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『ハマヒルガオ』第9話:アズミノ国


第9話:アズミノ国


 アズミノ国の左大臣、阪田祐介の記録によれば、二〇〇七年一〇月一日は、アズミノ国にとっての大きな転換を迎える重要な日であったとされる。
 

2007年10月1日
 アズミノ国の女王、阿泉六夏がアズミノ国の領土拡大を宣言。
2001年10月1日
 東京都三鷹市に三鷹の森ジブリ美術館が開館。
1918年10月1日
 第一次世界大戦、「アラビアのロレンス」ことT・E・ロレンス率いるアラブ軍がダマスカスに入城。
1791年の10月1日
 フランス革命期の立法議会が召集。
紀元前331年10月1日
 ガウガメラの戦いで、マケドニア王国のアレクサンダー大王がペルシア帝国を破る。

『夷隅郡御宿アズミノ国戦記』


  この日、アズミノ国に属するクラスメイトのほとんどが、もれることなく塩富神社に集合していた。六夏はアズミノ国を、より広域に拡張させることを宣言した。それまではせいぜい同じクラスメイトの中での活動でしかなかった。他のクラスの者は、そんなことを知る由もなかったし、学年が違えばなおさらであった。しかし、六夏はアズミノ国を、御宿小学校全体に広げたいと考えていた。そのためには、アズミノ国がいかに魅力的な集団であるかの広報活動が重要であると考えた。アズミノ国をどのように広めていくか、そのプランは左大臣、右大臣に任せた。左大臣には知恵の行使による広報活動、右大臣には人海戦術による具体的な宣伝活動を命じた。

 知恵を司る左大臣、阪田祐介の発案により、アズミノ国の活動拠点は、塩富神社だけでなく、近くの八坂神社、および御宿町須賀にある白幡神社、この三つを占拠しようということになった。驚いたことに、この地図上でこの三拠点を結び付けると、鋭利な二等辺三角形が浮かび上がるのであった。そのことを指摘したのは阪田祐介であったが、これには六夏も舌を巻いた。日の本、出雲、御宿を結び付ける阿泉三角形の力は、御宿自体にも及んでいるのだと分かったからだ。

 阪田祐介が独自に調べた情報によると、白幡神社がある須賀という地名は、全国さまざまな場所にある地名なのだが、オオクニヌシの祖であるといわれるスサノオが、ヤマタノオロチを退治した地である、出雲の須賀に由来するのだという。スサノオは、暴風の神とも破壊神とも呼ばれる。京都が総本社である八坂神社もまた、祭神はスサノオである。そして塩富神社の塩富とは、東北の宮城県石巻市、塩富町の地名と符合するということがわかり、これも単に偶然のものではないと六夏は直感する。祖父が教えるところによれば、「御宿という地は、出雲から各地に散った、海の民と山の民が合流した場所」だからである。

この三つの神社を、日替わりでアズミノ国の活動拠点とした。もう一つ、重要な儀式として、六夏はアズミノ国が、より神秘的で霊的な力を持つ集団であることを示すために、アズミノ国のシンボルとなるものを定めた。オオクニヌシを起源に持ち、出雲の民の一つである海人族の末裔である阿泉家の象徴は何か。オオクニヌシの本来の姿とされる巨大魚こそがその象徴であると六夏は考えた。

 このことは、初期のキリスト教徒が隠れシンボルとして用いた「イクトゥス」にヒントを得て模した。イクトゥスは、ギリシャ語で「魚」を意味し、弧をなす二本の線を交差させて魚を横から見た形を描いている。その魚の象形の中に、「ΙΧΘΥΣ」という文字が刻まれている。ΙΧΘΥΣは、魚の意であると同時に、ΙΗΣΟΥΣ、ΧΡΙΣΤΟΣ、ΘΕΟΥ、ΥΙΟΣ、ΣΩΤΗΡ、ギリシャ語で「イエス、キリスト、神の、子、救世主」の頭文字を並べたものでもある。そこまで凝ったものはできなかったが、魚の象形の中に、シンプルにAZUMIという文字を入れることで、アズミノ国のシンボルマークとした。   
 
 さらに、アズミノ国の下の階級に属する兵隊たちに、魚人の被り物をネットで購入させた。どんな用途があって使われているのかわらない緑色の皮膚の魚人のマスクである。知らぬ者が見たら、気味悪がるだろう。神社に集まるときはその被り物をするようにと命じた。マスク無しが許されたのは役職を持つ者だけである。知恵や力を示すことができない一兵隊に対しては、「お前たちは同じ階級ではない」という意味付けを与えるためでもあった。だが、それを被る者たちは率先してそのことを面白がった。
 
