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なんで謝られたら許さないといけないの?

本当に申し訳ありませんでした…

ムカつく野郎が目の前で深々と頭を下げている。口元をギュッと閉じて、目を閉じて。さも反省してます、と言いたげな表情を取り繕って。そして取り巻きの奴らがいう。「こんなに謝ってるんだから、もう許してあげなよ」と。
世の中は残酷だ。謝るというパフォーマンスが得意な輩に、なんと寛大なことか。謝って深々と頭を下げれば勝ち。それ以上追撃しようものなら、「非情な人」「やりすぎでしょ」「恐ろしい人ね」と、有象無象どもが逆にこちらを攻撃してくる。「深い謝罪をされたなら許せ」という無言の圧に、世の中全体が犯されている。

わたしの気持ちはどうなるのだ。わたしの心に刺さったこの刃はどうなるのだ。
謝られてもその刃が抜けるわけではない。ちょっとしたすれ違い、のレベルではなく「明らかに心を抉られた」と自分が感じた場合、ただ言葉で「申し訳ありませんでした」と言われたところで何の意味もない。むしろ余計に腹がたつ。大体の場合は、謝る野郎は「私がなぜ傷ついたのか」「私がどのように抉られて、どのように苦しんでいるか」が分かってない。分かってないのに、「自分がこれ以上傷つきたくない」という防衛本能から、ただの儀式として謝る。この浅はかな下心が透けて見えるから、余計に腹が立つのだ。

なんで、謝れば済むって思ってるのかな
以前、元カノが言っていた。細身で雪のように白い肌。特に足の細長さに自信を持っている子だった。見た目は派手だが、本来の彼女を知ればその派手さは違和感を覚えるような子。互いに親から欲する愛情を貰えず、そして親の代理人たちから傷つけられ続けた結果、「強くあらねば」「隙を見せたら傷つけられる」と更に自分を傷つける生き方をしてきた子。まるで自分を見ているようだった。彼女は、今のように武装する以前の話をしてくれた。元来の優しさ・気の弱さが全面に出ていた時代の話を。
彼女はとにかく、男というものに傷つけられてきた。ストーカー被害に遭い、痴漢にも遭った。
彼女がある日、一人で電車に乗っていた時のこと。混んでいた車内で、ちょうど彼女の隣の席が空いた。そこに一人の、おそらくは20歳前後の男が座ってきた。男は鼻息が荒く、少し挙動がおかしかった。そして彼女の露わになっている太ももに手を伸ばし、舐め回すようにさすり続けた。
周りの人間は皆知らぬふり。あまりの気持ち悪さと怒りに、彼女は勇気を振り絞って男の手を取った。そして鉄道警察に突き出した。
だが。ただでさえ心を抉られていた彼女は、更に傷つけられることになる。その20歳前後の男は知的障害者だったのだ。すぐにその男の母親が駆けつけ、申し訳ございませんでしたと何度も、「謝罪の顔」を貼り付けて頭を下げ続けた。知的障害者は、ただただ鼻息を荒くしたまま。そして警察の人間はいった。

「まあ、彼も悪気がないんだし。多分、よくわからなかったんだと思いますよ。今回は、まあ嫌でしょうけど、こんなに謝ってますし」

一瞬時が止まったように感じた。何を言われたのかわからなかった。
え?
訳がわからない。何で、何も無しで終わろうとしているんですか。
そう詰め寄りたいが、だが怖くてそう強く言うことができない彼女。ただただ、困惑の表情を浮かべることしかできない。
何で犯罪を見逃そうとしているんですか。あなた警察ですよね。明らかな犯罪を、ただ口先で「謝っているから」で済まそうっていうんですか。しかもなんですかその顔。めんどくさそうな、まるで謝られてるのに許さないこちらが悪いみたいなその顔。
大体、母親のあんただって、頭おかしいんじゃないの。壊れた機械みたいに「申し訳ありません申し訳ありません」と繰り返すばかりで。しかもなんか、対応が慣れてませんか。あんたの息子、他にも何件もこういうことやってるんでしょう? 何で取り乱さないで、しかも子供を叱らないんですか。何だか、あなたの顔から、「ああ、早く終わってくれないかしら」って声が聞こえてくるんですけど。めんどくさいなあ、って顔に出てますけど。

彼女は怒りに震えた。太ももをさすられ続けた時の、何倍もの怒りに。その怒りの表情は隠しきれず、だが声に出すことはできず。ただ態度として、彼女の全身でそれは確かに表現された。だが、機微に疎い警察に、本当の正義を知らない雇われの公務員に、その彼女の怒りの声が感じ取れるはずもない。そして警察は、畜生の本性を晒した。
「まあ、こんなこと言ったらあれですけど…あなたも、ほら、服装とか、ね」

