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GUTTIの小説

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が執筆した小説を集めています。短編、中編、長編、過去の作品から書き下ろしまで。私
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#ファンタジー小説部門

『ハマヒルガオ』第13話:巨大魚召喚

第13話:巨大魚の召喚  年が明け、三学期も始まるという頃、祖父が危篤であるという連絡が六夏(りくか)にも入った。もう祖父は末期の状態にあったので、いつそうなってもおかしくなかった。ずっと付き添っていた母から、学校に連絡が入り、六夏と睦斗は父の車で急いで病院へと向かったのであった。六夏は、その知らせを聞いても、もはや涙は出てこなかった。祖父は死ぬのではない。自然に還っていくだけなのだと、六夏の中では消化できていたつもりであった。 「自由な人であるほど、死を恐れない」とは、

『ハマヒルガオ』第12話:言葉のチカラ

第12話:言葉のチカラ  アズミノ国が起こした事件など、最初からなかったかのように、日々は流れていった。  クラスメイトは六夏(りくか)と距離を置くようになり、話し掛けるものはいなくなった。六夏を取り巻く環境は、アズミノ国が誕生する前に、すっかり戻っていた。まるでアズミノ国自体が、六夏自身が見ていた幻影であったかのように。六夏はもはや女王ではなく、ただの人となっていた。いや、誰にも相手にされないという点では、人以下の透明な存在であったのかもしれない。それでよかった。このまま

『ハマヒルガオ』第11話:構造の問題ですよ

第11話:構造の問題ですよ  その日の放課後、六夏(りくか)だけが職員室に呼び出され、教頭先生を筆頭に複数の教員からもさまざまな尋問を受けた。しかし、六夏は『アズミノ国の書』に書かれてあることがすべてであり、それ以上でもそれ以下でもない。歴史が事実であるかどうかを裏付ける際に、歴史学者は後世に残された史料により判定しますよね?と、およそ小学生らしからぬ口答えをするので、すべての教員を呆れさせた。  何人もの大人たちに囲まれながらも、飄々としている阿泉六夏の姿を前に、芦沢先

『ハマヒルガオ』第10話:襲撃

第10話:襲撃  カラカラカラカラと金属バッドやゴルフパッドの先を地面に引き摺る音を立てて、緑色の魚人のマスクを被った、二十人くらいにもなる集団が自転車で進んでいく。肩にはBB弾のマシンガンをかけている。  御宿中学校は、塩富神社からは自転車ならば十分もかからない距離にあった。普段、滅多には学校に顔を出すことがない瓜田兄弟の弟、瓜田恭二が、この日は学校に来ているという情報は事前に掴んでいた。作戦は至ってシンプルであった。瓜田恭二が下校する所を、二十数人で一斉に襲い掛かると

『ハマヒルガオ』第9話:アズミノ国

第9話:アズミノ国  アズミノ国の左大臣、阪田祐介の記録によれば、二〇〇七年一〇月一日は、アズミノ国にとっての大きな転換を迎える重要な日であったとされる。  この日、アズミノ国に属するクラスメイトのほとんどが、もれることなく塩富神社に集合していた。六夏はアズミノ国を、より広域に拡張させることを宣言した。それまではせいぜい同じクラスメイトの中での活動でしかなかった。他のクラスの者は、そんなことを知る由もなかったし、学年が違えばなおさらであった。しかし、六夏はアズミノ国

『ハマヒルガオ』第8話:祖父への思い

第8話:祖父への思い 「お祖父ちゃん、入院することになった」と母から告げられたのは、ある日の晩御飯の時であった。六夏も弟の睦斗も、あまりにも急な話であったため、状況を呑み込めず返答に窮した。 「背中が痛くてどうしようもないって言うから、病院に連れていったの。そしたらお医者さんから、悪い病気の可能性があるから、検査入院をしましょうって」  母の声はどこか力無かった。六夏には嫌な予感が走った。 「悪い病気って、まさか癌とかなの?」  六夏はそれまで食べていた箸を止め、父

