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第八章 不満爆発!眠れぬ夜に…ドスとヒロポンと(前編)

この物語はフィクションです。登場する団体、名称、人物等は実在のものとは関係ありません。


赤線とはー
性風俗の混乱を恐れた国が慰安所として許可を出した特殊飲食店街。半ば公認で売春が行われ、警察の地図に赤い線で囲ったため、赤線と呼ばれた。ー


―博多―

 博多駅近くの旅館に旅の荷を解いた四人はその夜、景気づけと名古屋の祝勝会を兼ねた恒例のオールスタッフ・ミーティングを開いた。だが、ミーティングは祝勝会どころか反省会に終始した。マリとちか子が待ってましたとばかり、男たちに凄まじい集中砲火を浴びせたのだ。

「なんでもっと早く、助けに来てくれなかったのよ」

「そうよ、お客がついちゃったらどうしてくれるのよ」

「口では調子いいことばかり言って、本当に私たちのこと思ってるの?」

 計画通りコトはうまくいったが女たちの不満は鬱積していた。

「怖かったよね。マリちゃん」

「怖いなんてもんじゃないわよ。お客がいっぱい来てさ。皆ジロジロ顔見たり、値段聞いたり…なかなか助けに来てくれないし」

「いいか、夕方の明るいうちは客は品定めに来るんだ。その時は泊まらないことが多いから心配することはないんだ」

「そうは言ったって、待っている身にもなってよ」

「助けに来てくれる前に万が一お客がついちゃったら、どうするのよ。泊まられちゃったら部屋に一緒に入っちゃう訳だし、私なんかの顔見えないじゃない…」

「はい、はい。十分にわかりました。太陽が沈みかける頃、よぉく時間を見計らって行くから」

「おまえたちの影になって見張っているから、心配しないでくれ」

「忍者じゃあるまいし、そんなにうまくいくの」

「大丈夫、間違いない。俺はその道のベテランだし…」

と言ってから、しまったと思った。

マリがムッとして睨んだ。

「いや、前にもいったけど船員仲間から情報を収集したり、別に女遊びして知ってる訳じゃないから」

浜やんは慌ててその場を取り繕った。確かに敵陣にいる彼女たちの身になれば、怖くて仕方がない筈だ。浜やんもそれはよくわかっている。

「要するにおまえたちのことはいつも心配しているし、好きなんだから…。好きだけじゃ食えねぇから銭取るんだから逃げるような真似は絶対しない。体だけは守るから、信用してくれ。だから、これをもっともっと…日本列島西へ西へ行って、どんづまりになったら、又、戻ってこよう」

 こうなるともういつもの浜やんのペースである。よく聞けば、つじつまなんて全然合ってないのだが、ついこの口調に乗せられてしまうのである。
 夜も更けて、それぞれパートナー同士に別れて部屋に入った。灯りの消えた部屋で、枕を並べたマリに浜やんが囁いた。

「マリよ、あんまり心配するな。前にも言ったけど、おまえを絶対に傷モノにはしねえから」

「あんたのことは信用しているけどさぁ…虎さんて、ちょっとドジなとこあるし」

「あいつのことは俺に任せてくれ。うまくコントロールするから」

「なら、いいんだけど…」

「マリ…愛してるよ。ずっと一緒だよ」

 浜やんはマリを抱き寄せ、優しく舌を絡ませた。マリもそれに答えて身体を預けてきた。マリの浴衣の帯を解こうとすると突然、隣の部屋から嗚咽ともうめき声ともとれる声が、聞こえてきた。

「ウァーン、いやよ、ダメ…アーン」

 ちか子の声だ。虎之介の荒い息づかいも聞こえる。衣擦れの音と共にちか子のあえぎ声が徐々に激しくなっていく。

「ハァハァ…もうやめて、やめてよ」

マリと浜やんが顔を見合わせた。

「手の早い野郎だ」

「あんた、止めてやりなよ。ちかちゃんが可愛そうよ」

「だめだよ、それは。今行ったら何もかもパーになっちゃうよ」

 虎之介のことだ。今止めにでも行ったら、気を悪くして、「だったら、俺はこの計画から降りる」などと言い出しかねない。

「このままにしておくしか、仕方がねえよ」

 マリはしぶしぶ納得した。

 浜やんはもう一度マリを抱き寄せた。浴衣の胸元を広げるとほの白い肌があらわになり、ぷりんとした乳房がむき出しになった。乳首に舌を這わせるとマリは息づかいを早め身体をよじり始めた。さらにマリのくびれた腰を両手で押さえ、体中を舐め回した。マリの秘部に触れると既に十分に潤っている。彼はいきり立ったものをゆっくりと滑り込ませた。

