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過去のわたしより

連なる山々の影は、美しく、はかなく、遠く。すべてが違う色で、すべてが違う形。

わたしにはなにができるだろう

わたしはなにを考えているんだろう

わたしはなにを考えているようにみえる?


あまりにも気にしすぎた他人の目線だと思っていたものは、わたし自身がわたしを見る目であって、誰1人としてわたしのことを気にしちゃあいない。冷静に考えるとそうだ。わたしはこんなにわたしのことで精一杯になっている。隣の誰かのことを考えただろうか。考えても数秒だ。わたしはあまりにもわたしを俯瞰しすぎて、わたしはあまりにもわたしを傷つけ過ぎた。


自分に優しくある

自分を愛する

テーマだな。それはずっとテーマ。愛されていないと嘆いていたのはわたし自身がわたしを愛していないだけだった。わたしはわたしと向き合わなくてはならないステージに来ている。他人でなく自分。どう乗り越えよう。どうわたし自身と手を繋ごう。


「自然の一部分」

それが「自分」


そう言っていたフリーダイバーの篠宮龍三さんの本「素潜り世界一」を読んだ。


自然への愛は、とめどなく溢れてくる。それくらい自然が好き。朝の光も、鳥たちのさえずりも、朝露をしたらせる葉の1枚、光に透けて輝く美しい花々、すべての源であるおおきな海、優しく包み込んでくれる深い森、暮れゆく空。

それらを愛するように、

自分自身もその一部だと思いながら、すこしでも、過ごせていけたら良いなあと思う毎日。

誰に対してもフラットでニュートラル、憎しみはそこになく、様々な愛の形を受け入れる。だれになんと言われようと、ブレない格の部分と、まっすぐで、素直な目を持ちたい。理想だな。


もうすぐ沖縄は梅雨入り。自分自身カビが生えてこないよう、精進する毎日。


と、下書きに保存してあって。せっかくだからと思ってアップロードしてみる。6月前に書いていた文章だと思う。果たしてこう考えていた過去のわたしから、今のわたしは少しは前に進んでいるのだろうか(^.^)

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