるのですね。さらに、審査員の好みや各地の特色といったバイアスを排除するため、特に「色」「香り」が重視されるとのこと。

さて、ヤマボシ醤油さんが受賞したのは、食料産業局長賞でした。この事実からも、全国でも指折りの品質を保証された醤油屋さんであることが伺えます。

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(出典:第47回全国醤油品評会 入賞者名簿PDFより)
なお、食料産業局長賞の次点が「優秀賞」で、こちらは37の蔵元が選ばれています。福島県はこちらでも目覚しい実績を挙げており、全国トップクラスの受賞率でした。

これは、「福島方式」と言われる製法を採用している蔵元が多いからだと考えられます。「福島方式」については、後に詳しく説明しましょう。

禍を転じて福と為す~3.11からの逆転


さて、伝統を守ってきたヤマボシ醤油さんの醤油がどのような製法で作られていたのか、気になる人もいるのではないでしょうか。

ここで、ヤマボシ醤油さんの店頭にあるパネルを参考にしてみましょう。なお、このパネルは息子さんが大学の研究発表で使用されたものだそうです。家業への誇りが伝わってきますね。


震災以前

醤油の原材料は、大豆と水、塩、小麦が主成分です。ヤマボシ醤油さんの醤油がまろやかなのにキレがあるのは、やはり那須連邦の伏流水の品質が高いからなのでしょう。

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パネルの説明からは、以前は原料の大豆も地元産(矢吹・西郷は白河市の近隣町村です)を使用していたことが、分かります。
4は、水に漬けた大豆を蒸し上げる作業です。

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6からいよいよ麹(こうじ)の登場です。麹は種麹(種麹メーカーがいくつか存在します)を蒸した米や豆に混ぜ合わせて、小まめに温度管理をしながら見守って誕生します。

麹作りは本当にデリケートな作業。醤油作りに使う麹は豆麹用の種麹を用いますが、こちらは味噌作りなどでお馴染みの米麹よりもさらに繊細です。最高品質の醤油を作るために、3月の仕込みの時期になると、家族総出で温度や麹の管理をされていたそうです。

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11は、でき上がった豆麹と塩水を合わせ、熟成させる作業ですね。

かつては二夏熟成させていたというのですから、非常に丁寧な作り方をしていたことが伺えます。

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最後は、熟成させた生揚(きあげ)に火入れをし、殺菌や味の調製を行います。実は、2021年現在、ヤマボシ醤油さんで行っているのは15以降の工程になります。

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そうせざるを得なかったのは、やはり3.11の影響でした。


3.11による被害
福島に甚大な被害をもたらした東日本大震災。もちろんヤマボシ醤油さんも無傷では済みませんでした。

150年守り続けたもろみ蔵は、5戸前全てが倒壊。天井が抜け、青空が見えていたそうです。
わずかながら、この煙突が震災前の面影を伝えていました。

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発酵業を生業(なりわい)とする蔵元の蔵がなくなるということは、そこに住み着いていたさまざまな微生物も死んでしまうということ。何も分からない人から見れば、それだけで伝統が途絶えてしまうような心細さを感じるのではないでしょうか。
しかし、ここからヤマボシ醤油さんの快進撃が始まります。

福島方式での進撃
福島県では二本松市に福島県醤油醸造協同組合があり、県内各地の醤油屋さんに生揚醤油を提供しています。昭和39年に県内の醤油製造元が出資し合って作られた組合で、醤油業の工程を近代化し、全国で初めて協業システムを確立させたのでした。
このシステムは「福島方式」と呼ばれ、県内各地で高品質の醤油が生まれる源流とも言えるものです。


現在、福島県内の醤油製造元のうち68の蔵元がこの組合に加盟しており、ヤマボシ醤油さんも組合員の1人です。ヤマボシ醤油さんは、この醸造協同組合が提供する生揚醤油に切り替えたことによって、お店を守ったのでした。

それだけでなく、製造方式を切り替えてからは、以前からの各種の受賞経歴に加えて、平成26年の全国醤油品評会において『松』が「優秀賞」を受賞。さらに、令和元年の『吟上』の「農林水産省 食料産業局長賞」受賞へつながっていったのです。

なぜ、製造方式を変更してさらなる品質の向上につながったのかは、はっきりとは解明できていません。ですが「蔵に住みついていた雑菌などが入らなくなったことで、雑味が消えたのではないか」というのが、ご主人の考察でした。


こだわりが織り成す豊かな香り・美しさ

ところでこの福島方式で作られた生揚醤油は、二本松からの出荷時は、同じ品質の物が各地に届けられるわけです。では、どこでそれぞれの個性を出すのでしょうか。次は、その秘密に迫ってみましょう。

火入れ
私が訪れたときは、丁度火入れ作業の日だということで、工場にもお邪魔させていただきました。この日仕込まれていたのは、『松』。工場に入った瞬間に、かぐわしい、まろやかな香りに包まれました。

少しピンぼけ気味ですが、こちらがヤマボシ醤油さんで使用している火入れのタンクです。

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タンクの中の様子を撮影させていただきました。この火入れの際の温度や味の調整で、蔵元の個性が出てくるのだそうです。タンクそのものは大規模ではありませんが、このサイズだからこそ、きめ細やかな観察や手入れができるとのこと。お話を伺っている最中も、何度か温度などの調整をされていました。