 神社では、異様な光景が繰り広げられていた。顔だけ魚、体は人間という半魚人姿の小学生が、自転車を跨いだまま、社の前に立つ六夏という女王を見上げている。六夏の護衛を務める者らは、金属バッドや、BB弾のマシンガンを持参し、武装ごっこをしている。その姿を目にした近所の大人たちは、どう思っていたことであろうか。
 
 六夏は、自分の語りを皆に聞かせ、その言葉を復唱させた。それによって、自身への服従とアズミノ国の統制を確かめるのであった。

「われら古の種族は、神すなわち自然のもとにある」

「われら古の種族は、神すなわち自然のもとにある」

「喜びの感情のすべては、神とともにある」

「喜びの感情のすべては、神とともにある」

「個人の欲望は禁ずる。野心、高邁、驕り、妬み、憎しみ、軽蔑、卑下といったあらゆる負の感情を禁ずる」

「個人の欲望は禁ずる。野心、高邁、驕り、妬み、憎しみ、軽蔑、卑下といったあらゆる負の感情を禁ずる」

「われわれが喜びとともに神を愛せば、神はわれわれを愛する」

「われわれが喜びとともに神を愛せば、神はわれわれを愛する」
 


 ある平日の放課後、いつものようにアズミノ国の儀式が須賀の白幡神社にて行われている時であった。魚人のマスクを被ったままの一人の兵隊が、自転車を飛び降り大慌てで神社にやって来ると、マスクを脱ぎ捨て、血相を変えた顔で皆の前に現れた。

 皆が一斉に振り返る。

 息を切らし、ただならぬ表情を浮かべ皆の前にやってきたのは、クラスメイトの一人、池永敦彦であった。

「池永君、どうしたの?」と六夏が不安げな顔で身を乗り出す。

「大変だ、山本がゲームセンターで中学生にボコられた」

「ああ? 中学生?」右大臣である平田蓮が米神をピクリとさせ反応する。

「御宿中学の不良連中だよ」

「まさか、瓜田兄弟か?」

「そう、弟の方」
 
 瓜田兄弟とは、地元御宿でも有名な札付きのワルであった。兄の方は中学校を卒業後、すぐに暴走族の一員になったという噂を聞く。弟の方はまだ中学一年生なのだが、学校にもろくに行かず、スクーターを乗り回したり、他校の人間と喧嘩に明け暮れたりと、御宿の小中学生であればその名を知らぬ者はいないし、瓜田という名前を聞いただけで誰もが震えあがるような存在だ。
 
 六夏も、その名は知っていたから、よからぬことが起きているという不穏な空気をすぐに察した。

「なんであいつが、小学生である俺らに手を出す?」

「山本が、瓜田君のこと知らなくて、喧嘩を売ってしまったんだよ。バカだよあいつ、アズミノ国のことも名乗っちまって」

「はあ? お前らアズミノ国の名前使って何やっているだ」

 右大臣の平田蓮は、池永の胸倉を掴みながら、形相を変えて叫ぶ。

「やめて、平田君」

 六夏が平田蓮を制しようとする。平田蓮は気まずい表情を作り、池永から手を離す。

「山本君はどうなったの?」

「泣きながら家に帰った」

「ケガはない?」

「顔が腫れたくらい。さすがに、向こうも手加減していたと思う」

「池永は気の毒だが、そんなに慌てることでもないだろう」

「違うよ。池永が口を滑らせたことで、瓜田がアズミノ国の存在に目を付けてしまったんだ。お前ら全員ボコしにいくからなって、脅しをかけられたんだ。だから、こうして知らせに来た」

「六夏様、どうしますか?」平田蓮は、握り拳を作りながら怒りに身を震わせている。
 
 六夏はしばらく考え込むようにして俯いていた。

「六夏様!」と平田蓮は興奮が抑えられないというように、六夏の回答を催促する。

「右大臣、お前の気持ちはわかるが、ワタシは報復を望まない」

「どうしてですか」と平田蓮は食い下がる。

「憎しみによる報復は、絶え間ない争いの連鎖を生むだけだ。われわれは憎しみという負の感情によって動いてはいけない。それは古の種族の――」

「そんな呑気なこと言っている場合じゃないですよ。仲間が一人やられているんですよ。それに、いつ向こうから仕掛けられるかわからない。そうなれば、犠牲者も増えちまう」
 
 平田蓮は語気を荒げながら、六夏の言葉を遮る。

「これはアズミノ国への挑発だ。黙って見逃せるわけがない」

 平田蓮がそう言うと、他の者もその言葉に鼓舞されたのか、「山本の仇をとろう」という声があがる。六夏が他のクラスメイトの方を見ると、誰もがそうだそうだ、というような目で訴えている。

