【創作長編小説】天風の剣 第91話
第八章 魔導師たちの国
― 第91話 和やかな、貴重なひととき ―
城からほど近い、広い屋敷のような店だった。
「いらっしゃいませ」
笑顔を張り付けたような黒服の男が出迎える。
長い廊下を進むごとに深まる香草の香り。料理の邪魔をしない、品のある香りだった。
黒服の男に案内され、部屋に上がる。
ヴィーリヤミは、改めて五感を研ぎ澄ますまでもなく、一般人が気付かないこの店の秘密を、いとも簡単に読み取っていた。
これは魔法を施した香草だな。これで部屋ごとに軽い結界のような効果を生み出している。魔法を使った外部からの盗聴を防ぐためのものか。
そこは、身分の高い者たちの秘密の会合に使われる店だった。
ヴィーリヤミは、ケネト、僧衣の男に続き、席に座る。
「この度は、誠にご苦労であった」
ケネトは二つの小さな布袋をテーブルに置き、僧衣の男、ヴィーリヤミそれぞれの前に押し出した。
「お心遣いいただきまして、痛み入ります。ケネト様……!」
僧衣の男は深く頭を下げ、うやうやしく布袋を受け取る。
早々に報酬を渡し口止めを図り、一刻も早く自らを安心させようとする。つくづく器の小さな男だな。
ヴィーリヤミは、そう思いつつも、
「私のような者にまで身に余るおもてなし、さらにはこのようなお心遣いまで、誠にもったいのうございます」
大仰に礼を述べた。
僧衣の男は、わずかに身を乗り出す。簡素で高潔な僧衣に見合わない、いやらしい笑みを浮かべていた。
「これで、邪魔者のオリヴィアは陛下から遠のき、ケネト様のご手腕がいかんなく発揮されるようになり、この国の未来は輝かしいものとなりましょう」
「それにしてもまさか、本当にあの手紙からそれ以上の情報が出るとは――。お前に依頼をした私自身、正直驚いている」
ケネトの言葉に、ヴィーリヤミは心の中で嗤った。
今更なにを言う。知っているぞ。以前からオリヴィアの私物やオリヴィアの使用した物、オリヴィアが手に触れ、オリヴィアの念が残る物を手に入れようと彼女の後をこそこそ付け回っている様を、私は何度も見たぞ。それは、私に彼女を失脚させるようなどんな小さな手がかりでも、見つけさせようとしていたためなのだろう? オリヴィアが尻尾を出さなくても、得られた情報をきっかけとして事実を歪曲しても構わない、そう思っていたのだろう……?
「それから、ヴィーリヤミ。よくとっさに『鳥』に違和感を覚えたから、などともっともらしいことを思いついたな」
ヴィーリヤミは、うっかり出そうになる内心の笑いを噛み殺して一礼する。
「なんとしてでも、今回のご報告は国王陛下にお伝えしなければならない、ただその一心で――」
ケネトと僧衣の男は、揃って笑い声を立てた。
無意味な笑い。まったく空虚な時間――。
月が高く昇っていく。
ヴィーリヤミは、書棚に囲まれた自分だけの領域に戻ると、ため息をついた。
「疲れるな」
独り言のあと、無駄な時間は、と心の中で続ける。
ケネトたちは、空の窓、魔の者たちの恐ろしさについてなにもわかっていない。
権力を得ること、そのことしか頭になく、今までと同じ時間がこれからもずっと続くはず、そう考えている彼らが滑稽に思えた。
ふと、ヴィーリヤミの心にオリヴィアの顔が浮かぶ。
混沌の時代が始まる……。お手並み拝見、といこうか……!
ヴィーリヤミは、ニヤリと笑う。四天王を従えたオリヴィアが、これからどんな力を見せつけてくるのか、ヴィーリヤミは見てみたいと思った。
それとも、逆に四天王に食われてしまうのかな……? どちらにせよ、ぞくぞくするね……!
