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【創作長編小説】天風の剣 第105話

第九章 海の王
― 第105話 目覚め ―― 

 エリアール国国王は、己の判断の過ちを悔いていた。

 四天王と繋がりがあったのは、オリヴィアではなくヴィーリヤミのほうだった……! ヴィーリヤミの意見を採用してしまった私は……!

 ケネトやヴィーリヤミの進言で、四聖よんせいと守護軍をノースストルム峡谷へ向かわせた。しかし、ヴィーリヤミが四天王と通じていたということは、ノースストルム峡谷にはなにか恐ろしい罠があるのではないか――、そう国王は考えていた。
 ケネトと僧衣の男は投獄され、厳しく尋問を受けることとなった。
 しかし、オリヴィアの失脚と自らの昇進しか考えておらず、そのうえなにも知らない彼らから引き出せる情報は、当然ながら皆無だった。
 もちろん、ヴィーリヤミ本人にも策略があったわけではない。
 ヴィーリヤミが欲していたのは、国やオリヴィアの今後の動きがどうなるか、それをじっくり観察したい、それから、四天王の力を利用できるようになったとき、いったいその先に見える景色がどうなっているのか見てみたい――、そんなごく個人的な好奇心、探究心を満たすことに過ぎなかったのだ。
 
「守護軍を、呼び戻せ……!」

 伝令が、出された。
 しかし、王は、今回の件でとても重要なことを失念していた。
 対人間に関しては、数多くの優秀な兵士たちや武器によって城や白の塔、その他国の重要な機関は現在も厳重に守られている。
 しかし、対魔の者に関しては――。
 守護軍のいない今、王都は丸腰に近かった。
 


 ヴィーリヤミが死んだあの晩、守護軍たちが進行を止めていたのは、喪に服すため以外に、守護軍の上層部たちの判断がまとまらなかったためというのもあった。
 オリヴィアが守護軍のリーダーであるし、もともとの守護軍の上官たちがいるとはいえ、実質は年配の魔導師たちが実権を握っていた。

「なぜ、あの四天王は四聖よんせいたちを目前にして立ち去って行ったのか」

 その一点が、大きな疑問としてあったからだ。
 一度は三名もの四聖よんせいをさらった、あの幼い女の子の姿の四天王。それが、なぜなにもせずどこかへと消えたのか。いくら魔導師たちが考えても、納得できる答えは出なかった。
 それから、ヴィーリヤミが四天王と親しかったという事実。人間側の情報は筒抜けだったのではないかという懸念があった。と、いうことはもしかして、目的地ノースストルム峡谷付近になにか罠がしかけられているのではないか、守護軍側にもそんな憶測があった。
 オリヴィアやキアランたちは、なにも語らぬことにした。なにも知らないという立場に徹していた。
 留まるのも危険、進むのも危険――。判断がつかず、結局その場を動けない、そんな事情があったのだ。
 しかし、いつまでも留まっていても、しかたない。ついに守護軍も動き出す。そして、守護軍はその地を出発してから数日後、ついにノースストルム峡谷目前までたどり着いていた。

「あ……」

 カシャーン。

 アマリアがしていたペンダントが落ち、割れた。
 鎖が切れたのだ。

「どうなさいましたか」

 テオドルの馬が、アマリアに近付く。
 アマリアの頬には、一筋の涙が流れ落ちていた。

「お父さん……、お母さん……! みんな……!」

 その時同時に、フレヤの隊列にいたダンも、父母たちを想い、落涙した。
 魔法使いであるアマリアとダンは、そのとき悲しすぎる知らせを受け取っていた――。



 海の底深く、巨大なものが眠り続けていた。
 それは、深い傷を負った生き物だった。
 睡眠と今まで摂った強力な栄養により、それは着実に力を蓄えていた。

 お腹がすいた。

 あと少し、栄養が欲しいな、生き物はそう考えていた。
 そうしたら、自分はもっと素敵なことができる、そう思った。
 
 ばくんっ。

 巨大な口を開け、魚の群れを一飲みにした。それはその生き物にとって、とても簡単なことだった。

 これでは、足りない。

 たくさんの魚の命も、その巨大な生き物の腹を満たすものには程遠かった。

 ばりばりっ。

 通りかかった巨大なサメも食べた。

 これでも、足りない。

 生き物は、ため息をつく。
 それでも、目覚めの朝食としては上々だった。
 なんにせよ、おかげで浮上する力が湧いてきたから。
 少し浮上する。

 ばりばりばりっ。

 クジラをいただいた。
 さらに、力が湧いた。でも、まだ足りない、そう思った。
 その生き物は、上を見上げた。

 ああ。すごいな。これはとっても栄養がある――。
 
 生き物は、とても魅力的なものが近付いてきたことに気が付く。
 生き物の目には、海面に浮かんでいるのであろう、大きな船の――、船底が映っていた。
 その船には、たくさんの命があった。生き物の特殊な能力は、離れていてもそれらの命の情報が、手に取るようにわかった。
 
 人間……! しかも、魔法を使える人間が、たくさん……!

 以前襲った船とは違い、特殊な人間たちがたくさん乗っているようだった。
 巨大な生き物は、笑う。向こうから、またとないご馳走がやってきたのだ。

 これを、食べよう……!

 生き物は、手を伸ばし、浮上する。きらきら輝く、海面を目指し――。



 穏やかな、晴れた海だった。

「早く、あの子たちの笑顔が見たいわ」

 甲板で話す一人の女性。かたわらの男性も、笑顔でうなずく。
 夫婦だった。
 ずっと、彼らは四聖よんせいを探す旅をしていた。そして、その夫婦のそばには、同じく四聖よんせいを探す旅を続けていて最近合流した、親戚たちもいた。
 この船は、エリアール国へ向かう大型船。彼らの他にも、様々な国から来た魔導師や魔法使いたちが乗っていた。

 私たちも、四聖よんせいを守らなければ……!

 彼らは皆、そんな使命感でその船に乗っていた。
 甲板の女性は、願っていてもなかなか言えなかった言葉を呟いたのだった。旅に出てからは、四聖よんせいや空の窓についての会話がほとんどだったから。久しぶりの、母としての心からの呟きだった。
 
「手紙だけじゃなく、早く、声が聞きたいな。ダンや、アマリアの――」

 女性の夫である男性が、そう呟いたときだった。
 異様な、強い気配を感じた。
 それは、海の底から、とてつもない速度で船に向かって近付いて来る――。
 魔法の力を有する彼らは、同時にそれを察知し、口々に呪文を唱える。
 海は荒れた。何人か、船を守る呪文も唱えた。
 皆の魔法のおかげで船は荒波の中なんとかバランスを取っていたが、攻撃の呪文のほとんどが無効化されているようで、まったく手ごたえがなかった。

「強い……! とてつもなく……! もしかして、これは……!」

 魔法を使える者たち全員の頭の中に、一つの言葉が浮かぶ。
 
 四天王……!

 ザバアッ……!

 なすすべもなく、引き込まれる。
 それは、以前よりもさらに巨大化した、四天王パールだった。
 パールが、船を掴み、自らの口元へと運んで――。

 ダン……。アマリア……。

 小さな呟きが、泡と共に消えていく。

 ばくんっ。

 巨大な波しぶきはほんの一瞬、信じられないくらい一瞬だった。
 青い空が、広がっていた。
 ギャアギャアと、水鳥たちが遠くで騒ぐ。
 海は、静けさを取り戻す。
 海はただ、たぷん、たぷんと、波の音を繰り返していた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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