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リーチ・一発・断么・エビの背わた・ドラ2

ブンと蝿、コーラのボトルのフチに留まって合掌かます。バリバリと空気が震え、ビジョンには何やら面妖な模様を顔面にほどこした西洋人のカップル。

蝿、殺気を知ってボトルから飛び立つ。脚先からは甘い香り。腐った水を求めて彷徨し、芝に降りる。

と、またも殺気。すんごく尖った殺気。
球体の化け物に追われ、すこしばかり飛び上がる。動かぬものがよい、死んだものがよいと、うろうろ。うろうろ。そののち角ばった無機物に留まった。

と、さきほどの球体、おそるべき速さをもって頭上を通過。蝿、動転した心臓を和らげようと合掌する。すりすり、すりすり。

蝿、無機物の上で翅を休めながらぐるり。見渡す限り、ひと、ひと、ひと。しかと知能を持ったひと。その光景、波のごとし。いつかセルビアの車窓から見たあの麦畑を思い出して、思わずにやり。くすり。いやはや嗤ってしまう。

「数万もの人々がただじっと見つめるのは、1つ。どうもあの狂気の球体。あいつは何者だ。おい。しかしあいつの一挙手一投足で、何万人の人間が爆笑したり、頭を抱えたりする。人間があの転がる球体をうやまっている。どうやら人間よりも偉い存在なのだろう」

ぴぃと笛の音、とどろく。芝の上を駆けていた青い人間たちが抱き合って奇声をあげる。一方、赤は悲惨極まりない表情。ひざを抱える者。芝の上に仰向けになる者。めいめい静かになる。

ぐるりと周囲を取り囲む数万の者たちもまた同じ。青は腕を掲げ、赤は頭を抱え、さんざめいてさわがしい。蝿は角ばった無機物の上であくびを漏らした。人間とは不自由な存在だと、ブンと翅を震わす。

帽子や座席、大型ビジョンのへり、ホイッスル。蝿はヴァガボンドのごとく流転し、最後に金の器のヘリに留まった。

汗、または涙で光る司令塔。歓喜の顔でトロフィーを頭上に掲げ、ただ吼える。ただ吼える。祝福する観客。チームメイト。皆が吼える。涙を流し、汗を垂らし、戦いの勝利をたたえる。世界中のテレビやネットから、拍手が聞こえる。

蝿は器のフチに留まって合掌。なにかが腐ったような酸っぱいにおいのなか、うとうとしていた。

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