【創作長編小説】天風の剣 第27話
第四章 四聖と四天王
― 第27話 不吉な鐘 ―
夜の風に、ざわざわと木々が揺れる。
真っ暗な湖を見つめ、立ち尽くす。
これでは、ますます眠れそうにないな。
そう思うキアランだったが、いつなんどき戦いに巻き込まれるかわからない現在、一睡もしないのはさすがに無謀だと考える。
気になることだらけだが、体を整えることが先決だ。
キアランは、皆のいるテントに向かって歩き出す。眠れなくても短時間でも、万全の体調にするために、今重要なことは体を横たわらせることだと判断したのだ。
ふいに、大気が震えるような感じがした。
風ではない。見えないなにかがキアランの前に押し寄せ、そしてキアランの体をすり抜けていく。圧倒する強いなにかを、感じた。
これは……!?
さっきまで聞こえていた、虫やカエルの声もしない。
キアランは、カナフの飛び去った方角を見つめた。
もしかして、カナフさんになにか……!?
キアランは、森の中を走った。カナフの飛び去った方角は、皆のいるテントの方向と一致していた。
カナフさん……! みんな……!
息せき切って走る。
テントの前には、アマリアとダン、ライネが立っていた。
「キアランさん……!」
キアランの姿を認めると、アマリアが叫んだ。
「アマリアさん……! なにか、あったのか!?」
「いいえ。今のところはなにも――。ただ、大きなエネルギーの衝突のようなものを感じました。ここから、遠い場所とは思うのですが――」
「エネルギーの衝突……?」
「ええ。私たちは大気の震えを感じ、起きて外に出てみたところなのです」
「大気の震え……!」
まさに、キアランが先ほど感じた異変だった。
「キアランさんこそ、どうして外へ……?」
「実は――」
キアランは、皆に話した。眠れなくて外を歩いていたら、高次の存在であるカナフと出会ったこと、そしてカナフと会話したすべてを。
「アマリアさん。さっきの衝撃は、カナフさんになにか――」
アマリアとダン、ライネは顔を見合わせた。そして、アマリアが慎重に自らの考えを口にした。
「おそらく――、あのエネルギーの大きさ、伝わってきた感覚から想像しますと――、カナフさんと、四天王が対峙したためなのではないかと――」
「対峙?」
「ええ。戦闘とか攻撃とか、そういうものではないと思われます。翼を持つ一族のお話ですと、高次の存在と魔の者が戦うことはないとのことですので――」
アマリアの言葉に、ダンが続ける。
「しかし、二つの大いなる存在が向かい合えば、それだけで巨大なエネルギーの流れが発生すると思われる」
「それで、いったいどうなったんだ?」
「そこまでは、我々も――」
キアランは、ハッとした。
「ルーイ! ルーイは!?」
魔法を使う特別な力を持つ皆がなにかを感じ、外に出ている。しかし、ルーイの姿がない。
キアランは急いでテントの入り口をめくる。ルーイは、外の騒ぎをものともせず眠り続けていた。
「ルーイ……」
キアランは安堵のため息を漏らし、微笑んだ。
「出発しましょう」
アマリアが、提案した。
「あの四天王が、再び活動を始めました。カナフさんはきっと、キアランさんを、そしてルーイ君を守るために四天王と接触し、時間稼ぎをしてくださったのだと思います」
アマリアの言葉がすべて終わらないうちに、キアランはルーイを抱え上げた。
「ん……? キアラン。もう、朝なの……?」
目をこすりながら、ルーイが尋ねた。
「まだ、お腹すかないけどなあ……?」
「ルーイ。お前の腹時計は正確だな」
一同は暗い森の中、馬を走らせる。日の出を待たずに森を出た。
湖を、見せてやりたかったな。
キアランは、ルーイに、ダンとライネに、そして――、アマリアに、朝日を受けて輝く湖を見せられなかったことを少し残念に思いつつ、フェリックスの手綱を握っていた。
いくつもの山を越えた。
木漏れ日が躍る、日差しの強い午後だった。
緑の香りの中を抜けると、石造りの堅牢な建物が見えた。
キアランが呟く。
「ここが、その大修道院か……!」
「あれは……」
ルーイが人影に気付く。
長く続く石垣の前に、一人の女性が膝を抱えて座っていたのだ。
うなだれていて顔は見えないが、その鮮やかな赤い髪、腰に差した剣、傍らに佇む馬から、それが誰であるか、一目でわかった。
ルーイは女性の名を叫んだ。
「ソフィアおねーさん……!」
四聖を守護する者の一人――、女剣士ソフィアだった。
「ソフィアさん……! どうしたのです……?」
アマリアの呼びかけに、顔を上げるソフィア。
「アマリア、さん……。あなたたちも、来たのね――」
ソフィアは泣きはらした顔をしていた、憔悴しきった様子だった。
ソフィアおねーさん……。ずっと、泣いていたの?
