【クリスマスシーズンのヨーロッパ】コペンハーゲンの忘れられないクリスマスパーティー
クリスマスにヨーロッパに旅行したことのある方ならご存知かと思いますが、クリスマス当日のヨーロッパの街はとても静かです。
お店や観光施設も、多くがクローズしてしまいます。
その日は皆、家でパーティーをしたり、家族と過ごしているからです。
ヨーロッパのクリスマスパーティーなんて、想像しただけで楽しそうでワクワクしますね。
もう十数年も前のことになりますが、デンマーク・コペンハーゲンを旅行中、ひょんなことからある家族のクリスマスパーティーに参加させてもらったことがありました。
今回は、その時の思い出を語りたいと思います。
コペンハーゲンの宿にて
コペンハーゲンに到着したのは、12月24日の昼でした。
今夜はクリスマスイブということもあり、既に街は静まり返りつつあります。
私は予約した宿に向かいました。
予約の際は、物価の高いデンマークで少しでも安い宿を探そうと、あらゆるサイトを漁りました。
そんな中、現地のホテル予約サイトで、1件だけ破格の物件を見つけたのです。
他の物件が概ね1泊1万超えの中、そこだけ半額くらいで出ていました。
私は早速、その破格物件を予約しました。
(今だったら安すぎて怪しむところですが)
当の物件は、市街地から少し離れた住宅地の方にありました。
記載の住所通りにやって来ると、目の前にあるのはどう見ても普通のアパートメントです……。
私の行くべき部屋はどこの棟なのかもわからず途方に暮れていると、通りがかりの親切なおじさんが、該当の部屋まで案内してくれました。
さっそく呼び鈴を押してみますが、何の反応もなし。
誰もいないようです。
当時はスマホもないので、不在のオーナーとの連絡も取りようがなく、一抹の不安がよぎりました。
その時、同じフロアの住人と思われるマダムが帰って来ました。
マダムからここで何をしてるのかと訊かれた私は、予約した宿がここだけど留守のようなんです、と答えました。
私は到着して初めて、予約した宿が一般の住宅を間貸ししている、今で言う民泊だったと気付いたのです。
マダムは納得せず、ここはホテルじゃなくてアパートよ?と訝しがります。
(当時はAir BnBも普及しておらず、民泊のシステムもあまり周知されていませんでした)
そのうち近隣住民が集まってきて、彼らを撒きこんでの大騒ぎになってしまいました。
……その時、助け舟を出してくれたのは、上の階に住む老夫妻でした。
老夫妻は、
「オーナーが帰ってくるまで、うちの部屋で待っていなさい」
と、自らの部屋に招き入れてくれたのです。
私はお礼を言って、上階の彼らの部屋へおじゃましました。
部屋には老夫妻の娘さんが来ていて、今夜行われるというクリスマスパーティーの準備を進めていました。
娘さんは事情を知ると、ニコニコと出迎えてくれました。
そして老夫妻が、
「今、オーナーに電話したら、あと15分くらいで帰るそうだよ。それまでゆっくりしていなさい」
と、なんとお茶とお菓子まで用意してくれたのです。
寒空の下やってきたら、オーナーの所在が分からず不安にかられていた身にとって、そのお茶とお菓子のなんと温かかったこと。
私にとって老夫妻は、救いの神でしかありません。
間もなく、老夫妻の部屋に誰かが訪ねてきました。
「こちらがあなたのオーナーよ」
帰宅したオーナーが、老夫妻の部屋まで迎えに来てくれたのです。
30歳前後の男性でした。
私がオーナーに挨拶すると、今度は奥様がオーナーとデンマーク語で言葉を交わします。
会話を終えたオーナーが、私に説明してくれました。
「今夜ここで、家族が集まってクリスマスパーティーを開くそうなんだけど、君を呼びたいと言っているよ。素晴らしいね。なんていい人たちなんだ!」
私は驚きました!
オーナーが不在で困っていたところを助けてもらっただけでも感謝しかないのに、その上ご家族とのパーティーにまでご招待いただけるとは!
