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忘れられた日本人を読んで#1 【民俗学の醍醐味は見た目と中身のギャップ ー 農家の読書日記】

こんにちは! 北海道北斗市でブルーベリー•カシス栽培農園を営んでいるカナダ人農家のJustinです。当ブログにアクセスしていただきありがとうございます。

人の見た目と中身のギャップを観察するのは最高に面白い

唐突ですが、最近自分の中で、人の見た目と中身のギャップの振れ幅を観察するブームが久方ぶりに到来しています。もちろん、振れ幅がでかければでかいほど、観察対象としては断然面白いです。

いつもスーツを着て堅物で真面目そうな見た目なのに、人にはとても言えないようなヤバい趣味を隠し持っていたり、

全身タトゥーだらけでめっちゃ怖い見た目だけど、話してみると包み込むような優しい口調だったり、

皆さんの周りにも、そういう人っていませんか?

衝撃を受けた人間暫定No.1  「レペゼン鎌倉ほっかむりばあちゃん in the 直売所」


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ちなみに僕が今まで会ったなかで一番興味深かったのは、表題にもある通り、今から10年ほど前に鎌倉へ旅行に行った際、

長靴・もんぺ・花柄の作業着・ほっかむり

という絵に書いたような「ザ・ど田舎ファッション」で直売所を切り盛りしていた、見た目からして80代くらいのばあちゃん。

当時日本ではまだ珍しかったズッキーニを売ってるのを見て、何気なく「珍しい野菜を売ってるんですね」と話しかけたら、

「あ〜、それね、私は子供の頃から百姓をやってるんだけども、外国の珍しい野菜を日本でも育ててみたいと思って、こないだイタリアの田舎に住んでる農家さんのところにホームステイっていうのをさせてもらいながら研修しに行ってね。そのときズッキーニがたくさん植わってるのを見て、苗の育て方を教わって自分とこの畑でも作ってみたの」との返答。


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イタリアで農業の研修? しかもホームステイ? こんなに年食ったばあちゃんが?(←失礼)

びっくりしてそのいきさつについて聞いてみると、

なんでも旦那さんが昔貿易の仕事をしていた関係からイタリアに何度か行ったことがあって、その際に現地でたまたま仲良くなった家族経営の農家がいたそうで。

で、旦那さんからその農家の電話番号を教えてもらい、自ら電話して片言の英語でアポを取り、自費ではるばる現地まで赴いて最新の農業技術を教わりに行ったんだとか

それを聞いて、僕は正直脳天をぶん殴られるくらいのレベルでぶったまげました。まず、そこまで旺盛な行動力と知的好奇心をその歳まで維持していることに文字通り目が点状態でしたし、何より、鎌倉の観光地の喧騒からちょっと離れた田舎の直売所にいるばあちゃんが、実はイタリアの農家へ研修に行って積極的に新しい野菜の育て方について学び、その魅力を日本の消費者に広めようと頑張っているなんて、プロの脚本家や小説家でもそうそう思いつかなそうなぶっ飛んだ話が現実として存在していることに驚きを禁じ得なかったんです。

事実は小説よりも奇なり、とはまさにこのこと。

そのときは帰りの電車の時刻が近づいていてどうしても時間がなく、それ以上話を聞けず後ろ髪惹かれる思いで直売所を後にしたんですが、今にして思えば、電車くらい一本分遅らせて、もっと詳しい話を聞いておけば良かったな、と今さらになってちょっと後悔しています(T_T)

斯くして迷える若者、民俗学に出会う

それでここからようやく本題に入りますが(笑、このときの強烈な体験を元に、僕は

世の中には、自分が知らないだけで、こういう影に埋もれた面白いストーリーがゴロゴロ転がってるんだな〜

って、腹の底から実感したんですよね。

そこから、スポットライトを浴びていない無名の人たちのストーリーを拾い上げて紹介しているコンテンツってないのだろうか、と思うようになり、定職にもつかず、自分のやりたいことも見つけられずにゾンビのように街中をフラフラしていてた頃、吸い込まれるようにして初めて入ったボロい古本屋で出会ったのがこちら↓


宮本常一著「忘れられた日本人」。

僕に※民俗学の面白さを教えてくれた、自分的には過去に読んできたなかでもトップ5に入るくらい印象に残っている本です。

(※歴史の影に埋もれた名もなき民衆たちの人生の物語を発掘したり、忘れ去られようとしている土着の村文化やしきたりを調査して今に伝える学問)

さあ、宮本常一先生が腕によりをかけて振る舞う、おせち料理のように丹精な民俗学エピソードの数々をご堪能あれ


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宮本さんは昭和14年以来日本全国をくまなく歩き、各地の民間伝承を克明に調査してきた民俗学界の重鎮のひとり。

民俗学者で一番有名なのは恐らく「遠野物語」で知られる柳田国男さんだと思いますが、宮本さんは先輩である柳田さんの見解を受け継ぎつつ、自らの足で各地を巡り地道な取材を重ねることによって、民俗学の世界に親しみやすさと奥行きを与えた作家として高く評価されています。

特に宮本さんが丹念に調査していたのが西南日本に点在していた村々の生活様式や文化。

本書には、宮本さんが村々の寄り合い(主に古老たちの会議)や子育て中の母親たちの座談会、男衆の酒盛りなどに参加して聞いた当時の村社会のリアルな日常や、各地の古文書を書き写すなかで発見した面白い話など、彼のライフワークのエッセンスがギュッと詰まっています。

簡単に表現すると、


長い年月をかけて敢行した気の遠くなるような調査の、特においしい部分だけをちょっとずつ堪能できる、お正月にしか食べられない豪華なおせちみたいな本


といったところでしょうか。

この上なくぶっ飛んだラブストーリー「土佐源氏」


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そんな本書のなかで僕が最も好きなのは、土佐(高知県)を旅しているときにたまたま通りがかった、山間の吊橋の下に暮らしていた古老の乞食のライフストーリーを取材し書き起こした「土佐源氏」。

聞けば当時80歳を過ぎていたこの古老は30以上年前から盲目らしく、「ではどうやって食料を得たり、生活のあれこれをこなしたりしてるんですか?」と宮本さんが質問を投げかけると、

あんたは女房はありなさるか、女房は大事にせにゃいけん。盲目になっても女房だけは見捨てはせん」とやたらヒキの強い前口上を口にした後、自分の人生の歴史をとくとくと語り始めたわけです。

それでそのまま彼の語りに耳を傾けてみたら、その長い人生のなかに、取材経験豊富な宮本さんですら思いもよらなかったような深い愛情に彩られた数珠のラブストーリーが隠されていたんですよね。

このギャップと意外性こそが民俗学の醍醐味であり、本質的な面白さなんじゃないかなと思います。

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