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『密やかな結晶』


『密やかな結晶』は、1994年、小川洋子さんが講談社から出版された小説のタイトルです。

わたしは小川さんの物語が昔から大好きで、ふた月ほど前にこの本を読みました。

小川さんの小説には、誰もが気になるけれど見ないでおこう(見てはいけない)、隠しておこうとする、世界の小さな「いびつ」が描かれています。
その「いびつ」が持つ尊さや愛おしさ、不安。
小川さんは、常識、先入観、偏見などに曇らされぬまなざしで、その「いびつ」を見つめている気がします。その姿に、やさしさやあたたかさを感じます。
小川さんの作品は、読んでいる私を不安や不愉快に陥れるのでなく、心の淵にまったりと心地よくもたれてきます。


小川さんは中学生の頃に『アンネの日記』を読み、言葉で表現することの素晴らしさを知ったといいます。
そして、自分も言葉で何かを表現する人になりたいと思い、作家になられたそうです。

わたしは、このことを知らぬまま、小川さんの小説を何冊か読んできました。
今振り返ると、アンネの日記とつながるものが他の作品にも描かれていたことに気がつきます。

この小説には「隠れ家」や「秘密警察」など、アンネ・フランクが生きた世界を思い起こさせるような描写があり、アンネについて詳しくないわたしでも、ごく自然に、アンネを思い浮かべ、ヨーロッパの街並みを想像してページをめくっていました。

『密やかな結晶』を読み終えたわたしは、図書館で『アンネの日記』を借りて読み始めました。

アンネのお父さんの会社が香辛料を扱っていること、時計台の鐘、誕生日会の贈り物、手作りのケーキ、、、『アンネの日記』にしるされたあらゆるものが『密やかな結晶』のなかに散りばめられていました。

私が『密やかな結晶』からアンネ・フランクを思い浮かべたのは隠れ家や秘密警察が登場したからではなく、実は、アンネの日常に溶け込んでいたものを、小川さんが濃やかに描いておられたからなのかもしれません。

アンネが日記に文字で記さなかったこと、ある日の日記から次に日記が記されるまでの時間、一行と一行の間、言葉と言葉の間にある「余白」に密かにあるものを小川さんは丁寧にひろい、描きだされているのだと感じました。

余白にあるものを感じとり、それが自分の中にある何かと絡まったとき、自分の中にももうひとつの物語が生まれるのではないでしょうか。

この小説に限らず世界中にある沢山の物語は、言葉とその余白にあるもので出来た「密やかな結晶」だと思います。

『密やかな結晶』と『アンネの日記』を読んで、文学の奥深さにあらためて気づき、感動しました。

これからも言葉の余白とともに文学を味わい、小川さんのように、言葉の余白から何かが伝わるような文を書けるようになりたいです。


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