「ウーン、ハァ、ハァ…」

 マリはカラカラに渇いた喉から絞り出すような歓喜の声を上げ、シーツをわしづかみにしたり、浜やんの体にしがみついて、何度も昇りつめた。

 いつの間にか、マリは軽い寝息を立てている。
浜やんは布団を抜け出して障子を開けた。二畳ほどの中廊下に小さいテーブルと椅子があり、月明かりがうっすらと射し込んでいた。その椅子に座って一服し、これからの旅に想いをめぐらせた。皆の前では威勢のいいことを言っていても、こうして一人になるとたまらなく不安が襲ってくる。

 ―もし、逃げるのに失敗して捕まったら…

 自分の行動にはある程度は予測がつくのでたいして不安はない。むしろ仲間たちの行動が心配だ。店に乗り込むにしてもマリやちか子が動転して、変な行動を起こさないか…虎之介が店の主にカッとして無用な喧嘩など吹っかけないか…そして、逃げる電車の中に追っ手が乗っていたら…あれこれ考えると眠れなくなった。
彼は枕元にあったバックを持ってきてテーブルに置いた。そしてバックの中を探り、風呂敷に包んであった細長いものを取り出した。ドスだ。ゆっくりとサヤを抜くと薄明かりに反射して刃が鈍く光った。刃渡りは二十センチ程ある。

 ドスは中学生の時、やくざの親分からもらったものだ。親分といってもかなり若く、米軍の占領下にあった横浜で桜木町一帯を縄張りにしているやくざだった。中学生の浜やんが桜木町で靴磨きをしている時に何かと目をかけ、可愛がってくれたのだ。
 その頃、浜やんは靴磨きをするかたわら自分で建てたバラック小屋を米兵や街娼に〝ちょんの間〟として貸し、小遣い稼ぎをしていた。その現場を見つけた親分が烈火の如く怒ったのだ。自分の縄張りを荒らされたからではない。子供がやることではないと言うのだ。親分は代わりにキャバレーで弁当を売る仕事を浜やんに紹介してくれた。

やくざとはいえ、一本筋が通った男だった。

 彼はいつも真っ白なダブルのスーツでリンカーンのコンバーチブルに乗り、浜やんを街で見かけると中華街で炒飯などをおごってくれた。浜やんはいつしか親分の格好良さに憧れるようになった。
浜やんが粋がってよく着ている白いダブルのスーツは親分の真似をしたものだ。
その親分がこれを持ってろと言って、ある時、ドスをくれたのだ。

「いいか、これは護身用だ。生きるか死ぬかの時だけ使え。男にはそういう時が必ず来る。面白半分に人に見せたり、どうでもいいような喧嘩には絶対使うなよ」

だが、今度だけは別だ。
―もし、追手に見つかったら…

続き > 第八章 不満爆発!眠れぬ夜に…ドスとヒロポンと(後編)
―博多―

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参考文献

兼松佐知子(昭和62年)『閉じられた履歴書 新宿・性を売る女達の30年』朝日新聞社

木村聡(写真・文)(平成10年)『赤線跡を歩く 消えゆく夢の街を訪ねて』 自由国民社

木村聡(写真・文)(平成14年)『赤線跡を歩く 続・消えゆく夢の街を訪ねて2』自由国民社

澤地 久枝(昭和55年)『ぬくもりのある旅』文藝春秋

清水一行(平成8年)『赤線物語』 角川書店

新吉原女子保健組合(編)・関根弘(編)(昭和48年)『明るい谷間 赤線従業婦の手記 復刻版』土曜美術社

菅原幸助(昭和62年)『CHINA TOWN変貌する横浜中華街』株式会社洋泉社

『旅行の手帖(No・20)』(昭和30年5月号) 自由国民社

 ※近代庶民生活誌14 色街・遊郭(パート2)南 博  三一書房(平成5年6月)

名古屋市中村区制十五周年記念協賛会(編)(昭和28年)『中村区市』(名古屋市)中村区制十五周年記念協賛会

日本国有鉄道監修『時刻表(昭和30年)』日本交通公社

日本遊覧社(編)・渡辺豪(編) (昭和5年)『全国遊郭案内』日本遊覧社

広岡敬一(写真・文)(平成13年)『昭和色街美人帖』自由国民社

※戦後・性風俗年表(昭和20年~昭和33年)

毎日新聞出版平成史編集室(平成元年)『昭和史全記録』 毎日新聞社

松川二郎(昭和4年)『全国花街めぐり』誠文堂

森崎和江(平成28年)『からゆきさん 異国に売られた少女たち』朝日新聞出版

山崎朋子(平成20年)『サンダカン八番娼館』文藝春秋

吉見周子(昭和59年)『売娼の社会史』雄山閣出版

渡辺寛(昭和30年)『全国女性街ガイド』 季節風書店

大矢雅弘(平成30年)『「からゆきさん=海外売春婦」像を打ち消す〈https://webronza.asahi.com/national/articles/2018041300006.html〉令和2年12月14日アクセス 朝日新聞デジタル

※参考文献の他に物語の舞台となっている地などで、話を聞いた情報も入れています。取材にご協力いただいた皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

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