彼女は加害者の男に、現場にいながら無視した聴衆に、加害者の母親に、そして警察に。四重に心を刺され、抉られた。本当の意味での謝罪は何もなく、彼女だけが心に癒えない傷を負わされて終わった。

殺したい。純粋にそう思った。別に俺がされたわけじゃないが、彼女の痛みは俺の痛みだから。そう、本気で思っていた。
謝るだけでは足りない。母親が謝罪して、大量の示談金を払うだけでは足りない。その息子を全裸にして車内に転がし、尻に警棒を刺して四つん這いで端から端の車両まで歩かせたい。
いや…流石に、知的障害者の方ですよ? やりすぎでしょ。可哀想でしょう。
そうか。なら母親が責任取るか? お前が、車内で足を出して、汚いおっさんに太ももさすられてみるか? 多数の人が見ている、その中で。

まぁその場に居合わせなかった、しかも当時付き合っていたわけでもない、そもそも知り合ってすらいない俺がとやかく言うことじゃない。
だがそれを聞かされた時に思ったのだ。どうか、自分を本当の意味で大事にできる子であって欲しいと。自分を傷つけるものを許さない、本当の強さを持った子であって欲しいと。
「口先だけのパフォーマンスなんかいらねえよ。金を出せ」と、そう言って欲しかった。
加害者の母親がめんどくさそうな顔をしているのであれば。会話を全て録音して、「てめえふざけたこと言ってると晒すぞ」と脅して欲しかった。
警察の怠慢・犯罪も全て録音して、その警官の名前ごと世間に晒すぞ、と脅して欲しかった。
まあここまで行かなくても。きっちり犯罪なのだから、起訴して、犯罪者に仕立てあげて欲しかった。どうせ執行猶予がつくから、刑務所にはぶち込めないだろうが。
脅すなりなんなりして、きっちりと形のある謝罪をさせて欲しかった。それができて初めて、「最低限の謝罪をされた」ことになるからだ。
それが、本当に自分を大事にする、ということだから。

なぜ、彼女は怒れないのだろうか。

互いに親から欲する愛情を貰えず、そして親の代理人たちから傷つけられ続けた結果

言うまでもなくここ。親から欲する愛を貰えないというのはつまり、本当の安心感をもらえてないということ。「自分は大事にされて然るべき存在」
という正しい認識を、親から与えられてないということ。

彼女は抑圧され、支配的な環境で育てられた。裕福な彼女の親は、「こうするのがあなたのため」という支配のもと彼女を育ててきた。
彼女は父親との思い出があまりない。最後に見たのは、自宅で母親を殴る父親の狂気的な顔。資産のある彼女の母親は経済的な困窮とは無縁だったが、精神的に困窮していたようだった。彼女は幼稚園の頃から週6日、実に8種類の習い事をさせられていた。そして小学校受験を強いられ、大学までエスカレーター式の学校に入学。当時7歳、学力競争に晒された彼女は、唯一心の拠り所であったピアノを「あなたには才能がない。何の役にも立たないから辞めなさい」と言われた。いくら泣いてお願いしてもピアノの習い事は続けさせてもらえなかった。祖母から買ってもらったピアノは捨てられ、常に偏差値の重圧に耐えながら生きてきた。
彼女は高校3年生で鬱病、摂食障害を発症。親からは「あと一年だから頑張って卒業しようね」と言われ、無理やり籍を残された。ギリギリで卒業することができたが、母親が望む大学には進学できず。なじる母親に対して「一緒に死のうよ」と包丁を持って頼んだ日から、母親の直接的な支配からは解放された。それから彼女は取り憑かれたように仕事に励み、大学も中退して会社を設立。若干21歳で会社の経営を軌道に乗せ、今も順調に会社を拡大させている。

成功者である彼女。だが、本当に怒るべき時に怒れない。「自分を大切にするための」というシーンでは、怒れない。
親からの直接的な支配を抜け出しても。若くして成功者に上り詰めても。21歳の彼女は、今もまだピアノを捨てられた7歳の時のまま。彼女が本当に大事にしていたものを、どれだけ泣いてお願いしても聞き入れてくれなかった。この時、彼女は「自分のために怒る」という翼をもがれた。

