誰かが傍にいてくれるだけで…
豊かさって何だろう?
それを考える時にある一人の女性の事を思い出す。
それは80歳を過ぎたある女性の話しです。
10年前までは彼女は真面目でやさしいご主人と二人で暮らしていました。
ご主人は定年退職後自分の人生を書き起こす作業に没頭する方でした。
二人には子供がいませんでしたが、夫婦二人と子供代わりの猫とで幸せに暮らしていました。
そんな平凡な暮らしに徐々に歪がおこりはじめたのは、ご主人の異変に気付いた時からでした。言動が少しずつおかしくなっていき、威厳のあったご主人が少しずつ壊れ始めていったのです。
そうです。
ご主人は認知症を発症していたのです。
彼女は現実を受け止めることができませんでした。
動揺し、助けを求めたかった。
彼女には妹がいましたが、自分の言動がきっかけで妹とは疎遠になっていた為、妹に助けを求める事もできなかったのです。
彼女はひとりで頑張りました。
ご近所にも「助けて」と言えず、ひとりで頑張りました。
しかし、ひとりで頑張るのにも限界がありました。
心が壊れはじめていたのです。
その頃の彼女は、ご主人をディサービスに送り出したあと毎日のように街に出かけていました。
彼女は昔から絵画が好きだったので、街の画廊に立ち寄るようになりました。彼女の家は裕福で、以前にも絵画を何枚か購入していましたが、この頃の彼女は異様な程に画廊に立ち寄るようになったのです。
そして彼女は何枚も絵を購入していきます。
それは何故?
そうです、彼女は寂しかったのです。
「画廊に行くとお店の人が優しく話を聞いてくれたから」と後に彼女は言っていました。そして、画廊の人の言うがままに何枚も絵を購入していきました。家には開封もしていない絵画が何枚も部屋に置かれていたそうです。
老人の寂しさを狙った商法なのですが、彼女には対応してくれた人が天使のように見えたのでしょう。
他の画廊に行っても彼女は同じように話を聞いてもらい、そして絵を購入し続けました。
しかし、不安と寂しさはそれだけでは埋められなかったのです。
次に彼女が求めたのは快楽。
それは万引きという犯罪でした。
彼女はお金を持っていて金銭面では豊なのに、万引きを繰り返します。
ついにお店に発見されるのですが、ご主人の病状等から情状酌量をしてもらいました。
その後、ご主人は病状が悪化し、入院してしまいます。
そうです。彼女は家で一人になったのです。
きちんと整理整頓されていた家は荒れ放題になり、ちゃんとした食事も作らず、家と病院を往復する毎日でした。
彼女は寂しさと、ご主人が亡くなってしまうのではないかという恐怖と戦っていました。
彼女は毎日祈りました。ご主人を連れて行かないでと。
しかし、彼女の祈りも空しくご主人は亡くなりました。
彼女は一人でご主人を見送りました。
誰にも頼らずひとりで。
彼女は意地を張り続け、誰にも頼ろうとしませんでした。
やがて彼女の家族は、家にやって来る猫だけになりました。
彼女の周りにはうわべだけの友達しかいません。
プライドが高く、人を見下す事が多かったのでしかたがありません。
彼女は「助けて!一人は寂しいの!」と声を上げる事ができません。
人を信じることも出来ない悲しい人です。
人は「豊かさとは何?」と聞かれたら「お金がある事」と言うかもしれません。
しかし、本当の豊かさとは、助けてと言わなくても気遣ってくれる人がそばにいること。寂しい時に寄り添ってくれる人がいること。抱きしめて「大丈夫だよ!」と言ってくれる人がいること。
そういう心の繋がりと安心感がいつもあるということが、豊かさだと私は思う。
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