私はお礼を言い、ぜひ伺わせてくださいと答えました。
ご夫妻は18時に再びここに来るように言いました。
私は一先ずオーナーと共に失礼し、オーナーの部屋で宿泊の手続きを済ませました。
「君の寝室はここだよ。バスルームはそっち。キッチンは自由に使っていいよ」
彼はさらに続けました。
「クリスマスだから、レストランもお店も映画館もすべてクローズする。
食料や必要なものがあったら、今のうちに調達しておいた方がいいよ」
クリスマスパーティーにおじゃまする
私はオーナーから教えてもらった近所のミニマートへ行くと、
滞在中の食料と、ワインを1本購入しました。
そして18時、ワインを持った私は、上階の老夫妻の部屋へ伺いました。
「いらっしゃい。みんな集まってるわよ」
部屋では、ご夫妻と娘さんが出迎えてくれます。
私は、ワインをお土産に手渡しました。
「ありがとう。リビングへどうぞ。みんな英語を話せるわ」
リビングに通されると、そこには既に、この部屋のご主人を囲むように、親戚一同が集まっていました。
みなご夫妻の子供たちや配偶者、そしてお孫さんたちです。
日本でお正月に親戚一同が祖父母の家にやってくるように、向こうではクリスマスにこのような集まりをするんですね。
「こんにちは」
「ハロー、いらっしゃい」
みんな突然の来訪者なのに、すんなり受け入れてくれます。
ご夫妻や娘さんが、今日あった出来事を説明してくれました。
「……そのオーナー、あなたが着いた時にいなかったの?それはサービスとしてはよくないわね」
お孫さんの若い女の子が言いました。
なんて楽しいひととき
老夫妻はご主人がレイフさん、奥さんがインゲルさんといいます。
みんな揃うと、食卓には次々とクリスマス料理が並びました。
どれも温かい家庭の味。
高級レストランで高いお金を出しても、なかなか味わえないもの。
やはりクリスマスには、こういう家庭料理を食べたいものです。
特にクリスマスの伝統スイーツだと言って、夫妻の娘さんが降るまってくれたライスプティングは格別でした。
冬でも半袖の元気いっぱいの孫息子さんは、「このシャツ僕には小さいんだ」と言っておどけていました(笑)。
その隣のスタイル抜群な孫娘さんはキティちゃんの靴下を履いていて、私がそれを指摘すると、
「これ、H&Mなの。とてもいいわよ」
別の孫娘さんは、現在女性上司の下で秘書として働いていて、
「私のボスはすごく素敵な人よ」
と話してくれました。
彼らと会話を交わしているうち、私もだんだん家族になじんでいるようで、楽しくなってきました。
「大丈夫、明日からダイエットすればいいわ」
みんなにライスプティングを配り終えた娘さんが、笑ってそう言いました。
食事が済むと、次にプレゼント交換です。
ツリーの周りに並べられたプレゼントが、皆に配られます。
それぞれ受け取ったプレゼントを開封し、今度はその中身で盛り上がります。
クリスマスプレゼントって、人をこんなにも楽しい気分にさせるんだ……。
その時、プレゼント配布役の孫娘さんが、私の前に小さな包みを差し出しました。
「JUNJUN、これはあなたのよ」
「えっ、私にも?!」
急いで包んだであろうその贈り物を開けると、中からはスケート靴をはいた妖精の人形が出てきました。
おそらく送り主はインゲルさんでしょう。
一人でもプレゼントをもらえない者が出ないよう、慌てて用意してくれたのかもしれません。
私はその気遣いに、いたく感動しました。
「ありがとう。大切にします」
インゲルさんは、立ち上がると言いました。
「これからクリスマス恒例の儀式なの。ぜひあなたも参加してちょうだい」
すると家族みんなで立ち上がり、ツリーの周りに輪を作りました。
私もその輪に加わります。
そして手をつなぎ、静かに歌を歌い始めました。
デンマーク語で内容はわかりませんでしたが、おそらくデンマークの伝統クリスマスソングなのでしょう。
宴の後
宴もたけなわですが、やがてお開きの時間がやってきました。
集まっていた親戚たちも、一人、また一人と帰っていきます。
インゲルさんや娘さんが、使った食器を台所に運び出しています。
私も彼女らに混じって、後片付けのお手伝いを始めました。
「あなたは座っていていいのよ」
「いえいえ、これくらい手伝います」
「あなたはSweet personね」
パーティーに呼んでもらって、何もしないと申し訳ないというのもありますが、完全ゲストとして座っているより、少しでも家族の一員に近づきお手伝いしたい、との思いがあったかもしれません。
インゲルさんは、たびたび「Sweet person」という言葉を繰り返しました。
私は最後に、レイフさんとインゲルさんに、
「今日撮った写真を日本に帰ったら送りたいので、よければ住所を教えてくれませんか?」
と尋ねました。
「もちろんいいわよ」
二人は快く教えてくれ、私たちはアドレス交換を果たしました。
こうして宵が深まるころ、私は彼らご夫妻や残っている娘さんらにお礼を言って、階下の自分の部屋へと帰っていきました。
この夜は間違いなく、今までの人生で最高のクリスマスの過ごし方でした。
これがまさに、本場ヨーロッパのクリスマス・ホームパーティー。
そのホームパーティーに、ほんの小さなきっかけで、一外国人の私が参加させてもらえることになるなんて……。
昼間留守して、インゲルさん夫妻に逢うきっかけを作ってくれたオーナーには感謝しかありません(笑)。
その夜は、幸せいっぱいな気分でねむりにつきました。
その後のこと
翌朝、オーナーと顔を合わせると、オーナーも昨夜はパーティーに出かけていたと言いました。
「僕たちは24日から26日まで、3日間に渡ってパーティーするんだ。今日は家族と、明日は友達の家で、って感じでね」
ちなみに12/26は、ヨーロッパではボクシングデーという祝日です。
イブからボクシングデーまで、3連休という国も少なくありません。
「今日は昨日よりは、開いてるところがあるんじゃないかな?
僕はまたパーティーだけどね」
この日は12/25。
私はコペンハーゲンの街歩きに出かけました。
結局ほとんどの場所が閉まっていましたが、きれいな街並みが見られて満足しました。
昨夜のハッピー気分のせいか、美しい街がより美しく見えた気がします(笑)。
そしてコペンハーゲンで2泊した後、私は日本へ帰りました。
帰国後、パーティーの写真をプリントアウトすると、約束通りインゲルさん夫妻に送りました。
それから1ヶ月ほど後だったでしょうか。
ご夫妻から、かわいい手作りカードの返事が届きました。
カードには、
「私たちは、私たちの知るmost sweet personとしてあなたを憶えています」
とのメッセージが書かれていました。
あれ以来十数年、私たちは毎年クリスマスカードのやり取りをしています。
P.S. その後しばらく、先方からはレイフさん&インゲルさんの連名でクリスマスカードが送られてきました。
ところがある年から、送り主がレイフさん一人の名前になったのです。
カードには詳しくは書かれていませんでしたが、インゲルさんが亡くなったんだと悟りました。
改めてあのイブのことを感謝し、インゲルさんのご冥福をお祈りします。
レイフさんにはご家族に囲まれて、インゲルさんの分まで長生きしてほしいと願わずにはいられません。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?