「六夏様、やりましょう」

 平田蓮が再度、力強い眼差しで六夏に訴える。

「われわれは、調和を求める古の種族。支配の種族たちとは違う」

「しかし」と平田蓮は言葉を詰まらせる。

「少し考えさせてくれないか?」

 六夏は平田蓮に背を向けて、天を仰いだ。
 
 平田蓮は六夏のその姿に失望したのか、「わかりました」と投げやるように言うと、こみ上げてくる悔しさを押し殺すようにして、その場から黙って去っていった。平田蓮が自転車に乗って神社を去って行く姿を、クラスメイト全員の視線が、ずっと追い続けていた。
 
 その夜、六夏は何かにすがるような思いで祖父の書斎にいた。
そこに答えがあるというわけではないのだが、少しでもヒントがあればと、祖父の書棚で発見した紙片の続きを読んでいた。祖父から預かった手記、『阿泉家の歴史と賦霊の力について』については、まだ読み終わっていなかったが、それよりも六夏には、祖父が意図的に手記から切り離した紙片の方が気になっていた。

 祖父はなぜ、この紙片を、本来の手記に納めなかったのか。その理由は、この紙片自身にあった。紙片に書かれていた内容は、明らかに、祖父がこれまで主張し続けてきた、「自然との調和のもとにある古の種族」という考え方に反するものであったからだ。祖父は、巨大魚の力についての考察をこう続けている。

阿泉三角形が封印している、オオクニヌシの賦霊の力、すなわち巨大魚の力を手に入れるために、時の武家政権が躍起になっていたこと、それを阻止するために朝廷が秘密を隠し通していたことは、これまで述べてきた通りであるが、それにしてもこの巨大魚の力とは一体何であろうか。そのことを巡り、阿泉家の代々のご先祖様はさまざまな解釈を示してきた。実際にこの巨大魚の力を知る者は、誰もいないのであるから、その解釈はさまざまなようである。

一つは、古の種族らは、霊的なものや超自然的なものを、妖怪やモノノ怪のようなもとして表象してきたことから、巨大魚もまた、それら伝説上の存在であるという解釈がある。古くは『日本書紀』にも出てくる怪物魚の「悪樓(あくる)」であるとか、江戸時代後期の奇談集に出てくる、人間が島と間違えてしまうくらいの大きさを誇る「赤えい」など。この解釈の表面上のみを受け取れば、巨大魚もまた、空想の産物ということになる。

そこで、これらの巨大魚という表象が生まれる背景としてあるものを考える。それは自然の大いなる力そのものとする考え方が、次の解釈である。古の種族は、自然の力を神の力そのものとして畏怖してきた。すなわち、台風、大津波、地震といった自然界で起きうる、人智を超えた巨大な力、物質的な力を、巨大魚という比喩で表象してきたという解釈である。その意味で、これらは物の怪と呼ぶか、自然の力と呼ぶかの違いのみで、指示しているものは実は同じである。

これらが、これまでの阿泉家の人間が解釈してきた巨大魚の力である。そこで私は、もう一つの解釈を指し示したいと思う。それは、突飛に思えるが、人間が一つの群集となった時に発揮する巨大な力のことである。群集となった時の人間ほど、個人の意識や理性を超えた「超自然的」な存在はない。この群集は、信仰を持つ時、宗教になり、武力という物質的な力を持つ時、軍隊になり、国家にもなる。大和朝廷が最も恐れていたもの。それは、かつて自分たちが排除してきた古の種族が、再び一つの民族として結集し戦いに挑んでくることではなかっただろうか。各地に散った山の民と海の民が、同じ出雲民族の名のもとに、結託するとなったら? その力が、実践集団である東国の武家と結びついたら? 大和朝廷の支配を覆すくらいの驚異的な勢力となることは間違いない。