「あなたは今も、親に取り憑かれたまま。だから親と向き合いなさい」
いくら彼氏とはいえ、これを突きつけるのは気が引けた。彼女自身が「問題ない」「私は健やかに、幸せに生きている」と心の底から思っているのであれば、別に言う必要はないかなと思った。
だがやはり、心に巣食う、親という呪いは彼女を放っておいてはくれなかった。親の呪いは摂食障害という形で再び彼女を襲った。首周りが異様に痩せ、モデル体重を遥かに超えた痛々しい姿に彼女は変わり。彼女の全身が、「もう今の生き方は苦しい」と、泣き叫んでいるようだった。

ちゃんと課題に向き合おう
俺も黙っているわけには行かない。彼女に本当に必要なことを提示した。まずは入院すること。そして、その小さい身体に溢れるほど溜まった怒り、哀しみと向き合うこと。その根源である、親と向き合うこと。
俺が全部一緒にやるから。お母さんにも、俺も一緒に行って、話すから。だから嫌だと思うけど、死ぬほど辛いと思うけど、頑張ろう。そう伝えた。

だが彼女には刺さらなかった。「……?」という反応。小さな顔を覆うように、その表情は「?」で埋め尽くされていた。
駿くん、どうしちゃったの。何を言ってるの。優しい彼女は言葉にはしないが、そう言いたいことは痛いほどわかった。
いや、別にちょっとご飯減らしちゃっただけだから。またちゃんと食べれば元に戻るし。大丈夫だよ、心配させちゃってごめんね。
そう言って、彼女は鮮やかに俺をかわした。だがそれを言ってから2週間経っても3週間経っても、彼女の心が泣き叫ぶ声は消えなかった。身体は変わらず、全身で悲鳴をあげていた。

人生の課題から逃げ続ける人は、一緒にいて辛い。
それがよくわかった。そして、彼女がなぜ俺のいうことを理解してくれないのか。理解しようとして、変わろうと決意をしてくれないのか。それもよくわかった。
俺自身が、まだ完全体じゃないから。彼女が「この男に導かれたい」と心の底から思えるような、本当の意味で自分を大事にできる人間じゃなかったから。本当の意味で健やかに生きている人間じゃなかったから。だから、彼女を正しく導けなかったのだ。人間は同種を引き寄せ合う生き物。俺自身がまだ本当の意味で課題をクリアできてなかったから、彼女と引き寄せあって付き合うことになっていた。ただそれだけの話。

彼女とは別れた。なぜ別れたいと思っているのか、いくら伝えても彼女は理解しなかった。なんか言ってること、よく分からない。最後までそんな表情をしていた。終いには、「なんか…駿くん、スピっぽいね…」と、哀れみの目を向けられてしまった。

冒頭のテーマに戻る。
謝られても、自分が心の底から納得してないのであれば、絶対に許してはいけない。納得してないのに無理やり許そうと思っても、脳でいくら理屈づけて納得しようとしても、あなたの心は絶対に受け付けてくれない。癒えない怒りは冷凍され、名前付き保存で死ぬまで心に残り続ける。刺さった刃は、ちゃんと相手に返さないと本当の意味では抜けないし、癒されることはない。癒されることのない怒りは全て蓄積されていき、精神病となって現れる。精神病はやがて、あなたを死に至らしめる。
そして、根本の課題をクリアしていなければ、いつまでも親の代理人たちが刃を握りしめて、バイオハザードのように、我々に襲いかかってくる。親の顔に似たゾンビたちが、永久に牙を剥き出しにして噛みつこうとしてくる。

根本の課題をクリアしよう。親と向き合おう。
それができれば、大切な人を、本当の意味で正しく導ける自分になれる。






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第一弾:親殺しは13歳までに

あらすじ:
2006年。1日に1件以上、どこかの家庭で親族間殺人が起きている国、日本。そんな国で駿は物心ついた頃から群馬県の田舎で、両親の怒号が響き渡る、機能不全家庭で生まれ育つ。両親が離婚し、母親が義理の父親と再婚するも、駿は抑圧されて育ち、やがて精神が崩壊。幼馴染のミアから洗脳され、駿は自分を追い込んだ両親への、確かな殺意を醸成していく。
国内の機能不全家庭の割合は80%とも言われる。ありふれた家庭内に潜む狂気と殺意を描く。


第二弾:男という呪い

あらすじ:
年間2万体の自殺者の山が積み上がる国、日本。
想は、男尊女卑が肩で風を切って歩く群馬県の田舎町で生まれ育つ。
共感性のかけらもない親たちから「男らしくあれ」という呪いをかけられ、鬱病とパニック障害を発症。首を括る映像ばかりが脳裡に浮かぶ。
世界中を蝕む「男らしさ」という呪い。男という生物の醜さと生き辛さを描く。

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