ルーイがソフィアを案じ、小さな胸を痛めている中、愛馬バームスから、さっ、と降りたアマリアが、ソフィアの傍に駆け寄り尋ねた。
「いったい、なぜ……」
「……大修道院の連中、妹とは会わせられない、の一点張りなのよ――」
ソフィアがここに着いたのは、おとといの夕方とのことだった。
妹に会うことを繰り返し要求したのだが、結界の厳重な奥の院で生活しているため、会わせることはできない、また結界の中に外部の者が入ることはできないとのことで、いまだに一目見ることすらかなわないのだという。
「……よく、乗り込まなかったな。あんた」
ライネが率直すぎる感想を述べた。ソフィアなら、剣を振りまわしつつ乗り込みかねないと思っていたようだ。キアランがライネの脇腹を小突き、少し言葉を選んだほうがいいと小声でたしなめる。
「……さすがのあたしでも、そこまではしないわよ」
ソフィアは、ライネの視線から、ぷい、と顔を背けた。
「修道院が、悪の巣窟だったら迷わずそうするけど」
ソフィアは、ため息をつく。
「妹に会えるまで、ここから動かない、そう宣言して座り込んでるのよ。いっそ、思う存分剣を振るえる、悪の巣窟だったらよかったのに」
「ソフィアさん!」
アマリアが、ソフィアの手を取り、繊細な光を放つその瞳を、優しく覗き込むようにした。
「そんな悲しいことを考えては――!」
ソフィアは、ふっ、と笑った。
「あなた、真面目ね。あたしだって、わかってるわよ――。でも、これからどうしていいのか――」
「ソフィアさん……」
「それより――。あたし、ここにこうしていて、とても怖いことを考えたの――」
アマリアのあたたかな手のひらの中、ソフィアの細い手が震えていた。
「実は、妹は、ここにいないんじゃないかって……」
さっと、影がよぎった。雲が流れ、太陽の姿を隠していた。さきほどまで、明るい光に満ちていたのに――。
「会わせられないんじゃなくて、会わせることができないんじゃないかって――」
ソフィアの長いまつ毛が揺れる。
「ソフィアさん……! どうして、そんなことを思ったのです……?」
「動きが、変なの」
「動き……?」
「修道院って――、あたしは来たことがないからよく知らないけど。でも、きっと静かな場所なんでしょう? それなのに、ここはとってもばたばたしていて――」
ソフィアは、アマリアの魔法の杖に視線を移す。
「目深にフードを被った人たちが魔法の杖を持って、馬に乗って出かけていく姿を何度も見かけたわ。なにか、とても緊迫した感じで」
キアランたちは深刻な表情を浮かべ、それぞれ顔を見合わせている。
ルーイもただごとではない、不穏な空気を感じていた。
なにか大修道院で、大変なことが起こってるんだ……。
ソフィアが、なんとか声を絞り出すようにして話を続ける。
「それも、いくつかのグループに分かれていろんな方角に行ってた。まるで、なにかを――、誰かを探してるみたいだった」
ソフィアは顔を上げ、まっすぐアマリアを見つめた。
「ねえ……! アマリアさん……! 妹に、一目も会わせられないなんてことある……? 結界の中に入れられないから会えないなんてこと、ある……?」
ソフィアは、すがるようにアマリアの両腕を掴んで叫ぶ。
「あなた、なにか感じる……? 妹は――、妹は、本当にこの中にいるの……?」
ルーイは、そのとき、寄り添うようにダンの隣にいた。
ルーイは、ソフィアのほうではなく、後ろを振り返って見ていた。
長く続く大修道院の石垣。道にはその大きな影が、しみのように張り付いていた。
どうして、振り返ったのだろう。
ルーイだけが、なにかを感じていた。
ルーイは、体をこわばらせた。
いつからそうしていたのだろう。
なぜか、目が離せない。
道の真ん中に、立っている。
笑顔をたたえて。
はちみつ色の髪を緩やかな三つ編みにした、赤いリボンの女の子が。
女の子の後ろには、長い影があった。日の光の当たってできる方向とは違う、不自然な長い影――。
カーン。カーン。
大修道院の、鐘が鳴る。
どこか、不吉な響きを残して――。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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