あふれる興奮を抑えつつ、深く椅子に腰かける。息を整え、組んだ両手の上に額を乗せ、精神を研ぎ澄ませた。
触手のように伸ばしたヴィーリヤミの感覚は、オリヴィアを探す。
オリヴィアの感覚に気取られぬよう、オリヴィア本人ではなく少し探索の範囲をぼやかせ、その周りへと慎重に探りを入れる。ヴィーリヤミより上位の能力を持つオリヴィア、そのため直接の探索は気付かれてしまう可能性が高い。
ヴィーリヤミは肩透かしをくらう。
「四天王は……、いない……?」
オリヴィアは、すでに白の塔を発ち、城へ向かっているようだった。そこに、四天王の気配はない。
「ん?」
思わず、ヴィーリヤミは立ち上がる。勢いで椅子が、後ろに倒れた。
「この塔の中に、あの子どもの四天王がいる……!」
従者の気配も感じられた。
「しかし、従者は……、一体のみ……?」
ヴィーリヤミの見た白い影では、合計三体の従者の影が感じられた。どうして一体なのだろう、ヴィーリヤミは疑問に思う。
オリヴィアの気配のほうにも、従者の影は感じられなかった――。
従者とは、四天王に付き従うもの、そのはずだった。それから、あのとき感じた魔の者や高次の存在も気配が感じられない。彼らがどこに行ったのか、どうなっているのか疑問だった。
「いったい、どういうことなのだろう……?」
もしかして、とヴィーリヤミは思う。
四天王と人間の間に生まれたという、キアランという男に、なにか秘密があるのか……?
ヴィーリヤミは部屋を出た。
「翠と蒼井は、他のひとに気付かれちゃうかもしれないのとー、それにここにいると具合悪いみたいだからー、さっきまで一緒にいたけど、今はちょっと離れたところで待っててもらってるのー」
フレヤにブラシで髪をとかしてもらいながら、シトリンが皆に説明する。
「やっぱ、四聖のみんなの波動、心地いいなー」
フレヤ、ルーイ、ニイロ、ユリアナに囲まれ、シトリンの頬は薔薇色に輝き、いかにも嬉しそうだ。
フレヤがシトリンの髪をとかし終わるやいなや、くりっとシトリンは横を向く。
「ニイロのおじちゃーん!」
どーん!
「わっ、な、なんだ、いきなりっ」
急にニイロにも甘えたくなったのか、シトリンはニイロに勢いよく飛びついていた。
急襲に慌てふためくニイロだったが、シトリンはお構いなしだ。
「シトリン。そろそろ翠や蒼井も心配してるんじゃないか?」
ニイロの様子に吹き出しながらも、翠や蒼井の心配そうな顔を想像し、キアランが尋ねた。
「それに、私たちも体を休めないと」
ソフィアが笑う。
久しぶりに一堂に会した皆は、状況を報告し合い、これから空の窓が開くときに備え、どうすればいいか話し合っていた。そこにシトリンが入ってきて――、本来ならばややこしい状態ではあるのだが、ひとときの和やかな時間を過ごしていた。
シトリンは、すっくと立ちあがった。
「そうだねー。じゃあ、また明日来るねー」
毎日来るのか……!
皆、内心、そう思ったが、シトリンの輝く笑顔になにも言えないでいた。
フレヤが、優しく手を振る。
「見つからないように気を付けて」
「うん! 任せて! おやすみなさーい」
任せて……?
なにを任せればいいのだろう、というかあまり任せたくはないのだが、と人間たちは苦笑する。
あっという間に、シトリンは窓から飛び立ち、星空の中へ溶け込んでいった。
「そういえば、花紺青はここに居づらくはないの?」
ルーイが花紺青に尋ねる。ここは、魔の者を寄せ付けない護りの力が強い。魔の者である花紺青が、翠や蒼井のように具合が悪くならないか、ルーイは心配なようだった。
「うん。僕は大丈夫。エネルギー調整のコツを僕自身も掴んでいるから」
「そうなんだー。すごいね」
このところ人間たちに褒めてもらってばかりの花紺青、ますます笑顔が大きくなる。
「へへへ。でもね、ここで力は出せそうもない気がするー」
「ばれないように力は出さないほうがいいから、ちょうどいいんじゃない?」
「そっかあ。そーだね。じゃあ、ルーイがこの板に乗るのは、ここを出たときね」
「うんっ! 楽しみだなあー」
ルーイはもうすでに、板に乗せてもらう約束をしてもらったようだ。すっかり打ち解けた様子のふたりに、キアランは目を細めた。
キアランの隣で、アマリアも笑っていた。皆も笑顔だった。
いつまでも、こんな時間が続けばいいのに――。
あと少しで、空の窓が開く。
アステール……。お前と過ごせる時間も、あとわずかなのか――。
アステールの笑顔も、ここにある。キアランの瞳に、アステールの笑顔が映っていた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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