日本映画は黒沢清が元気だ! もうひとりの「世界のクロサワ」
黒沢清監督の新作は、菅田将暉主演の『Cloud クラウド』。9月27日公開予定。
憎悪の連鎖から生まれる“集団狂気”を描いたサスペンス・スリラーとのことで、90年代の傑作『CURE』『カリスマ』が大好物である私にとって、今回の作品もまた、黒沢清監督が何を描いてくるのだろうかと思うと、興奮を禁じ得ない。主演が菅田将暉、というのもまた、いい。
先日は、黒沢清監督の初期作品である『蛇の道』が、フランスを舞台にセルフリメイクされ、なんとフランスの芸術文化勲章オフィシエを受章したというニュースが飛び込んできた。
同章は、かつて日本人の中では北野武や草間彌生、市川海老蔵、坂本龍一らが受章しているとのことで、そこに名を連ねたということである。記事の中で黒沢清監督は、駆けつけてくれた蓮實重彦氏の前でこう述べている。
ちなみに上記で言及されている梅本洋一氏は、90年代、日本でもっとも尖っていた映画批評誌といっていいであろう、『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』の編集長であり、私が大学時代に「映画論」の講義を受け続けていた恩師でもある。
黒沢清監督ももう68歳なのだそうだ。ハリウッドではクリント・イースト・ウッド監督が、94歳!で、いまだに顕在、精力的に作品を出し続けているが、日本の黒沢清監督も、元気でいて頂き、イーストウッドのように作品を作り続けて頂きたいものだ。
直近で観た黒澤作品でいくと、テレビドラマとして制作された『スパイの妻』は圧巻であった。戦前の日本が太平洋戦争に突入していく中で、蒼井優、高橋一生演じる夫婦が、自身の正義を貫かんがために、国家に翻弄されていく姿が描かれているのだが、蒼井優、高橋一生がとにかく、いい!
まさにこの映画のためだけに二人の身体、言葉があるかのような入り込み方であり、うまく言語化できないのだが、とにかくいい!のである(笑)。
二人のトップ俳優の演技もさることながら、黒沢監督の演出、技巧が光る。まさに匠であるというような世界観。陸軍憲兵を演じる、東出昌大もまた、キーマンであり、この作品に不可欠な存在感を出している。
役所広司主演の『カリスマ』もまた、最近にになって観直した。学生時代からもう5回くらいは観ているのではないだろうか。あまり一般受けはよくないようだが(汗)、私にとってはたまらない作品なのである。
今観ても、けっして色褪せることのない普遍的なテーマを扱っているなと痛感。低予算の中、世界観を演出するための、森、山、廃墟の活用、ショットの切り取り方も、一つ一つがいちいち素晴らしすぎる。
初めてこの作品を観た時、本作品に出てくる、森を自然的に支配しようとする巨大な樹木=「カリスマ」とは、「天皇」を象徴的に描いているのかと思ったものだが、当時は左翼思想にずぶずぶだったからというのもあるのだろう。
だが、今観ると、少し印象が変わった。この「カリスマ」が象徴しているものは、じつは、何にでもあてはまる「X」なのではないか、と思ったのである。
人は、この何でもない実体のない「X」をめぐって、対立や争いを作ってしまうという、現代社会の構造そのものを描いているのではないか。
実体のない「X」とは、何でもあてはまってしまうから「X」である。神様、国家、お金、自己、男、あるいは女、アイドル、希望、などなど。
篭城事件を起こした犯人が「自然の法則を回復せよ」と、主人公の薮池(役所広司)に命じるが、まさにこの台詞こそが、本作品を読み解くカギとなるであろう。
ここでは多くは言及しないが、本作品を観た後に、自分の頭の中がグルグルと回りだし、容量いっぱいのPCのように、熱が籠り、ウィンウィン音を鳴らしているのがわかった。
人によっては、わからない映画、理解できない映画=観る価値のない映画、と短絡的に評価してしまうかもしれない。だが、この「わからなさ」が、映画の魅力だったりもする。
わからないから、考える。受け止め方は、多様にある。そんな映画こそが、私にとっての映画であり、観る者全員が共通の目的に向かっていくための、できすぎたストーリーというものは、むしろ私は好まない。
ま、好みの問題ではあるのだが。ともかく、黒沢清監督がいまだ顕在であるというのは、90年代から黒沢作品を観続けてきた私にとっては喜ばしい限りである。
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