では、それら眠る古の種族を束ね、群集としての力である巨大魚はどのようにしたら蘇るのか? 古の種族を奮起させ、一つに束ねる、カリスマとしての存在である。これが、私が導き出した答えだ。そのカリスマが、阿泉家の血の中から生まれる。カリスマが出現した時に初めて、われわれは大和朝廷の支配構造に、具体的に立ち向かう術を手に入れるのだ。そう、かつてこの日本列島にて行われた東と西による最後の争い、幕府を始め東側の人間が北海道に蝦夷共和国を作り、西側の新政府軍に対抗した戊辰戦争のように、勢力は再び東と西に分かれ、古の種族と新しい種族の聖なる戦いが再開されるのだ。

 ここまでを読んで、六夏は驚愕した。祖父がどのような意図を持ってこの紙片を書いたのかわからないが、これでは、調和も何もあったものではない。これまでの手記では、阿泉家の役割は、この巨大魚の力が蘇ってしまうことを防ぐことにあったのではないのか? しかし、ここに書かれていることは、まったく逆の主張であり、巨大魚を蘇らせ、現行勢力に対抗するのだ、などと述べている。祖父は、この紙片を、他の者には読ませたくなかったのだろう。それゆえに、書いていたものから切り離し、隠すことにしたのではないか。

「現実的な力がすべて」、これが、祖父が出した結論だというのか。

私がどうしてこのような解釈に至ったか。巨大魚のエネルギーは、日本列島そのものの存在を揺るがしかねないとも書かれている。だが、従来のご先祖様の解釈では、その表現はあまりにも誇張されたものに思えてしまうのだ。確かに大津波は、人間の人智を超えた自然の強大な力には違いないが、一つの街を破壊することはあっても、現実問題、日本列島そのものを破壊するまでには至らないであろう。では、私の解釈であればどうか。現勢力を転覆するための争いは、東西を分かつ争いとなり、文字通り日本列島の地理を分断するような戦争になりうる。確かにそれであれば、日本列島を支配していたそれまでのシステムは、形を留めることなく崩壊することになるだろう。巨大魚が蘇る時、「天を割くようにして突き立ち、空を駆け巡り、天誅を下すようにして落下を始める」という表現にしても、カリスマの出現と共に、古の種族が一つとなって蜂起し、戦いのために奔走し、今ある世界に楔を打つということの比喩であると解釈する方が、より自然である。

(紙片・同章・ページ数記載無し)


 読むごとに混乱し、動揺を隠せないでいた六夏は、夕飯をとった後、少し散歩してくると母に告げ、再び夜の塩富神社を訪れた。

「神様、オオクニヌシ様、教えてください。古の種族における調和という考え方は、綺麗事にすぎないということなのでしょうか。私はそれを重んじてきました。だから、争いは避けたい。しかし、それは間違っているのでしょうか」

 六夏はそう問いながら、外灯の光が僅かに差し込むばかりの闇と、物音一つない静寂に包まれた境内の前に立っていた。
 
 その時、自分しかいないはずの神社に、人の気配と足音があり、六夏ははっとなり振り返る。そこに、平田蓮の姿があった。

「ここにいると思った」

 平田蓮はそう言って、口角をあげてにやりと笑う。

「六夏様、俺はもう決めた。あんたの命令に逆らうことになるが、このままでは納得がいかないんだ。みんなも同じ気持ちだよ。これは俺が決めたことだ。あんたに止められても、俺はやる」

 平田蓮はそのことを六夏に告げたかったからこの場所に来たのだという。

「須賀の神社で、スサノオの神にもお祈りをしてきた。なんで日本にはこんなに神様がいると思う? 平和だけではなく、時には戦う神も必要だったんじゃないかな?」
 
 平田蓮の言葉に、六夏は胸が引き裂かれるような思いになる。そう、神は一つではない。常に、調和と破壊の顔を持つ、アンビバレントな存在なのだ。

「わかった。でも、ワタシは女だから戦えないし、行けない」

「それはそうだろうよ。参加するのは男子だけだ」

「どうやってやるの?」

「それは阪田と一緒に考えた。明日の放課後、瓜田のいる学校に乗り込む」
 
 六夏には、平田蓮の思いを止めることはできなかった。しかし、六夏もまた同じ気持ちに傾いていた。

「右大臣、ワタシはここから念力を送る。大丈夫、お前が言うように、われわれにはオオクニヌシ様だけでなく、破壊神スサノオ様もついている。その力がお前たちを護ってくれるだろう。そして、二度とアズミノ国に歯向かうことができないようにしてほしい」

「もちろんだ」

 平田蓮はそう言うと、握り拳を作り、六夏の前に差し出した。


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