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読書メモ⑤『人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』ダニエル・E・リーバーマン

 人体の不条理な作用に付き合ったったりしたので、興味が湧いて読んでみたが、大変興味深く読んだ。著者はハーバード大学の人類進化生物学の教授。「人間の進化と健康と病」というテーマを、猿から枝別れして人類へと進化し、狩猟生活から農耕生活が起こり、果ては現代人のライフスタイルに至るまで、その600万年の人類の歴史を進化生物学の観点から解説しつつ、寿命を飛躍的に伸ばしてきた人類が、なぜ狩猟採取時代においては稀であった生活習慣病に罹りやすくなっているのかを、人類の生物学的な「進化」と文化としての「生活」を比較して解き明かしている。著者によれば”私たちの社会が総じて人類の進化を考えそびれている為に、予防可能な病気を予防できなくなっている”。

 前半では「人類は何に適応してきたか」という問いの設定を基に、二足歩行者としての人体の構造の進化、食生活の変化、それに伴った脳や臓器の適応、言語や文化の発明など、進化生物学者による人類の生物学的な進化史が展開される。このあたりは例えばユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』やジャレド・ダイヤモンドの『第三のチンパンジー』の読後感と似ていて、ホモ・サピエンスのビギニンズ的な話として面白い。中盤は主に人類の「文化的な進化」について。緩慢に発達してきた狩猟採取時代から、急速に発達した農耕生活〜産業革命までの文化の進化とそれに伴って現れた疾患や感染症などについてを扱っている。農耕時代や中世の都市の生活環境・衛生環境・労働環境や、疫学・医学事情とその発展にも触れる。後半では、前半の「生物学的な進化」と中盤の「文化的な進化」の話を伏線として、現代において増加傾向のある糖尿病や肥満、心臓病、認知症などの慢性病は、生活様式の変化などあまりに早い「文化的な進化」のスピードが、人間の生物学的な「適応」を上回った為に生じているのではないかと問題定義していて、これが本書のキモである。(著者はこれを「ミスマッチ病」と呼称する。)この「ミスマッチ病」がいかに発生していて、場合によっては悪循環に陥りかねない状況をどうすれば予防できそうなのかを、進化論的な観点を中心に、産業構造の変化に伴った人間の性質、生活様式、食生活の変容の考察、栄養学的にみた食生活と人体の働きなど多様な観点を織り交ぜながら解明。実際には、適度な運動や食事の見直し、生活習慣の改善によって予防できることも多いようだ。こうしたミスマッチ病に対して対症療法的な措置をとる医学に対して、予防の必要性から進化論の観点を導入することを啓蒙している。著者によれば”文化的な革新がこうしたミスマッチ病の多くを引き出してきたように、別の文化的革新がこれらを予防するのに役立ってくれる。それを実行するには科学と教育と、賢明な集合的行動がすべて必要になる“
 
 人間の健康を進化論の観点から捉えた非常に面白く、且つ為になる本だった。予防できる病気はできるだけ予防しておきたいというのは誰でも思うことなのだろうが、それが意外と難しいようだ。その中でも、人体の構造を理解し、起こり得ることを想定して、ライフスタイルを組み立て直すことが肝要だとこの本は教えてくれる。一旦関心を持ってしまうとなかなか引き返す事はできなくなる。人体と健康について、ますます知識の習得と実践がしたくなっている自分に気がつく。
 

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