『ハマヒルガオ』第7話:祭り

第7話:祭り  御宿海岸の方から、太鼓と真鍮の鉦を鳴らす音が響いていた。    カーン、ドンドン。カーン、ドンドン。    音はどこか間抜けな感じで、一定の間隔を置きながら聴こえてくる。この日は、毎年町内で行われる、御宿祭りの日であった。 「この祭りは阿泉(あずみ)家にとって特別なものである」と父の龍二は、随分も前から鼻息を荒くしていた。  会社を立ち上げてからの父は、いつの間にか町内会でも顔の広い人間になっていて、地元の行事は積極的に参加していたし、御宿祭りの計画や運営

『ハマヒルガオ』第6話:女王の誕生

第6話:女王の誕生 「阿泉(あずみ)、お前、オオクニヌシがなんとかって、言っていたよな」  ある日の休み時間、自席で一人本を読んでいた六夏のもとに、細川隆雄という男子生徒がやってきて、六夏が周囲に張っているバリアを打ち破るようにして、唐突に訊いてくるのであった。細川隆雄はクラスの中でもやんちゃな部類に入る男子生徒で、誰彼構わず挑発的な絡み方をしてくるので、皆からは少し敬遠されているタイプの男の子であった。当然、六夏もかまってもらいたくなかったのだが、他にちょっかいを出す相

『ハマヒルガオ』第5話:御宿海岸

第5話:御宿海岸  その山々に沿うようにして、白亜のマンションが建ち並んでいる。  八十年代のバブル期、ここ御宿は、東京の新宿、原宿と並び日本の三大宿とさえ称され、全国から多くの観光客を集めていた一大リゾート地であった。今ではその栄華など見る影もないが、この海岸にはひと夏のアバンチュールに溺れることを求めた若者達で溢れ返っていたという。  その中の一人に、六夏(りくか)の父である龍二がいた。龍二は東京の大学に通い、ラグビー部の夏合宿としてこの地に来ていた。そして、小遣い

『ハマヒルガオ』第4話:海と弟

第4話:海と弟    翌日の日曜の朝、六夏(りくか)は御宿海岸にいた。  睦斗(むつと)には内緒で、こっそり練習している姿を見に来たのであったが、睦斗の姿はどこにもなかった。それもそのはずで、御宿の海は、波一つ立たない静けさであった。波の調子が悪いとわかると、陸斗たちはサーフショップの店長の運転で、西の方の勝浦や鴨川まで行ってしまうのだ。せっかく来たのだし、このまま家に引き返すのもしゃくだと思い、六夏はいつものように御宿海岸を一望できる砂丘の上に座り、海を眺めることにした

『ハマヒルガオ』第3話:二つの種族

第3話:二つの種族    阿泉(あずみ)家は、御宿の町を裂くようにして走る清水川のすぐ傍にあった。清水川を辿る先に御宿海岸があり、月の砂漠と呼ばれる浜辺に立てば、目の前には網代湾が広がっている。  ご先祖様が代々住み続けているという家は、昔ながらの大きい屋敷であった。家の外はいつも、御宿海岸の沖から吹き付けてくる潮風の匂いが充満していた。綺麗に刈られた芝が生える庭は、二十台分くらいの車は停められる程の広さがあった。低木、中木、高木、花木、果樹とさまざまな植木があり、時期に

『ハマヒルガオ』第2話:選ばれしもの

第2話:選ばれしもの    今年で十二歳になった六夏(りくか)は、間もなく小学校を卒業する。  中学生になったら、この御宿町を抜け出し、家出をすることを企てていた。波長の合わない父への嫌悪と生理的な拒絶はますます強いものになっていて、同じ屋根の下にいることは耐え難いことであったし、この御宿町は、夏に観光客がこぞってやってくる御宿海岸というビーチ以外には、取り立てて目立ったものがない死ぬほど退屈な町でもあったから。そして何より、祖父に託された手記にある、日の本と出雲と夷隅と

『ハマヒルガオ』第1話:オオクニヌシの秘密?

あらすじ 13話完結 88,430文字 第1話:オオクニヌシの秘密?  生暖かい便座の上で、オーギュスト・ロダンの彫刻のようにうずくまっていた阿泉六夏(あずみりくか)は、出したいのに出ないという、自分の自由意志ではどうすることもできない腹部の痛みの葛藤に耐えながら、目の前の壁に貼られてある学研の日本地図ポスターを睨みつけていた。  四十七都道府県はすべて暗記しろと、低学年の頃から父に言われていたが、どうしても近畿や中国、四国、九州地方の各県の名称と配置が未だに覚えられ