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【創作長編小説】天風の剣 第24話

第三章 新しい仲間、そして……。
― 第24話 訪問者 ―

 たき火の炎が、揺れる。

「四天王とは、魔の者の中でも突出して力の強い、特別な存在です。その特徴としては――」

 アマリアは、ゆっくりと語り始めた。皆、耳を傾ける。
 
「四枚の漆黒の翼を持つ、と言われています」

「四天王と呼ばれるものは皆、あのような四枚の黒い翼を持つのか」

 アマリアの言葉に、思わずキアランは尋ねていた。

「『あのような――』。キアランさんは、あの魔の者の姿が見えたのですか……?」

「ああ。見えた。はっきりと。まるで目の前にいるようだった」

 アマリアとダン、ライネは顔を見合わせた。

「私たちには、その姿は見えませんでした。キアランさんに指摘されて初めて、存在を感じ取っただけです」

 アマリアの言葉の後、ダンがキアランに尋ねた。

「私には、あのとき四天王単体しかいないように感じられた。キアランさん。あのとき、あれ以外の魔の者の存在をなにか感じたか?」

「単体?」

「ああ。四天王とは、それぞれ従者がいるものらしい。言い伝えによると、その個体により従者の数は違いがあるそうだが。軍隊のように多数配下の者を率いている者もあれば、一体や二体と少ない従者しか持たない者もあるとのことだ」

「あのときあの場にいたのは、四天王ただ一体、そうはっきりと私は感じた」

「そうか。たまたま単独行動のときに遭遇したのだろうか」

 四天王の従者、そこでキアランはハッとした。

「もしかして、従者とは『四聖よんせい』に『四聖よんせいを守護する者』がいるように、『四天王』にも『四天王を守護する者』がいるという意味合いなのか……?」

「そのようだ。もちろん、『四聖よんせい』と『四天王』は性質がまったく違うが」

『四天王は、四聖よんせいとは違う』

 そのとき、キアランはシルガーの言葉を思い出していた。

『四天王の座には、二つの道があるのだ』

 シルガーの声が、頭をよぎる。

「ダンさん! シルガーは、四天王になるには二つの道があると言っていた……! なんのことか、知っているか?」

 アマリアとダンは、ふたたび顔を見合わせた。

「二つの道……? そういう存在が自然発生的に生まれてくる、としか我々は聞いていないが――」

「自然に――」

 人間の知識で四天王についてわかることは、そこまでのようだった。

 自然に生まれるのではないとしたら、意思を持って自ら四天王になる、そういうことなのだろうか――。

 自然に誕生することと自らそうなること、その違い自体には意味があるように思えなかった。なぜシルガーはそれを自分に伝えたのだろう、キアランはそんな疑問を抱きつつ炎を見つめ続けた。
 その晩、キアランは夢を見た。

 バリバリバリッ……!

 うっ……!

 体が裂けるような気味の悪い音がした。そして、キアランの背から大きな四枚の――、漆黒の翼が生えてきていた。
 
 違う……! 四天王が父親かもしれないからと言って、私が四天王になるわけがない……!

 四枚の翼は、キアランの意思とは無関係に蠢き始める。

 違う……! 私は、人間……! 人間だ……!

『魔の者の血を飲んでも、か……?』

 地の底から聞こえてくるような、不気味な声が響く。

 変わらない……! 私は変わるものか……! 私は、「四聖よんせいを守護する者」だ……!

『目覚めよ……、キアラン――』

 それは、シルガーの声のようでもあり、あの四天王の声のようでもあった。

 目覚めたりなどしない……! 私は、私だ……!

 キアランの足は、地面を離れていた。勝手に翼がはばたき、キアランの体を空へ運ぼうとしていたのだ。

 違う……! 私は、皆と共に戦い、生きるんだ――!

 宙に、体が浮かぶ。キアランの体は、キアランの思いを無視し、空へと上昇しようとしていた。
 キアランは、あがく。地上に留まろうと必死で抵抗する。

 一歩ずつ大地を歩む人間、私は、大地で生きていく……!

 そのときだった。誰かがキアランを抱きしめていた。あたたかなぬくもり。宙に浮かぶキアランを、地上に繋ぎ止める誰かがいた。
 宝石のような、澄んだ水色の瞳――。

 天風の剣……! アステール……!

「キアラン。大丈夫ですよ――」

 青年の姿となった天風の剣――アステール――は、穏やかな微笑みをたたえていた。

「戻りましょう。本来のあなたへ」

 本来の……? 四枚の翼、目覚めた私、それが本来の私なのではないか……?

 震える声で、キアランは尋ねていた。
 アステールは、ゆっくり首を左右に振る。

「私が、あなたを守ります。あなたが、自分を見失わないように」

 見失う……?

