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ATC授業内容編:担架(スパインボード)の正しい使い方

前回のATC授業内容編の緊急時対応の部分でも触れましたが、
今回は緊急時対応の中でも担架(スパインボード)の
正しい使い方について解説したいと思います。

スポーツ現場にいるコーチ、トレーナー、時には保護者の方々は
選手が倒れたときに安全かつ速やかに搬送することができるでしょうか??

スタッフだけでなく選手もこれらの手順を知っておけば、
助けてあげたい親切さから誤った対応をしてしまい
お互いにとって悪い結果になることを防げるでしょう!!


ぜひ先に前回の記事の
「4.頸椎損傷の有無の評価」
をご覧ください。よりイメージしやすいと思います。


良い日本語が見つからなかったので「担架」と書いていますが、
アメリカではスパインボードと呼ばれ、
一般的にイメージされる担架とはかなり異なるかと思います。

「担架に解説されるほどの正しい使い方なんてあるの?」
そう思われるかもしれませんが、
それは日本の担架をイメージしてるかもしれません。

ここからはスパインボードと呼ぶことにしますが、
これが出てくるときは十分緊急事態です!
さらに正しく扱うには知識と準備が必要です。
この記事が少しでももしもの状況の備えになれば幸いです。

スパインボードが必要な状況

少し前回の復習にもなりますが、どのような時にスパインボードが必要になるでしょうか?

大前提として患者をどこかに移動させる必要がある時です。
二次的な事故を防ぐため、より充実した医療を提供するために
コートやフィールドから移動させます。
場合によっては救急隊員の到着を
コートやフィールド上で待つ場合もあります。
待つ状況には以下のようなものがあります。
・緊急時行動計画で待つことが計画されている時
・救急隊員が試合などで常駐している時
・スパインボードを安全に扱える訓練された十分な人員が現場にいない時

CPRやAEDが必要な場合は頸椎固定や搬送よりも
最優先でその場で早急に対応することになります!!
なのでこの場合もスパインボードは使用しないでしょう。

その上で、脊髄損傷、特に頸椎損傷の疑いがある場合です。
基本的にスパインボードの目的は脊椎を固定して
脊髄のさらなる損傷を防ぐ目的があります。
受傷現場での評価で
・頸部に痛みがある場合
・手足の指などが動かしにくい場合
・感覚が無い/異常な感覚がある場合
・他動的、自動的の順で首を動かしてみて上記の症状が出る場合
・脊椎の運動とともにゴリゴリといった轢音を感じる場合
このような状況で脊髄損傷を疑い、スパインボードを使用します。

さらに意識がない場合です。
意識がないと脊髄損傷の評価を行えず可能性を排除できないため
必ず頸椎損傷があるとみなして対応します。
なので、スパインボードを使用します。

スパインボードへの乗せ方:仰向け

1.乗せる前に

基本的にスパインボードを使用する状況ではABCD確認後から頸椎固定が継続されている状態です。
頸椎固定の方法は前回の記事をご覧ください。

この状態からまずやることは
ヘルメットや防具を使用している場合は取り外すことです。
搬送中に心肺停止状態になった時にAEDや酸素供給を速やかに行うためと、
基本的に器具を取り外すスキルは搬送後に医師や看護師が行うよりも
ATCの方が安全に速やかに行えるということがあるためです。

アメフトの選手を想定して話します。
アメフトの場合はフェイスマスク、ヘルメット、胸のプロテクターと
フルカバーの状態です。
ここからスムーズに外すために
フェイスマスク→ヘルメット→プロテクターの順に外すのが一般的です。
ヘルメットをフェイスマスクごと外す人もいますが、
実際にスムーズに行えるか事前に確認と練習が必要でしょう。
またいずれの場合でも、
ヘルメットやプロテクターの構造をよく知っておく必要があります。

2.フェイスマスク・ヘルメットの外し方

まずはフェイスマスクを取り外します。
専用の器具で部品を取り外したり、
固定部分やフレームを剪定ばさみで切ったりして外します。
次に顎のサポーターをストラップを外すなり切るなりして取り外します。
またその他にチークパットもあれば緩めたり外したりします。

