見出し画像

国境の壁の上


16歳の少年は国境の壁のメキシコ側から向こうを指さして言った。

"アメリカンドリームは、すぐそこにあるんだよ"

メキシコのティファナに住むその少年は農家の6人兄弟で食べる物も着る物も靴さえ買えないと言う。食べる事が、ままならないのだから教育も受けていない。

少年は錆び付いた鉄格子のような壁を両手でつかんで、アメリカ側の空を仰いでいた。

メキシコの不法移民を取りあげたドキュメントを、ここハワイで観て私は思った。

日本に生まれて良かった。島国でどの国とも接していない日本は幸せだ。少なくとも幼少の時、親に手を引かれて炎天下の砂漠をさまよう必要はなかった。

去年の3月を例にとると53,000の家族がメキシコからアメリカ合衆国へ不法入国を試みた。そのうち39,000人は子供だ。中米、アジア諸国からも含めたら年間100万人以上になるという。

メキシコにはコヨーテと呼ばれるガイドがいる。非合法のエージェントで高額で国境まで搬送し不法入国の手助けをする輩だ。貧困から逃れる為、アメリカに渡りたい人々はコヨーテの助けを借りる人もいるが無事にアメリカに入れる保証は無い。ある場所まで送り届けたらコヨーテの仕事はそこまでだ。後の事は何も知らないと言う。10人から20人のグループに分け、その中には既にアメリカに渡った夫を追う女性や子供もいる。時には妊婦もいると言う。

国境から先は何十キロと続く荒廃した砂漠だ。所々に大きな棘を持つサボテンや木々があるだけであとは何も無い。無事にアメリカの国境警備隊に見つからずスコールもある砂漠の中を歩ききれるか命がけのギャンブルだ。砂漠には設置されたソーラーパワーの監視カメラが夜でもモニターに彼らの体を白く映し出す。出発前に1ガロン(3.8リットル)の水が入った容器を黒いラッカースプレーで塗る。水の容器が太陽に反射して空を飛ぶ警備隊のヘリコプターに見つからない為だ。

3000キロ以上に渡るアメリカとメキシコの国境はカリフォルニア州、アリゾナ州、ニューメキシコ州、テキサス州の4州に渡る。不法移民や彼らによる犯罪、麻薬密売を減らすためトランプ大統領はそこに壁を作ると選挙公約したわけだ。

アリゾナの国境、ボランティアの女性とボランティアの医師が車で見回りながらメキシコからたどり着いた人達を助けている。何日もかけて暑い過酷な砂漠の上を歩いてきた彼らは困惑している。脱水になったり歩き続けた足には水疱ができ、それが化膿したり切り傷もある。ふらふらになったメキシコ人男性が一人で炎天下の砂漠に座っているのを見つけた。

彼女達はそばへ行き話を聞いた。男性は泣きながら話した。借金を返す為、アメリカで働きたい。25人のグループで来たが3人は途中でやめたらしい。国境越えはある人は簡単だと言うし、ある人は無理だと言った。歩き始めて1日目は大丈夫だった。2日目は寒かった。サボテンの大きな棘にもたくさん刺さった。雨が降って体が濡れて乾いて、それが8回続いた。新品のシャツを着てきたのにボロボロだよ。その男性は最後に、神が真実を知っている。メキシコに帰りたいと言った。そして、国境警備隊に拘束され連れて行かれてしまった。

アリゾナ在住のある中年女性は2匹の大型犬と国境近くに住んでいる。毎晩、15〜20人のメキシコ人グループが近くを歩いているのを見ると言う。国境の壁はまだ無く地続きだ。国境警備隊のヘリコプターやホースパトロールも巡回しているが、1度だけ不法移民が自分の家の敷地内に侵入したらしい。それからは常に拳銃を身につけていると言う。

何日も砂漠を歩いて来たら喉も乾くし空腹にもなるだろうが、確かに自分の家にそんな人達が入って来たら恐怖だろう。

カリフォルニア州サンディエゴに住むあるメキシコ人女性は、不法滞在で6年間、ホテルの清掃をして働いている。仕事は大変だが生活は安全で、子供に教育が与えられると言う。アメリカで出産したので子供にはアメリカの市民権がある。だがトランプ政権で、もし不法移民がみな強制送還になれば今迄の努力が水の泡になると言う。彼女は週末になると子供を連れて国境の壁に行き、メキシコに住む両親と壁の隙間越しに会う。ハグも出来ず指先に触れるだけだ。

メキシコに住むある女性は、アメリカに不法滞在している父親とは子供の頃からもう14年間会っていないと言う。父親は家族にいい暮らしをさせる為にアメリカに渡り、給料を家族に送っているが彼女は言う。お金なら結婚した夫と2人で働いているので、貧しいが生活は何とかなる。家族なのに14年も会えないなんて何の為の家族だ、と。例えばアメリカの建築現場で1日働けば$120稼げるが、メキシコだとわずか$5だ。

冒頭の16歳の少年は仕事に就けず、コヨーテに麻薬を持って国境を渡ったら数百ドルあげると言われた。でも、リスクが高いので断ったらしい。彼は国境警備隊に見つからないようフードのついた黒いパーカーを着て国境を越えると言う。


果たして、少年は彼が望むアメリカンドリームを手に入れることが出来たのだろうか?

私たちが当然のように手にしている最低限の生活、暖かい食事と小ぎれいな服と熟睡できるベッドが少年にとってのアメリカンドリームだ。それを手に入れる為には法を犯さねばならないし命を落とすかもしれない。

少年がかつて仰いだ国境の壁の上には、隔たりのない青い空が広がっているのに......。







この記事が参加している募集

あなたのサポートはekomomaiの励みになります❣️