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微・ホラー小説10選

暑い夏は怪談話で涼しく…
お盆頃によく語られる怪談。一口に怪談と言っても、幽霊や妖怪など様々な話がありますね。

鬼、天狗、河童、神隠し、怨霊、座敷わらし、ろくろ首…私たちは子供の頃から多くの妖怪や怪談に慣れ親しんできました。個性豊かで神秘的な妖怪は小説やアニメなどにもよく登場し、人気があります。そんな妖怪や幽霊はどうやって生まれたのでしょうか。

古代から農耕民族だった日本人は自然とは切り離せない生活を送ってきました。科学が未発達な時代、理屈では説明できない事象や災害の答えとして神や妖怪の存在を生みだしたそうです。そこから様々なおとぎ話や民話が生まれ、これらの多くは口頭で後世に伝えられました。

これらの説話を文章にした説話集に『日本国現報善悪霊異記』『今昔物語集』があります。平安時代末期に作られた『今昔物語集』は1000を超える話があり、日本最大級と言われています。芥川龍之介の『羅生門』『芋粥』などの題材にもなりました。

江戸時代に入り、鳥山石燕の妖怪画集『画図百鬼夜行』が刊行されたのをきっかけに怪談ブームが起こります。それまで概念上の存在だった妖怪にわかりやすい視覚的特徴を与えることにより、妖怪は浮世絵や芝居、落語の題材としても使われ、妖怪文化が盛り上がりをみせました。また、絵師の円山応挙が初めて足のない幽霊を描いたのが現在の幽霊の姿の典型になっているという話も。
その時代に書かれた『雨月物語』は、『今昔物語集』を始め和漢の古典を題材にした読本で、怪談・怪異小説の元祖とも言われています。

その後、明治後期から昭和初期にかけて怪談ブームが再来します。小泉八雲が日本各地の怪談や奇談をもとに『怪談 (kwaidan)』として一冊にまとめ、森鴎外夏目漱石内田百閒夢野久作江戸川乱歩ら多くの文豪が怪談を書き、怪談好きの泉鏡花芥川龍之介らが不可思議な話を持ち寄り語る怪談会に没頭しました。そして現在では「民俗学の原点」とされている柳田国男遠野物語』もこの「怪談ブーム」をきっかけとして生まれたものともいえます。

TVが主流になると心霊体験を再現したドラマ「あなたの知らない世界」やタレントの稲川淳二による怪談話などのオカルト番組が流行。また小説では海外でジャパニーズホラーの最高傑作と言われている鈴木光司の『リング』やミリオンセラーを記録した貴志祐介の『黒い家』なども国内外で映像化され、人気を呼びました。

現在では時代小説やミステリー、サスペンスなど様々なジャンルと合わさった怪談・ホラー小説が主流です。特にホラー要素のあるミステリーは、横溝正史の「金田一耕助のシリーズ」を始め、京極夏彦の「百鬼夜行シリーズ」小野不由美ゴーストハントシリーズ」など人気シリーズが多数あり、多くのファンを獲得しています。

今回はそんなバラエティ豊かなホラー小説の中から、ホラーが苦手な人でも楽しめる微ホラー小説を10冊を選びました。恐怖の感覚は人それぞれですので、あくまで私の基準で選んでいます。目安としてホラー度を星の数で表してみました。よろしければ参考にしてください。

心も体も涼しくなる忘れられない一冊に出会えますように…

営繕かるかや怪異譚 小野 不由美

~「この家には障りがある」古い日本家屋で体験する恐怖と涙と感動の怪談短編集~

story:「奥庭より」:叔母から受け継いだ町屋に一人暮らす祥子。まったく使わない奥座敷の襖が、何度閉めても開いている。「屋根裏に」:古色蒼然とした武家屋敷。同居する母親は言った。「屋根裏に誰かいるのよ」「雨の鈴」:ある雨の日、鈴の音とともに袋小路に佇んでいたのは、黒い和服の女。 あれも、いない人?「異形のひと」:田舎町の古い家に引っ越した真菜香は、見知らぬ老人が家の中のそこここにいるのを見掛けるようになった。等(出版社より)

ベストセラー小説『屍鬼』などホラー小説・ホラー要素があるミステリーの作風で人気の小野不由美の怪談短編集。作品解説は宮部みゆき。カバー絵は「蟲師」の漆原由紀。

京都の街並みは町家や武家屋敷など趣がありますね。しかし、ウナギの寝床と言われる町家は一歩中に足を踏み入れると、ほの暗く、じめじめとした庭は薄気味悪い。家の暗闇に感じる気配は、まるでそこに住んでいた人間の魂や念が留まっているような少し不気味な感覚を覚えます。
この短編集はそんな古い日本家屋での怪異のお話。

わずかに開いている障子、チリン、という鈴の音、何かが腐ったような臭気、五感から伝わる違和感は「そこにいるはずのないもの」の存在を示しギクリとさせます。
恐怖に怯える住人は「営繕かるかや」にたどり着きますが、彼は霊能者でも何でもなく、ただの大工だと言い…。
さまざまな怪異と少しずつ近づいてくる霊が本当に怖い。しかし、その結末は切なく優しい。
暖かい読後感で、ホラーが苦手な人にもおすすめです。

ホラー度★★★★★【怪談・京都・町家・武家屋敷・雨・井戸】

夜行 森見 登美彦

~「世界はつねに夜なのよ」怪談×青春×ファンタジー、かつてない物語~

story:十年前、同じ英会話スクールに通う僕たち六人の仲間は、連れだって鞍馬の火祭を見物にでかけ、その夜、長谷川さんは姿を消した。十年ぶりに皆で火祭に出かけることになったのは、誰ひとり彼女を忘れられなかったからだ。夜は、雨とともに更けてゆき、それぞれが旅先で出会った不思議な出来事を語り始める。尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡。僕たちは、全員が道中で岸田道生という銅版画家の描いた「夜行」という連作絵画を目にしていた。その絵は、永遠に続く夜を思わせたー。果たして、長谷川さんに再会できるだろうか。直木賞&本屋大賞ダブルノミネート作品。(「BOOK」データベースより)

