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【創作長編小説】天風の剣 第29話

第四章 四聖と四天王
― 第29話 灰色の翼 ―

「なんだ……。お前……」

 四天王の従者の一人、みどりがシルガーを見つめ、呟く。
 うつぶせに倒れているキアランの髪を掴んでいたシルガーは、手を放した。

「うっ……」

 急に手を放され、キアランは地面にあごを打ち付けていた。
 
「名前を訊くのなら、まずそちらから名乗ったらどうだ?」

 シルガーが、ゆっくりとした口調で問う。
 異様な光景だった。ダメージを受け地面に倒れ、立ち上がろうともがく人間たちと、睨みあう魔の者たち。
 魔の者たちは、表情を変えずに互いの様子を探り合っているようだった。それぞれ、相手に本来の力を悟られぬよう、自身からあふれ出るエネルギーを制しているようだ。張り詰めた空気が漂う。

「魔の者めっ……!」

 ひとときの静寂を破る、たくさんの蹄の音と怒声。
 大修道院の石垣の向こうから、馬に騎乗した僧兵たちが現れた。

「さ、三体も……!」

 僧兵たちは思わず絶句し、凍り付いたように立ち止まる。魔の者の活動の気配を察して駆け付けたのだが、目の前にして初めて、相手が通常の魔の者でないこと、そして三体という尋常ではない数を知ったのだ。

「ほう。よかったな。キアラン」

 シルガーは、足元のキアランに言葉を投げる。

「…………?」

 キアランは、シルガーの言葉の意図がわからないでいた。

「これで、お前の仲間も一応大丈夫だろう。迷うことはない」

「なにを……、言っている……?」

 どくん。どくん。

 キアランの鼓動は一定のリズムを刻む。体中を、新鮮な血が巡る。
 シルガーは、倒れたままのキアランを見下ろす。

「キアラン。そろそろ、人間時代の癖はやめたらどうだ」

「人間時代の癖!?」

 シルガーは片頬で笑い、そしてキアランに手を差し伸べた。

「手を貸そうか? 姫君」

「誰が姫だっ……!」 

 キアランはシルガーの手を振り払い、勢いよく立ち上がった。

「ほら、ちゃんともう立てるじゃないか」

「あ」

 全身の痛みが、消えていた。ごく短時間で、全身の各組織の損傷がすっかり回復していた。
 みどりと蒼井は、怪訝そうにシルガーとキアランのやり取りを見ている。

「蒼井。あいつらは――」

 みどりがシルガーに視線を留めたまま、蒼井に尋ねる。

「魔の者と、魔の者と人間との混血のようだ」

「混血……。なるほど」

 みどりがうなずく。

「どちらもその力は未知数」

「興味深いな」

 みどりが、ニッと笑った。

「……みどりも、そう思うか」

 それにしても、と蒼井が続ける。

「……混血のほう……、もしかしたら、あれがあの話の赤子――」

「生きていたのか。四天王と人間の娘の間に生まれたという赤子が――」

 蒼井とみどりの言葉に、キアランは思わず力を込めて自分の拳を握りしめていた。

「貴様ら……!」

 キアランが叫びそうになるのを、シルガーが制していた。
 それから、シルガーはため息をつく。

「やれやれ、我々は値踏みされてるぞ、キアラン」

「シルガー! あの四天王は……」

 シルガーは、にやり、と笑った。キアランのその言葉を待っていたようだった。
 シルガーは、みどりと蒼井をまっすぐ見つめた。そして、声を張り上げた。

「さて! 私は四天王を追うことにするか!」

 ビシッ!

 音を立て、空気が激しく震えた。それは、怒りのようだった。みどりと蒼井の髪が空気をはらんで揺れている。内側に抑えていた魔の力が、強く脈動しているようだ。

「なんだ……、貴様……」

 みどりが、怒りを押し殺したような声で呟く。

「ふふふ。 キアラン! どうせ、お前も一緒に来るんだろう? 私とお前の力があれば、幼子の四天王など実にたやすいものだ……!」

 シルガーが叫んだ瞬間。
 強烈な青の光、緑の光が迫りくる。蒼井とみどりが同時に放った攻撃のようだった。

 まずい……! 避けきれ――。

 しかし、二体から放たれた攻撃は、一瞬キアランの目に映っただけだった。

 痛みも、衝撃も……、ない……?

 不思議なことに、体のどこにも異変はなかった。

「いったい……!?」

 なにが起こったのかわからなかった。
 攻撃を放ったはずの従者たちの姿が、なくなっていた。そして、皆の姿も。
 姿どころか、今まで見えていた風景自体もなくなっている。
 キアランは、なぜか白い空間に漂っていた。なにもない、ただ白の空間。キアランが横を見ると、隣には、シルガーだけがいた。

「ここはどこだ、そう訊きたいのだろう」

 そうだ、とキアランは気付く。ここは、まったくなんの気配も感じられない。目に入るのは、隣に立つシルガーだけ――。しかも、キアランもシルガーも、空中に浮かんでいるようだった。自分がシルガーに尋ねるべき質問は、ここがどこか、ということだった。

