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【短編小説】この感情に名前をつけないで〜5〜(5話完結済)

  1. みーたんに出会った日→〜1〜

  2. みーたんと月を見た日→〜2〜

  3. みーたんのいない日①→〜3〜

  4. みーたんのいない日②→〜4〜

  5. みーたんに再会した日
    みーたんに再会した―。
    いや、確証はない。みーたんと会ったのは11年も前だし、場所も全然違う。もっと大きく、身体の縞模様ももっとはっきりしていた気がする。

    絵梨花たちとカラオケに向かう途中、
    茶色の縞模様の猫がキョロキョロと警戒しながら、
    こちらに向かってきた。

    『みーたんだ』
    根拠もなくそう思ったのは、
    今日が卒業の日で、センチメンタルになっていたのだろうか。
    ただあの目を確かに見たことがあった。
    そして、あの目を別の場所でも見たことを思い出した。

    小学生に上がるかどうかという年頃に、
    朝、何やら隣のリビングから言い争う声が聞こえてきた。眠い目を擦りながら思った。

    『パパとママ…喧嘩してる…』

    始めは耳を塞いで布団にくるまっていた。
    ふと、柱の時計を見ると7時を回ろうとしていた。
    『あんまり寝坊するとママに怒られる…』
    でも長い針が2になっても4になっても言い争いは終わらない。
    考えあぐねて心に決めた。
    『長い針が6になったら、何も聞かなかったフリをして、おはようって出て行こう』

    パパもママも知らない人みたいだった。
    ママにはよく怒られたが、わたしを怒る時とはまたちがっていた。

    『もうすぐ長い針が6になってしまう』

    ドキドキが時計を刻む音より早くなっていく。
    『ねぇ、わたし、起きてるよ、わたしに気がついて、わたしを見て、わたしを置いていかないで』
    母のドレッサーに映るわたしの目は、みーたんと一緒だった。

    絵梨花が「あ、猫!かわいい!なんかサニーに似てない??」と近づくと、猫は私たちの横を横切り、私たちの来た方に走っていった。
    「絵梨花逃げられた〜笑」
    「もういいよ!早くカラオケ行こ!」
    絵梨花たちが騒ぐ声が意識の遠くの方で響いている。

    「ごめん!忘れ物!」
    それだけ言い残してみーたんの後を追いかけた。
    「もう、先行ってるよー!」
    絵梨花の声が遠くから聞こえた。

    みーたんは学校のすぐ角の空き家の塀にひっそりと佇んでいた。昔と同じあの瞳で。
    「みーたんもお家帰りたくないの?」あの時と同じ、何かを訴えるような、真っ直ぐな瞳。

    ふと、カーブミラーに自分の姿が映った。
    みーたんと同じ目。幼い頃の鏡に映ったわたしの目。
    『わたしに気がついて、わたしを見て、わたしを置いていかないで』
    消し去ったと思っていたのに、
    わたしの胸の奥にあったのだ。
    寂しいと思う気持ち。
    ―独りにしないで。

    なんでこんな日に気づかせるんだ。
    無視できなくなったこの気持ちが、痛みとなって心臓を鷲掴みにする。

    携帯が鳴った。

    「絵梨花:忘れ物あったー?先始めてるよん♪503の部屋ね!」

    だから、封印してたのに。
    この感情に名前をつけないで。

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