 キアランは、怯えたような目でアステールを見つめた。

「私が、あなたを繋ぎ止めます。今のように。これからも――」

 いつの間にか、キアランの両足は大地にしっかりとついていた。

「これは、ただの夢です。あなたが四天王になることも、魔の者になることもないんですよ」

 これから私は色々変わるだろうと、シルガーは言っていた……。

「大丈夫。人は、自分自身を、思い描く最高の自分へと導くことが可能です」

 地を踏みしめる感覚。いつの間にか、翼は消えてなくなっていた。

「自分の中心を、感じ続けてください」

 自分の中心……?

「自分を、信じ続けてください」

 アステールは、ただ微笑んでいた。柔らかく、あたたかく、包み込むように。
 キアランは、暗いテントの中で目を覚ました。おそるおそる、自分の背に手を伸ばしてみる。
 当然ながら――、翼はなかった。

 大丈夫……。きっと大丈夫だ。私は……。

 深く息を吸い込み、吐き出す。
 とても眠れる心境ではなかったが、まぶたを閉じてみる。アステールや、皆の笑顔が浮かぶ。皆に見守られているような気がした。

『キアランさんは、キアランさんです。今も、これからも』

 アマリアの優しい声も思い出していた。

 皆、私のことを信じてくれている……。私も、自分を信じよう……。

 緊張した体が、ゆっくりと緩んでいくように感じた。
 キアランは、自然と眠りに落ちていた。穏やかな、眠りへ。


 町は、深い眠りについていた。
 裕福な旅人や貴人が利用するような、豪華な宿。天蓋のついたベッドの中で、泥のように眠る男がいた。
 重いカーテンの隙間から、金の光が差し込む。

「誰だ」

 男は、先ほどまで深い眠りにあったはずなのに、目を覚ました。

「というか……、なぜだ……?」

 男は体を起こし、疑問を口にした。男にとっては、誰だ、というより、なぜ、という疑問のほうが大きかった。
 窓辺に、美しい青年が立っていた。青年、もしかしたら女性なのかもしれない。すらりとしていて、中性的な整った顔立ち、髪は緩やかな巻き毛で、輝く金色をしていた。
 暗い部屋でもはっきりとその姿がわかるのも奇妙だが、もっと奇妙なことには、その人物の背には大きな――、二枚の白い翼があった。

「魔の者の私に、なんの用だ」

 上質なシーツの上で窓辺を睨みつける、自称魔の者という男のほうは――、シルガーだった。

「熟睡しているところ、申し訳ありませんね」

 純白の翼を持つ者は、さして悪いと思ってもいないような様子で、ほがらかに笑う。

「あれほど地上を荒らしてしまっては、さぞやお疲れでしょう」

「……そうか。掃除に来たやつか」

 シルガーは、少し納得した。
 魔の者が激しく力を行使し、その場が著しく荒廃すると、高次の存在が現れ、その場のエネルギーを整えていくことがある。今回は、魔の者と四天王との激突だったので、高次の存在が察知し、駆け付けてくるのは至極当然だろうとシルガーは理解した。

「しかし、なぜ私のところに来たのだ」

 あの激闘の場所からこの宿まで、かなりの距離があった。シルガーの移動の痕跡をたどってここに来たのだろうが、その探索には相当な力が必要となる。魔の者とも人間とも距離を置く高次の存在が、なぜわざわざ自分のところへ来たのか、その意図がわからなかった。

「少し、お話がしたくて」

 高次の存在は微笑む。その意図も感情もわからないような、いわば透明な笑顔だった。
 もっとも、真逆のエネルギーの持ち主同士、行動や心理は互いに推測すら困難だろうとシルガーは思う。

「話? そもそも、話など出来るものなのか?」

「こうして、しているではありませんか」

 シルガーも、微笑んでみた。と、いうより唇を釣り上げた。動物の威嚇のような顔つきになる。

「人間なら我々と近い気がするが、あんたらとは話が合うとは思えんな」

 シルガーの全身から、攻撃のエネルギーがほとばしる。高次の存在と魔の者、攻撃し合えば、どれほどの破壊がもたらされるかわからない。
 この世界が始まってからずっと、二つの存在は戦闘を避けてきた。世界の存続を保つための、暗黙の掟となっていた。そしてその掟は覆されることはない。
 ましてや、すでに深いダメージを負っているシルガーは、もちろん攻撃するつもりはなく、それは威嚇と相手の出方をみるための、はったりである。
 高次の存在は、身じろぎもしない。

「あなたのことは、少し前から存じ上げておりました。シルガーさん」

 シルガーは、表情にこそ出さなかったが、内心驚いていた。

「……私の名まで知っているとは、ずいぶんと酔狂なやつがいたものだ」

 シルガーは、ベッドから立ち上がる。
 高次の存在は、シルガーのほうへ歩き出した。
 二つの存在の間に、エネルギーの流れが起きる。両者の髪が、風をはらんだようになびく。

「……なにか、飲み物でもやろうか……?」

 シルガーは、キャビネットからグラスを取り出す。

「アルコール以外なら」

 高次の存在は、にっこりと微笑んだ。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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