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【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第18話

第18話 ナンデモナイヨ

 どんな夜にも、朝は来る。必ず。
 太陽は世界に金色の希望を降り注ぐ。たとえ雲が遮り、思念が邪魔をし一時的に恩恵を忘れてしまっているとしても。心も体も受け取っている。真新しい、光を。
 ミショアから飛蟲姫ひちゅうきの封印の話、そして飛蟲姫の復活に王家が関わっていた可能性について聞いた陽菜は、眠れぬ一夜を過ごした――、のかと思っていたが、しっかり爆睡していた。

「お疲れのご様子、起こすのも申し訳ありませんが――、陽菜さん。皆朝ごはん終わりました」

「えっ、私だけ寝てたの!?」

 ミショアの衝撃事後報告に、飛び起きる。「朝ごはんですよ」、ではなく「終わりました」はさすがに目が覚める。しかも、初対面の人の家に泊めてもらったというのに、自分一人だけ図々しく寝坊というのは――。

「すみませんっ。すっかりお世話になってしまったのに、そのうえ大胆にも朝寝坊とは……!」

 伊崎の顔を見るや否や、おはようございますの挨拶もそこそこ、陽菜は速攻でぴょこんと頭を下げた。
 そして顔を上げ、ぎょっとした。

「やあ。おはよう。君が、賢哉のカノジョかな?」

 目の前にいたのは「伊崎賢哉」ではなかった。いつの間にか、背が高く筋骨隆々とした、長髪の男性に入れ替わっていたのだ。長髪の長さは、肩くらい。長い前髪はオールバック、日に焼けた額にはしわが刻まれているが、つやつやとしていた。そして、美しいともいえる、見事な白髪だった。
 
「か、カノジョでは――!」

 秒速で訂正していた。

「あ。陽菜ちゃん。これが、じーちゃん」

 筋骨隆々とした白髪男性の後ろから、申し訳なさそうな笑みを浮かべつつ、伊崎が顔を出す。

 えっ。この人が、おじいさん!?

 陽菜の想像を裏切らない、サングラスの似合いそうなナイスガイだった。


 伊崎が作ってくれたと思われる朝食は、具だくさんの味噌汁と卵焼き、それにお新香と白ご飯。

「ほんとは、焼き魚も付けてあげたかったんだけど、急なお客様の人数分はなくてね」

 と、伊崎は笑いながら陽菜の前に並べてくれた。心づくしの朝食の盛り付けられた茶碗と汁椀と皿たちは、シンプルにさりげなく、しかし確かなあたたかみと風格があった。

「と、とんでもないですっ! こんなご馳走――!」

 陽菜の隣にミショア、それから九郎が座り、陽菜の配膳を終えた伊崎にお茶を淹れてもらっていた。

「あれ。時雨しぐれとバーレッドは?」

 二人の姿が見えない。まだ、二人には朝の挨拶をしていなかった。

「周辺の警備、ということで朝早くから動いてます」

 陽菜の質問にミショアが答える。

 え。私一人寝てたのに、二人はもう――。

 陽菜は申し訳なさと恥ずかしさに、うつむいた。

「私は、陽菜を守る。だから、二人に行ってもらった」

 九郎は、陽菜のほうを見ず前を向いたまま、そう宣言していた。

 箸が、止まるんですけど。

 陽菜の力が必要。陽菜は、守るべき存在。そういう意味で、なのだろうと思う。だから、守ろうとするのは、当然なのだろうと。しかし、陽菜の頬は勝手に熱くなり、食事がなかなか進まない。箸に乗るごはんの量が、あきらかにいつもの半分だ。一人だけ朝ごはんを食べている、その気まずさもあるが。

「危なく、ないの……?」

 いくら時雨とバーレッドが強いとはいえ、よく知らない場所で動き回るのは危険なのではないか。大丈夫なのか、不安がよぎる。

「大丈夫だ。時雨もバーレッドも、自分というものをよく心得ている。無理はしない」

 九郎はそこでいったん言葉を区切り、

「朝の情報、テレビ、というのか? それを見聞きして、昨日から今朝にかけての事件や事故を知り、いてもたってもいられなくなったのだ。もちろん、遠出はしないだろうが、なるべく魔族からこちらの世界の人々を守りたいと考えているようだ」

 と述べた。

 時雨、バーレッド――。

 魔族は、九郎たちの世界でも、生き続けている。自分たちの世界の人々の命だって救いたいだろう。

 家族や友だち、仲のいい顔見知りや知り合い。周りのみんなを、早く助けてあげたいはず。

 こちらの世界の人々も、向こうの世界の人々も、皆を救うためには、元凶の飛蟲姫を滅ぼさなければならない。こうやって、のんきにおいしく朝食を食べている場合じゃないんだ、そこまで考えると陽菜は、きっ、と顔を上げ、急にごはんをかき込み始めた。

