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時文と巫山の夢と栗花落時①

遥かなる汽笛
留客雨が窓を叩く音

帰さないつもりで降る雨が
帰宅を急かすように窓を叩く

夏至の朝 
地上に太陽が1年で最も長く
そして最も高く昇る日なのに

昨夜訪れて頂いた御客様
ふうちゃんさん様
退屈の壊し方様
さくらもち様
しらたき様

ありがとう存じます
心からのお礼申し上げます
またのお越しをお待ちしております

もうおひと方お泊りの御客様は
遣らずの雨に足止めされ
時文を記されているようで

宿の玄関の石段には
栗の花が横たえるように落ち 
雨に打たれている

この柳眉なお方は 
遠く中国からお越しの御客様で
巫山の南 険しい峰の頂に
住んでいるとおっしゃるので

あもという和菓子にお薄をお持ちし
ひと時をご一緒した

恋しいお方とは別の所に住みながら
その寂しさを紛らわせるため
旅に出るそうで 

旅路の朝 雨に降られることが多く
こうして時文を記すことは
遠くにいる恋しいお方への
まごころを示すためのもので

決まった時刻に記すというのです

時文(ときぶみ)
 
その昔 遊女たちが夜明け時や
日暮れ時など決まった時刻に送る
文(手紙)のことをいう言の葉

同じ時に手紙を書く
手紙を書くということは
大切な人はそばにいないということ

目に見えない糸を結びながら
時を超えて つながる幸せ

留客雨も止みかけて
時文を記し終えた御客様が
宿をあとにされる

お見送りの時 
御客様が不思議な夢のお話をされた
それは巫山の夢のお話

御客様の足元に栗の花
見送るように露草が咲く

☘……………………………………………☘

*巫山の夢*

中国の戦国時代 楚の王が
巫山の女神と夢の中で恋に落ち

朝には雲となり山にかかり
夕方には雨となって
地に降り注ぎましょう
と王に言い残し女神は去ります

以来この故事から
男女の固い契りのことを
あらわす言の葉として
使われるようになりました

*和菓子 あも*

叶匠壽庵の銘菓
大納言小豆と求肥の棹菓子

宮仕えの女性たちが使っていた女房言葉

お寿司はおすもじ 饅頭はおまん 
そして餅はあも

*栗花落*
つゆり ついり

栗花落の井の伝説について
次回の記事にてお楽しみください

深謝

















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