日本ファンタジーノベル大賞や日本SF大賞、山本周五郎賞など数々の賞を受賞し、今や押しも押されもせぬ人気作家となった森見登美彦連作怪談集

森見登美彦の作品は想像力を刺激する。明確に答えを提示せずに読者の想像力をもって物語を完成させる面白さがあります。現実とファンタジーの曖昧さが読む者の心を躍らせ、まだ見ぬ世界へ連れて行ってくれる。
しかし、この物語は現実の向こうに暗い不気味な世界が口を開け読者を怪奇の世界へと誘う。
暗闇を走る夜行列車夜のしんとした静かな世界、まるで現実味のない不思議な感覚や言い知れぬ淋しさ。彼らの旅はどんどん暗闇に吸い込まれているようで、また何かに誘われているようで、そして終わりのない旅にも思える。

友人は何故姿を消したのか。集まったメンバーの回想と奇妙な体験。
ミステリーかファンタジーかホラーか、それとも…。
気が付くと不気味で幻想的な世界に足を踏み入れている。
不思議で薄気味悪い、余韻が残る読書体験。

ホラー度★★★★★【夜行列車・京都・鞍馬・銅版画・怪談・ミステリー】

あひる 今村 夏子

~「おかえりのりたま」言葉の裏に潜む影の奥深さ。底知れない恐ろしさが、この小説にはある~

story:あひるを飼い始めてから子供がうちによく遊びにくるようになった。あひるの名前はのりたまといって、前に飼っていた人が付けたので、名前の由来をわたしは知らないー。わたしの生活に入り込んできたあひると子供たち。だがあひるが病気になり病院へ運ばれると、子供は姿を見せなくなる。2週間後、帰ってきたあひるは以前よりも小さくなっていて…。日常に潜む不安と恐怖をユーモアで切り取った、河合隼雄物語賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

芥川賞、三島由紀夫賞を始め、数々の純文学の賞を受賞している今村夏子短編集

この小説は淡々とした文章で書かれているのが特徴。まるで、「わたし」が記した日記を読んでいるようにも感じられます。しかし、だからこそこの物語は恐ろしい。

日常のちょっとした変化ー「あひる」がやってきたことによって起こる日常の些細な変化ーに人間の本質が垣間見えますが、「わたし」を含めた家族はそのことに気づきません。そして「わたし」の立場で読んでいる読者もおそらくそのことのいびつさに気付かないでしょう。
しかし、子供のある疑問によりそれが突然暴かれ、背筋が寒くなる。

何よりも怖いのは生きている人間。この小説は人間の恐ろしい本質を体験するホラー小説。もちろんそれは、これを読んでいるあなたの中にも…。
大きい文字で文章量も少なく読みやすい。新しい読書体験を。

ホラー度★★★【人間・家族・心の拠り所・あひる・子供・】

向日葵の咲かない夏 道尾 秀介

~「僕は殺されたんだ」発売2年で100万部を売り上げた人気ミステリー小説~

story:夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。(「BOOK」データベースより)

直木賞や本格ミステリー大賞を始めとする数々の賞を受賞し、実力と人気を兼ね備えた道尾秀介の代表作。

この小説はS君の死の謎をめぐるミステリーでありながら、S君の幽霊を見たり、S君の生まれ変わりが目の前に現れたりで、まるでホラー小説を読んでいるかのような恐怖を味わえます。また、残酷な描写グロテスクな表現も多く、サイコサスペンス的側面も。
謎を解明する相棒が生まれ変わったS君という一風変わった物語ではありますが、彼らを取り巻く環境の過酷さや、大人たちの狂気ともとれる行動や性格、事件の異常性によって違和感は感じられません。しかし、どこか感覚が狂うのような気持ち悪さがあり、それがこの作品の持ち味とも言えます。

賛否両論のホラー・サイコ・サスペンス・ミステリー。不快感と恐怖を感じながらも先が気になってページをめくる手が止まらない。
冷たい汗が体温を下げてくれる、暑い夏に読みたい小説です。

ホラー度★★★★★【夏休み・子供・学校・昆虫・家族・】

儚い羊たちの祝宴 米澤 穂信

~「殺人者は赤い手をしている」最後の一文にゾッとするミステリー~

story:夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な「バベルの会」をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。(「BOOK」データベースより)

時代ミステリー『黒牢城』で今年直木賞を受賞した人気作家、米澤穂信ホラーミステリー短編集

昭和初期頃をイメージさせる、上流階級のお屋敷で起こる怪奇な事件。貴族のような上品な語り口がその世界観を盛り上げ、無邪気な外面残酷な内面とのアンバランスさが恐怖を一層際立たせます。
また、一般社会から隔離されたお屋敷という世界での独特な生活や上下関係が現実離れしているため、猟奇的な事件もそこまで生々しく感じることなく、怪奇な世界に浸ることができます。

特にどの物語も最後の一行が衝撃的。それまでの先入観や予想を裏切る一言にゾッとする。女性の持つ執念深さであったり、したたかさも良い恐怖のスパイスになっていてじわじわくるが、後味は決して悪くありません。

人間の中に潜む悪魔が見えるホラーミステリー。
あなたもこの宴に参加して恐怖を堪能しますか?それとも…

ホラー度★★★★【お屋敷・上流階級・お嬢様・使用人・読書会・バベルの会】

6~10選はコチラ👇

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