火入れの時間は1時間~2時間ほど。火入れの最中に何度か味を見て、調整を重ねます。この味見もご主人1人で決めているのではなく、奥様なども一緒に確認して、家族で決めているそうです。

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色の美しさ
また、このときに品質の良さを表す「色」も厳しくチェックします。ヤマボシ醤油さんの醤油は、一般的なメーカー品よりもやや赤みがかっているのが特徴だそうです。
客観的に見るためなのでしょう。このような検査キット?に試験管をセットし、自然光に透かしながら、チェックされていました。このお手製のキットで、15くらいの色合いが最適値とのこと。

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ここで、他のメーカーとの違いが気になる人もいるのではないでしょうか。ヤマボシ醤油さんの訪問時にはできなかった、他社の醤油との違いを検証してみました。

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吟上と松は、ヤマボシ醤油さんの醤油です。一方、A社はたまたま我が家にあった別の醤油メーカーです。社名は伏せますが、誰でも知っている大手醤油メーカーです。

同一条件で比較するために、どれも大さじ1ずつ取り分けてあります。

皿は我が家にあった醤油皿ですが、吟上や松は透明度が高いことが分かりますね。ヤマボシ醤油さん流に表現すれば「赤い」醤油ということになるでしょうか。対して一番右側にあるA社は、色が濃いのがお分かりいただけるでしょう。

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こちらは、ヤマボシ醤油さんの向上で撮影させていただいた時の写真です。やはり、明るい褐色をしており、味見をしてみると、優しい中にも華やかさのある味わいです。
この日は、3回ほど調整を重ね、上記の写真の色合いや味わいに落ち着きました。


普段使いから、お店の秘伝のタレまで

完成した醤油は、3日ほど冷ましてから瓶やペットボトルに詰められ、お得意様や一部の店頭に並ぶそうです。この味わいを求めて、千葉など遠方からも購入されるお客様もいらっしゃるとのこと。

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今回、私が持ち帰ったのは、「吟上」と「松」です。ヤマボシ醤油さんのご自宅では吟上を中心に使われているそうですが、地元の料理店では、素材とのバランスが取りやすいのか、松も好まれるとのお話です。さらに、うなぎ屋さんの特製ダレ用などの高級醤油もあるので、こちらも気になりますね。

なお、ヤマボシ醤油さんの醤油は最後に掲載した、同店のホームページからも購入できます。お気に入りの1本を探してみるのも、おすすめですよ!

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さて、持ち帰った醤油を使って何を作ろうか迷ったのですが、ここは鬼滅ブームにあやかって(笑)、登場人物の1人である冨岡義勇さんの好物、鮭大根の味付けに使用してみました。

概ねぶり大根の手順で作り、味付けの要として、ヤマボシ醤油さんの吟上と松を合わせて使用しています。
30分程煮込んでいるのですが、ご覧のように、程よいあめ色に仕上がりました。味の方も、鮭や大根の旨味をしっかり引き出しているにも関わらず、自分の味を主張しすぎないので非常に使いやすい醤油と言えます。

また、和食だけでなく洋食にもよく合います。写真は撮りそこねましたが、和風パスタにした際の味付けに使ったところ、バターやエリンギの香りに負けず、かつ出しゃばり過ぎず、程よい塩梅に仕上がりました。

地元の多くのプロの料理人にも愛され、「一度ここの醤油を使ったら他のものには戻れない」と言わしめるだけの実力派醤油であるのは、間違いありません。

守られた伝統と、しなやかさを持つ星達


ヤマボシ醤油さんは、家族で経営される製造元です。大量生産には向いていないかもしれませんが、だからこそ初代からの想いを受け継ぎ、状況に合わせた最善策を追求し続けるしなやかさを持ち合わせたからこそ、伝統をつなぐことができたのでしょう。

たとえば、現在の醤油は一昔前と比べると、ややさっぱりとした味わいだそうです。昔の醤油はもっと甘かったそうですが、味覚の好みの変化も敏感に読み取って研究を重ねるところも、ヤマボシ醤油さんの家風なのかもしれません。そして家族みんなで支え合い、代々家業への誇りを持ち続けてきたことも、伝統が守られてきた大きな秘訣と言えます。

2月11日に訪れた直後の13日深夜、福島県は再び大きな地震に見舞われました。幸い、ヤマボシ醤油さんの皆様はご無事だったようですが、私もまさかこのタイミングで再び大地震に遭遇しようとは、思いもよらないことでした。ですが、このタイミングだからこそ、ヤマボシ醤油さんの実力の素晴らしさや、福島の醤油のクオリティの高さを発信するべきだと考えています。

私も、また白河市を訪れた際にはぜひ立ち寄りたいと思います。
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今回、丁寧にお話を聞かせてくださったヤマボシ醤油様。
本当にありがとうございました!

2021.2.19


※ヤマボシ醤油さんの商品は、下記のページから購入できます。

ヤマボシ醤油 合名会社


日本橋福島館MIDETTE



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