「ここは、もしかして――」

「そう。私の作った空間だ」

 キアランは理解した。みどりと蒼井の攻撃が届く前に、シルガーは自分を連れて自らの作った空間に逃げ込んだ、だから無事だったのだ、と。

「皆は!?」

「知らん」

「知らん!?」

 シルガーは、キアランのほうを見ず、右下の方に視線を動かしていた。

「ほう。二体とも動いたな。私とお前の力を高く買ってくれたようだ」

「なに!? どういうことだっ? シルガー!」

「追うぞ。キアラン」

 シルガーは、自在に白の空間を飛んだ。

「シルガー! 追うって……」

「……連中に見つからないよう、厳重にガードしてあるから、今お前には見えないだろうが、私にはみどりと蒼井の動きが見えている。やつらの後を追えば、自然とその主にたどり着くというわけだ」

「なにを言って……」

 白の空間内をシルガーが飛び立ち、キアランは一人残される。シルガーが、キアランに向かって叫ぶ。

「お前も飛べ!」

「無茶を言うな! どうやって……」

「想念だ! ここはお前の知る現実の世界ではない! 思いの力で飛べるはずだ!」

 思いの力……!?

「あの四聖よんせいの坊やを助けたいんだろう!」

 キアランは、ハッとし、集中した。自分にできるかどうかわからない。しかし、ルーイの笑顔を思い出し、なにがなんでもやらなければならない、その一心で自分が飛ぶことを強く念じた。思いは、強く、深く――。
 
 バサッ……!

 キアランの背から、翼が現われた。それは、漆黒の四枚の翼ではなく――、灰色の、一対の翼だった。

「シルガー!」

 キアランは、灰色の翼で飛び立つ、シルガーを追って。

「……大げさなやつだな」

 シルガーは、あきれたとも感心したともどちらとも取れる言いかたで、感想を述べた。

「思念で飛べるのだから、翼などという象徴はいらん。それに――」

「それに、なんだっ……!」

 シルガーに馬鹿にされているような気分になり、思わずキアランは強い口調で尋ねていた。

「四天王でも高次の存在でもない、灰色の翼とは、なんとも単純というか素直な発想というか――」

「うるさいっ!」

 キアランは、自分が子ども扱いされたような気になり、顔を真っ赤にしていた。
 シルガーは、そんなキアランの反応を気にも留めていない様子で飛び続ける。

「……私は、四天王の居場所が掴めなかったのだよ」

「え」

 思いがけず、シルガーが本当のところを告白していた。

「格段に力の優れている四天王、やつらは、隠れるのが非常にうまい。私でも追跡や発見は非常に困難だ」

 シルガーは、飛びながら続ける。

「とくに、さっきのあの四天王、あいつはとりわけ厄介だ」

「そ、そうなのか……?」

 シルガーは、キアランの胸のあたりを指差した。

「使い魔を通して感知した四天王からは、殺意、破壊する意図がまったく感じられなかった」

「え……」

 それは、どういうことだろう、キアランは疑問に思う。

「殺意や破壊しようとする意識、そういったものはとても強い波動を出す。だから、そういう相手は追いやすい。厄介なのは、そういう思いを持たないもの、あるいはたとえ持っていても巧妙に隠せるものだ」

 あの四天王は、殺意や破壊する意図を持っていないのだろうか……。それとも隠しているだけなのだろうか――。

 ルーイが無事かどうか心配で、キアランの胸は強く締め付けられた。

「だから、あいつら、みどりと蒼井とやらの動きを追うことにしたのだ。四天王を討つような宣言をすれば、二体揃って、悪くしても一体は必ず四天王の元へ戻ると思ったのだ」

「! それで――」

「ああ。そうだ。あの建物から、多くの人間どもの加勢も現れた。一体相手なら、お前の仲間たちも最悪の事態は免れるだろうと思った」

 シルガーは、まっすぐ前を向いていた、その表情はキアランからはわからない。

「でも、やつらは私たちの力を脅威だと思ってくれたようだ。二人揃って主の元へ帰るとはな。まさか我々が、道案内が必要な程度の連中だったとは思うまい」

 キアランは、シルガーの隣に並ぼうとした。シルガーの銀の瞳は、冷たい光を宿したままなのだろうか、それとも、なにかもっと他の思惑が――。

「……キアラン。これで心置きなく全力で戦えるだろう?」

 キアランは、シルガーの隣に並ぶ。

「……キアラン! 私は、四天王になるぞ……!」

 シルガーは、裂けたような口で笑った。それは、紛れもない魔の者の顔だった。

「四天王に、なる……?」

 どういうことだ、とキアランは思う。

 どくん、どくん。

 キアランの心臓が脈打つ。キアランが口を開こうとした、そのとき――。

「ああ。それから、一応言っておこう。この前、カナフと話した」

 キアランは、驚いてシルガーの顔を見つめた。

「意外と、話せるやつだったな」

 シルガーは、笑う。キアランは、ただただ驚きシルガーの顔を凝視した。
 様々な光を宿す、不思議な銀の瞳。人懐っこくて好奇心旺盛な、子どものようにも見えた。
 
 いったい、こいつは――。

 恐ろしい魔の者の狂気の笑みと、時折見せる人間のような表情。激しい凶暴性と優しさともとれる行動。敵か、味方か、キアランはシルガーをどう位置付けるべきかわからなくなっていた。
 キアランは、自分の背に生えた、灰色の翼を思う。

 私も、同じか――。

 分類などできない。どちらにでも転がっていくような不透明な灰色の中で、キアランは光を見つめ続けることにした。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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