「そんなにおいしかった? おかわり、あるよ」

 伊崎のまんまるい眼鏡の向こうの笑顔に、陽菜は思わずごはんにむせて、咳き込んでしまっていた。

「焦る気持ちはよくわかるけど、動きは慎重でないといけない。特に、重要な役割のある者は」

 これは伊崎の弁で、ミショアも同意見のようだった。陽菜のスマホ、伊崎の集めた事件や事故の資料を、伊崎とミショアは念入りに調べているようだった。

「そういや、さっきからじーちゃんの姿が見えないな。どっか出かけたのかな」

 陽菜が起きたばかりのとき会話しただけで、そういえば見かけていない。

「あのう、伊崎さん。おじいさんには、私や皆のこと、どうご説明されたんですか?」

 ふと疑問に思い、訊いてみた。朝起きたら、なんの説明もないまま、どやどやと知らない若者たちが泊っていたのだから、怪訝に思ったことだろう。

「僕のネットの親しい友だちって言っておいたよ。普通に納得してたし、なんなら嬉しそうだった。じーちゃん的に、若い人と話すのは楽しいんだろうね。特にバーレッドと、色々話し込んでたようだったなあ」

 じーちゃん自由人だし、好奇心旺盛なんだ、との伊崎の説明に、陽菜はなんとなく、しかし大いに納得していた。

「私も、出かけたいです。できれば伊崎さんと一緒に。色々、調べたり空気を感じたりしたいです」

 資料から目を上げたミショアが、切り出す。

「ああ。それはいい提案だ。僕も、ミショアさんと一緒なら、新しい発見があるかもしれない。この比較的安全な結界内に、陽菜さんと九郎さんは残っていたほうがいい」

「え。わ、私と九郎だけで、伊崎さんの家に残るの!?」

 思わず、疑問を口にする陽菜。

 泊めてもらったしお風呂もごはんもいただいておいて、とっても今更だけど、昨晩会ったばかり、お互いそこまでの信頼関係では――。

「あ。僕がいないうちに、じーちゃん帰ってきても別に大丈夫だよ。僕は友だちとちょっと出かけたって言っとけば。じーちゃん鷹揚だし、なんならスマホもあるし。留守番、頼むね」

「い、いや、そういう問題でも……」

 問題は問題な気がするが、他にも問題がある気がする、と陽菜は思う。おろおろする陽菜に、ミショアがそっと耳打ちした。

「大丈夫です。伊崎さんは、信頼のおけるおかたです。私の感覚は、正確です」

 まっすぐな瞳。きっと、ミショアは魔法の使える不思議な力で、人や物事の中の真実を、ある程度のことは感じ、見えてしまうのだろうと思う。

「そ、そうかもしれないけど……」

 それからさらに、ミショアは小声で囁く。

「九郎様のお心が、心配です。陽菜さんのお心も。色々、お話されてください」

 え。

 どきり、とした。

「特に――、九郎様は静月せいげつ様のことで、ずっとお心を曇らせていらっしゃると思います。時雨様ご不在の今、陽菜さんがどうか支えて差し上げてください」

 ああ、そうか、と思った。バーレッドは静月のことを「九郎の腹心」と言っていた。静月という人物が飛蟲姫の封印を解いたという疑惑が濃厚であるとしたら、静月のせいで王族たちやたくさんの人々が犠牲になったのだとしたら――。とても平静ではいられないと思う。どれほどの苦悩、心痛であろうか――。
 陽菜は自分でも気づかず、自分の胸の辺りに手を当てていた。

 本当にそうだ。九郎の心は、今――。

 九郎の心に、心を寄せていた。しかし同時に、先ほどのミショアの発言に対し、ホッとしている自分に気付く。 

 でも、びっくりした。てっきり、ミショアさんは、私の恋心を見透かしているのかと――。

 ん、と思った。今私、なにを考えた、と。時が、止まる。

 コ・イ・ゴ・コ・ロ……!?

 不思議なカタカナの羅列が、陽菜を襲う。自分で考えたくせに。ブーメランとなって、時間差を経て襲い来る。
 心の中で、繰り返す。おびえながら、心に問う。

 コイゴコ……。

「んなわけあるかーいっ!」

 思わず叫んでいた。顔は、真っ赤だ。叫ぶと同時に両の手のひらを握りしめ、立ち上がっていた。
 幸いにして――、ミショアと伊崎はもうすでに部屋を出ていた。

「どうした。陽菜。さっき、ミショア殿になにか言われたのか?」

 陽菜を見上げ、不思議そうに首を傾げる九郎。

「ナンデモナイヨ」

 ソウ、ナンデモナイ。キット。タブン。

 引きつる顔で、陽菜は答える。思いっきり、カタコトで。
 ぴうー、と庭に舞い降りたらしい野鳥の声が、虚しく耳に届いていた。


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