ここからヘルメットを取り外していきます。
重要なことは頸椎固定を継続しながら頸椎はなるべく動かさずに行うことです。

最初の頸椎固定者を含めて2人で行います。
まず2人目の人が患者の体側から頸椎固定を受け継ぎます。
写真1上段のように顎と後頭部に手を入れるか、
下段のように両サイドから耳の後ろに手を入れて固定します。

しっかりと固定を引き継げたか確認し合った後、
最初ヘルメット越しに頸椎固定していた人が
ヘルメットを引き抜きます(写真1)。
ヘルメットの頭側を少し前に傾けると引き抜きやすいのですが、
ヘルメットの中で頭や頸部が動かないように注意します。
これには感覚をつかむために練習が必要です。

写真1

3.プロテクターの外し方

まず共通の準備として外せるバックルや邪魔なトラップを切り、
スムーズに取り外せるようにします。
ヘルメットを取り外す準備をしている時に一緒に済ませておくとスムーズです。

アメフトのショルダーパッドの外し方には以下のような方法があります。
・マルチパーソンリフト
・ストラドルリフト
・チルトテクニック
・オーバーヘッド
・フラットトルソー などなど。

マルチパーソンとストラドルリフトは以下で説明するボードへの乗せ方でも紹介する方法で、
複数人で患者の胴体を持ち上げている間にプロテクターを引き抜く方法です。
以下で説明している人員に引き抜く役割の人が1人追加で必要になります。
これらを行う際は、ヘルメットを取り外せたら頸椎固定を2人目の人から
最初の人に再度引き継いでおきましょう。

チルトテクニック(写真2)も人員も手順も少なく済むので便利なのですが、
体幹部を屈曲させるため胸椎や腰椎損傷が疑われる患者には使用できないです。

写真2

なのでここではどんな場合でも少人数で行えるフラットトルソー(写真3)について
説明したいと思います。

写真3

フラットトルソーは平らな胴体という意味です。
傾けたり持ち上げる必要はありません。
ヘルメットを取り外して頸椎固定を2人目の人が行っている状態なら
写真3のb(右上)の手順からスタートできます。
この状態から最初に頸椎固定していた人ともう一人人員が加わり、
2人で両サイドの肩パッドを頭方向にまっすぐ慎重に引き抜きます。
この時も頭部、頸部、体幹が動かないように注意します。
取り外せたら頸椎固定を2人目の人から最初の人に引き継いで終了です。

4.乗せ方

乗せ方にもいくつかの方法があります。
・複数人で持ち上げる(マルチパーソンリフト)
・跨いで持ち上げる(ストラドルリフト)
・回転させる(ログロール)

基本的な共通事項としては
・頸椎固定者が指示を出す(方法の選択・人員の配置・合図など)
・指示は左右が他の人と反対になるのでより具体的に
・重い部位(胸郭・骨盤)は力のある人が持つ
・脊椎を動かさない(屈伸・側屈・回旋)
・最後に頭部固定用のブロックと体幹固定用のベルトで固定する
・固定ができたら頸椎固定者の指示でゆっくりと持ち上げて搬送する
・搬送中もブロックの外側から頸椎固定は維持する

・マルチパーソンリフト(写真4)
この方法には8人必要です。
頸椎固定とボードの操作に1人ずつと患者の両側に3人ずつです。
方法を選択して人員を配置した後、しっかり把持できているか確認します。
確認後、頸椎固定者の合図でボードが入るだけの隙間分患者を持ち上げます。
ポイントは持ち上げすぎないことと、どのくらい持ち上げるかを
頸椎固定者があらかじめ伝えておくことです。
持ち上げた後、ボード操作者が患者の下にボードを患者の足側から滑り込ませます。
この時に良い位置に来るように頸椎固定者が頭の位置と見ながら指示を出します。
ボードが患者の下に設置されたら頸椎固定者の指示でゆっくりと降ろします。

写真4

・ストラドルリフト(写真5)
この方法には5人必要です。
頸椎固定とボードの操作に1人ずつと患者を跨いで持ち上げる人3人です。
マルチパーソンリフトとの違いは持ち上げる人が患者に跨るだけで
他はほぼ同じです。

