【第1話】極光を求めて(カナダ・イエローナイフ)
「死ぬまでに一度は見たい景色」
主に北極圏で見られるこの自然現象、オーロラは多くの人々を虜にして離さない。かくいう自分もその中のひとりだった。
小さい頃から天体観測が好きだった。両親に買ってもらった天体図鑑のページを捲っては、空のどこかにあるキラキラした景色に胸を躍らせていた。
いわゆる都市郊外のベッドタウンで育った僕は、「満点の星空」とは縁がなく、小学3年生のときに買ってもらった天体望遠鏡でも月や金星、全天で一番明るいシリウスを観るくらいしかできなかった。
そんな僕が、オーロラというものを初めて「観たい」と思ったのは、高校2年生の時だったと思う。高校の研修の行き先がカナダになったことを知った僕は、すぐにインターネットで「カナダ 絶景」と検索した。
ロッキー山脈、紅葉、ナイアガラの滝…そんな景色の写真の中に、オーロラはあった。
満点の星空に広がる、光のカーテン。緑、黄色、赤…極彩色のその光に、心を一瞬で奪われてしまった。
もちろんオーロラの存在は知っていたし、知識もあった。ただ、自分とは遠い存在のような気がしていて、そこまで興味を持っていなかった。
しかし今回は話が違う。もしかしたら観られるかもしれないのだ。なんだか、有名人に街で遭遇できるかも知れない、そんななんとも言えないふわふわとした感覚だった。急に現実味を帯びてきたオーロラとの遭遇。心臓が脈打っているのがわかった。
ただ、結果から言うと、残念ながら訪れる地域は北極圏とは程遠く、オーロラを観るチャンスは巡ってこなかった。その後も縁があってカナダを訪れることはあったが、夢のオーロラに出会うことはなく、月日が過ぎていった。
だが、2017年2月。大学4年生のとき。千載一遇のチャンスが訪れた。
カナダの東部、ハリファックスに学部留学に来ていた僕は、学校が終わってから帰国まで1週間の時間があることを知り、すぐに飛行機のチケットを調べた。
行き先は、北極圏の、イエローナイフ。オーロラの観測地としては有名すぎるくらいの場所。観測確率も鑑みて、約1週間の滞在。
飛行機を乗り継いで、最後はちっちゃなセスナ機に乗って辿り着いたイエローナイフ。荒天のためフライトは12時間遅れ。既に24時を回りそうになっていたので、予約していたAirbnbはキャンセルをした。事情を話すと、キャンセル料もいらないと言ってくれたので、”いつも通り”空港泊をすることにした。
このとき、この選択が、まさかの事態を招くなんて想像すらできなかったと思う。
空港のロビーの端っこに少しふかふかとした椅子があって、近くにはコンセントの差し込み口もあった。
「ここだ。」
無事に本日の”宿”が決まったので、長時間のフライトの疲れをなるべく落とせる体勢を探しながら、目を閉じた。空港内は、空調が効いていて、とても暖かかった。スマホが示す外気温はマイナス20度だった。
ウトウトとし始めた頃、近づいてくる足音。コツコツと、ズッシリとした足音。
海外で空港泊をするときは、いつも以上に警戒しなくてはならない。寝込みを襲われたら?お金を抜き取られたら?そんな不安と隣り合わせなので、インナーの下にパスポートの入ったポーチを身につけたり、お金はいろんな場所に分散して仕舞っている。
「おい、そこで何してるんだ? もう閉まる時間だぞ」
目を開けると、がっちりした体型のセキュリティのおじさんが立っていた。
「え?朝までここで過ごすつもりなんだけど…。どこなら寝られる?」
そう聞き返すと、
「何を言ってるんだ。この空港は25時で閉まるんだ。中では寝られない」とのこと。
絶望した。そうか、小さな空港は24時間営業じゃないこともあることをすっかり失念していた。(ちゃんと調べておけばよかっただけ)
「えっと…宿がないんだけど…どうしたらいい?」
もう深夜だし、今から予約できる宿もなかった。外はマイナス20度。極寒の北極圏に放り出されるのだけは、なんとしてでも避けたい。
「タクシーでも呼んで、どっかにいくしかないな。あと15分くらいで閉めるぞ」
ぶっきらぼうにそう言い残すセキュリティ。ああもう仕方ない。
「イエローナイフ空港までタクシー1台、お願いします」
こんな時間に、こんな田舎のタクシーを呼ぶだけでも怪しさ満点だ。電話に出てくれたタクシーの運転手さんは、少し戸惑った声をしていたように思う。
すぐに到着したタクシーに乗り込み「どこのホテル?」という質問に対して僕は言った。
「あの、どっか朝まで暖を取れるところにお願いします」
まさか、自分がこんなセリフを言うなんて。少しの沈黙の後、運転手さんが言った言葉に衝撃を受けたのだけれど、その時の僕には、Noの選択肢はなかったんだと思う。
「ホームレス用のシェルターがあるから、そこに連れてくよ」
深夜1時、マイナス20度、北緯62度のイエローナイフ。
一人のアジア人を乗せたタクシーは、降りしきる雪の中、走り出した。
【第2話に続く】
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