見出し画像

シルバニアファミリーin網走刑務所

蛇を食べにきている。和歌山県の山中の小さな山小屋まで、はるばる蛇を食べにきている。

部屋の前であたしと佳子はフゥと息をついて、丸太を切った椅子に座った。いやはや、ひと息ついたのは、いつぶりだろうか。ここまで新幹線から鈍行に乗り換えて、さらにバスに揺られ、林の入り口まではタクシーに乗せてもらった。運転手に「森で蛇を食うんです」と伝えると「あんたらそれじゃあかんわ。スニーカー履いて、なんやしゃかしゃかゆうあのー、ナイロンやらポリエステルやら、なんやあのー、パーカー着んと。もたんで」と笑われた。私たちはヘビを食うのにも関わらず、ヒールを履いており、ノースリーブを着ていた。

途中で個人経営の小さな衣料店に寄ってもらい、普段であれば見向きもしない、ベージュのベタ履と、マウンテンパーカーを買った。佳子は「だっせ。だっさいよねこれ。でもそれがいいかもね。ねぇ」と、なぜかはしゃいでいた。森の入り口で車を止めてもらい、森に入る。はじめは一応程度に道があったが、だんだんと斜面を登るような感覚になり、最終的にはダラーンと頼りなくぶら下がった麻のロープを両手で掴みながら進んだ。「無理じゃないこれ」と、ぶぅぶぅゆっていた佳子は、途中から魂に火が付いたのか無言になり、私は不思議と弟子の成長を感じる三浦雄一郎のような顔で後ろから付いていった。そんなこんなでようやく、目的地の小屋に着いたときには、お互い汗を拭うこともせず、ただ新品のベタ履は土と落ち葉で茶色っぽく汚れ、佳子の髪にはイガのある実のようなものがくっ付いていた。

始発の新幹線に乗ったのだが、もう日が落ちかかっており、あたりは赤々と照らされている。額から汗が滴り落ちている私たちもきっと、テラテラしているに違いない。汗を拭うことすらやめて、だらんとしている。「もうさ、蛇とかどうでもいいんだけど」と佳子が元も子もないような台詞を吐いた。

「いやいや、じゃあなんのためにこれ、あたしら、これ登ってきたのよ」
「う〜ん、思い出づくり?」
「蛇食ってないじゃん」
「蛇食わずしても、思い出なり」
「蛇食ってこその思い出でしょ!」

疲れと暑さですこし声を荒げたあたしをチラッと見て、佳子は「冗談よ。じゃあ蛇食うか」と立ち上がった。私はなんとなく申し訳なくなって「ごめん」と言いながら立ち上がり、目的の小屋の扉を押し開ける。タイミング的に「ごめん」ではなく「御免」だなぁと思っていると、奥から「はぁいよぉ」と男の声がした。

待っていると、新聞を畳むような音とともに巨大な洗濯バサミが二股を揺らしながらやってきた。チューリップハットをかぶっていて、なんだか愛らしい。

「すみません。蛇を食べにきました」

佳子のその言葉に洗濯バサミは帽子を脱いだ。

「へ、蛇を食べる? いったいなんのことですか?」
「え、ここって蛇料理を出すお店じゃ……」
「違いますよ。見ての通り、ただの木こりです」

洗濯バサミはそう言ってくるっと後ろを振り向く。たしかにそこには薪が積み重なっており、いくつかは丁寧に麻縄で束ねられていた。

「ねぇ佳子、間違えたんだよ。すみません。この辺りで蛇を出す店があるって聞いたんですけど」
「蛇ねぇ、私もう長らくここに住んでますけど、聞いたことがないなあ。それって、誰から聞いたんです?」
「えっと、たしかネットの……」

あたしは、スマホを取り出そうとしてハッとした。誰から聞いたんだっけ。何を見たんだっけ。なんでここで蛇を食えると思ってるんだっけ。記憶がすっぽり抜け落ちている。怖くなって佳子を見ると、目をつぶって何かを思案しているようだった。

「すみません。間違えたみたい。お邪魔しました」とだけ言って、ドアに手をかける。洗濯バサミは「ごめんね。力になれなくて」と別れ際に小さく言った。

夕日がいよいよ落ちかけている。夜が近くなる。遭難する前にあたしたちは、下山をすることにした。

「ねぇ、佳子」
「ん?」
「あたしら、なんで和歌山に来たんだっけ」
「それな。蛇食うからだよね」
「和歌山で蛇食えるってさ、誰から聞いたんだっけ」
「分からないよねぇ。なんでこの小屋に来たのか」
「というかさぁ」
「うん」
「なんで蛇食うことになったんだっけ」
「ぜんっぜん、わかんないよね」
「なんであたしらは今日待ち合わせたんだろ」
「蛇食おうとか、言ってないよね」
「うん。気付いたらなんか、蛇食うことになってたね」
「ウケるね」
「うん。これはウケる」

と言いながら、私たちは真顔で来た道を引き返すことにした。

#文学 #小説 #短編小説 #詩 #現代詩 #シュルレアリスム #シュルレアリスム文学 #シュルレアリスム小説 #小説家 #作家 #シュール

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?