写真5

・ログロール(写真6)
この方法も5人です。
頸椎固定とボードの操作に1人ずつと患者をサイドから持ち上げる人3人です。
この方法には持ち上げる人が自分たち側に引く方法(ログロール-プル)と反対側に押す方法(ログロール-プッシュ)があります。
これは、患者がフェンス際に倒れている場合などもあるので、
その時患者の両サイドで確保できるスペースによって判断します。
両サイド余裕がある場合は写真のようにログロール-プルを行います。
余裕がない場合はログロール-プッシュを行い、写真②-④の人と
押した患者の体との間に⑤の人がボードを差し込みます。

手順としてはまず人員を配置して患者の体を把持します。
写真では行われていませんが、②-④の人は両隣の人と手をクロスするように把持すると
回転時に患者の体をより安定させることができます。

頸椎固定者の合図で約45°患者の体を持ち上げて片側を傾かせます。
そして⑤の人がボードを患者の地面側の体側にしっかりと差し込みます。
再度頸椎固定者の合図でボードに患者を乗せながらゆっくりと地面に戻します。
戻すときに体がボードの地面側に滑りやすいので注意が必要です。
ポイントとしては「ログ(丸太)」と言うように、
体幹や頸椎が側屈したり回旋したりしないようにすることです。

患者の首が横を向いて倒れていた場合、頸椎固定者は、
患者の体を傾ける時か戻す時に体幹の回転を利用して
頭部が体の正面を向くように調整します。
しかし頸部運動により疼痛が生じる場合や
頸部運動に制限や轢音を感じる場合は無理には頭部位置を戻しません。

注意していてもこの方法で一発でボードの中央の良い位置に収まることはほぼないので、
最後に微調整を行います。
体幹の動きを避けるためになるべく縦方向に動かしたいので、
頸椎固定者の指示のもと「V字」方向に動かして中央に移動させます。

写真6

スパインボードへの乗せ方:うつ伏せ

患者がうつぶせで倒れている場合は仰向けの場合よりもやや複雑です。
使用できる方法はログロールのみとなります。
スペースがあれば写真7上段のようにログロール-プッシュを行います。
スペースが無ければ写真7下段のように自分と患者の間にボードを入れ、
その上に患者を乗せるログロール-プルを行います。

写真7

手順としてはヘルメットやプロテクターはうつ伏せでは取り外せないので、
いきなりボードに乗せにいきます。
基本的には仰向け時のログロールと同じです。
頸椎固定者の指示のもと人員と把持を確認し
まずは体がボードに乗るまで回転させ、その後ゆっくりと地面に戻します。

回転中に仰向け時と同じく
頸椎固定者は頭部を体幹の中央に向くように調整するのですが、
注意したいことが2つ。
・回転中に患者の顔が地面側を通らないこと
・頸椎固定の手を持ち変えずに済むように最初から注意すること

うつ伏せで顔が右向きの患者に左回転のログロールを行うと顔面が地面にこすれるので
必ず顔が空側を通過するように右向きなら右回転で行います。
また、頸椎固定者は回転させることと方向にあらかじめ注意しておかないと
回転の途中に自分の腕がねじれて固定できなくなってしまいます。

移乗が完了したら必要に応じて
仰向け時と同様の手順でボード上でヘルメットとプロテクターを外します。

まとめ

いかがでしたでしょうか?
写真などを引用しながら分かりやすいように心がけましたが、
やはり実際に体験してみるのが一番です!!

スペースの有無や仰向け、うつ伏せだけでなく
現場によって様々なシチュエーションが考えられます。
いろんな方法を習得して状況に応じて使いこなせるようにすることも大事ですし、
できるだけ多くの状況をイメージして予行演習ができていれば
緊急時も慌てることなく対応できるでしょう♪

ただし必要な人員が確保できなかったり知識と技術に不安がある場合は
救急隊員の到着を待ち怪我の悪化を防ぐ方が良いかと思います。

今回の記事が少しでもスポーツでの緊急時の役に立てば幸いです。

*参考と画像引用
Cleary, Michelle A., Flanagan, Katie Walsh. Acute and emergency care in athletic training. Human Kinetics, 2020.

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