俳優が「無名」を失うまでに残された時間。
彼はいつまで「無名」でいてくれるだろう?
去年の夏、居酒屋で出会った男の強烈な魅力に私は惹きつけられた。
「一体何者なんだ!?」と言う興味に吸い寄せられたしがないサラリーマンの私は、その俳優にーインタビューすることを決意した。
そんな私の勝手な想いでインタビューしている俳優の田中惇之。
「我こそは無名である」と豪語する田中だが、どうやらいつまでもそう言ってはいられなさそうだ。
私が出会った俳優は、映画で主演をやるほどの俳優だった。
TOKYO FILMEXと言う映画祭で上映された田中の主演映画を観に行った。
コンペティション部門の「青春墓場」と言う映画で、開始早々スクリーンに「田中惇之」と赤い大きな文字が映し出された時にゾワっと鳥肌が立つのを感じた。
映画が終わったあと、初めて田中と出会った際に感じたただならぬ衝撃を思い出し、あの時感じた私の感覚は間違っていなかったんだ!と確信した。
作品の中で田中が演じる主人公は、なかなか自分の作品が認めてもらえず、かと言って才能があるのかと言われれば何ともパッとしない、口下手でひ弱な漫画家だ。
普段の田中を知る人間からすれば、実際の田中と主人公とが離れ過ぎていて想像し難い事だろう。
現に私は主人公が田中だと知りながら、映画内の主人公が田中惇之であると認識するまで時間を要したくらいだ。
そしてこれは恐らく、作品の世界にのめり込ませる映画自体が持つ「客を惹きつける力」と、そこで主役を張れる田中惇之と言う俳優の技量なのではないかと推測する。
人生で初めて観る舞台作品は「田中惇之の一人芝居」と決めている。
しかし映画は流石に観た事がある。と言うことで、初めて田中惇之が演技しているところを私は映画で観る事となった。しかも主演映画だ。
そして、私が田中であると認識出来なかった主人公と田中本人との距離をしっかりと詰め、映画の世界で主人公としてその人物を魅せてくれたのはまさしく、彼が俳優であると言う紛れもない事実であった。
凄かった。
「これが俳優の仕事なのか!」といかにも素人らしい感想だ。
普段の田中の面影はどこにもなく、本当に全くの別人を演じているのだ。
こんな風に、役と普段とが全然違うと言うことを言ってしまうのは営業妨害になるのか?
正直それはわからないが、私はそこに俳優としての恐ろしさを感じた。
それは「本当はどう言う人間なんだろうか?」と言うことだ。
普段の我々が知る田中惇之と、映画の中の田中惇之。
俳優は、何を基準に自我を保っているんだろうか?
しかし上映後に劇場のロビーで出会った田中がいつもの調子で接してくれているとそんな事はどうでもよく、劇場でも相変わらず人気者な彼と親しく喋っているとふと、とんでもない事に気付いてしまった!!!
「さっき観た映画の主人公と喋っている」
突如私の方がいつもの調子を失い、照れで赤面している事を一緒に観に行った妻に指摘され、慌てて劇場を後にした。
贅沢な体験だった。
ちょっと待て!映画で主演をやるような俳優なのに無名ってどう言う事だ!?
主演映画のインタビュー
「青春墓場」を観に行ったのは、これまで田中に何度か行ったインタビュー内容を文章にまとめていた頃だ。
在宅ワークの強みとも言うべきか、仕事用のPCを開いた状態にし、私用のPCでインタビューをまとめる時間が完全に勤務時間に浸食していた。
おおよそを書き終え、近所のいつもの居酒屋で飲んでいると、誰かが田中惇之の話をしていたのだ。
この中で今一番田中との付き合いは浅いが、この中で一番田中の事を知っているのは俺だ!!!
と言わんばかりにハイボールを飲みながらタバコを吸い、優雅に聞き耳をたてていた。
なになに・・・
「えっ・・・?主演映画が映画祭に・・・・??」
知らなかった。
私はショックと言うか、会話に参加すらしていなかったのに、とても恥ずかしくなってハイボールを真夏に麦茶をがぶ飲みするように流し込んだ!!!
そして帰宅して、人知れずそのチケットを予約した。
私の人生初の観劇となる「田中惇之の一人芝居」本番まであと1か月くらいの時期だったと思う。
次のインタビューでは、本番に対する想いを本人から聞き出そうと思っていたが、あの映画を観てしまっては、映画の事をどうしても聞いておきたかった。
と言うか、こんな時期に果たしてインタビューしていいもんだろうか?
と思いなかなかインタビューを申し込めなかったのを今思い出した。
でも早くしないと、田中が無名でいられる時間は残りわずかだ。
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