【創作長編小説】天風の剣 第52話
第五章 最後の四聖
― 第52話 元気いっぱいだね ―
アマリアさん、ライネ、ダンさん、ソフィアさん……!
思いとは裏腹に、キアランは大陸に近付いていく。
朝日に照らされた海は、金のうねりを生み続ける。
キアランは、シトリンが一番近い大陸の岬に降りるつもりなのかと思っていた。
シトリンの漆黒の翼は、空を飛び続ける。
「いったい、どこに……」
岬を越えていた。そして、まだ海の上を飛んでいる。シトリンが降りる気配はなかった。
岬の向こう側は、大小様々な島が点在していた。
「もうすぐよ」
シトリンの翼は、その中で一番大陸から離れた、細長い形状の島に向かっているようだった。
「もしかして、この島に四聖が――!」
島の中央、木々に囲まれた森へ下降していく。
ルーイ、フレヤさん、ユリアナさん……。三人の四聖……。最後の、四人目の四聖とは、いったいどんな人物なのだろう――。
キアランは、自分たちが守るべき特別な存在に思いを巡らせた。
賑やかな鳥の声が、キアランたちを出迎えてくれた。
昨晩は雨が降っていたようで、木々の緑は色濃く、足にまとわりつく草の葉は濡れている。
「シトリン。この近くに四聖が――」
キアランが、そう言いかけたときだった。
空気が、揺れた。
前方から、なにかが飛んでくる。
バンッ……!
シトリンの前に見えない壁のようなものができると同時に、大きな音を立て、落ちるなにか。
見えない壁とは、シトリン自身、あるいは、蒼井か翠の力による、防御の壁のようだった。
「これは……! 弓矢……!?」
キアランが、落ちた飛来物がなにかをその目で確認した、そのときだった。
ザザザザザッ……!
低い姿勢で、前方の茂みをなにかが走る。
魔の者でも、動物でもない、そうキアランは感じた。
きっと、今のが、矢を放った人間……!
人間、とはいえ、尋常ではない素早さだった。
音を立て揺れる枝、そして舞い降りる葉。
いつの間にか、木の上に人影があった。
なんという素早さ……!
きっと一連の動きは一人のものであるとキアランは感じたが、それにしても移動が速い。キアランが目を見張っていると、
人影は木の枝から木の枝へと飛び移り、そして地上に降り立つとみるやいなや、もう駆け出しており、そして――、
ビュッ……!
鋭く力強い光が走る。
シトリンに向け、なにものかが剣をふるっていた。
迷うことなく横一文字にふるわれた剣。それは、シトリンの首をひとはねする勢いだった。しかし――。
「元気いっぱいだね」
シトリンは、にっこりと笑う。
剣は、止められていた。
シトリンの、華奢な人差し指と中指と親指、三本の指に挟まれて。
「! 俺の剣を、指で止めやがった……!」
剣を振るった人物、筋肉質の立派な体躯の男は、絶句した。
「やんちゃな、四聖さん……!」
シトリンが、くすっ、と笑った。
「四聖……! あなたが……!」
四聖と呼ばれたその男は、可憐なルーイやフレヤ、ユリアナとは程遠く、たくましく野性的な風貌の、第一線で戦う戦士のような男だった。
四聖の男性は、日に焼けた肌で、黒い髪、黒い瞳をしていて、引き締まった口元の精悍な顔立ちの男性だった。年齢は、キアランより上、三十代前半くらいのように見えた。背には大きな弓を背負い、腰には大ぶりの剣を差している。
「なぜ魔の者、しかも四天王と一緒にいる!? あんたら、捕まってたわけではないのか……!? と、いうより……。そもそも、あんた、なんなんだ!? 人間……、か!?」
四人目の四聖の男性は、キアランに向かって早口でまくしたてた。
「いや、これには色々事情があって――」
キアランがそう言いかけたとき、ルーイが意外な言葉を発した。
「すごいね! キアラン! そのひとの、言葉がわかるの!?」
「えっ」
キアランは思わずルーイの顔を見た。自分は、普通の母国語を話し、相手も普通に同じ言葉を話していると、当たり前のようにそう思っていた。しかし、ルーイの反応を見ると、どうもそうではないらしい。
事態がのみこめず、動揺するキアランに対し、シトリンが説明役を買って出た。
「言語じゃないわ。思いが自然と音として伝え合えるの」
え。
キアランは、どういうことかわからず、きょとんとした。
「キアラン。あなた、アンバーと私との会話のとき、何語で話してるんだって、そう訊いてたよね?」
シトリンが、少し首をかしげながら尋ねる。
「あ、ああ」
シトリンは、ふふっ、と笑った。
「人間以外は、何語なんて概念はないの。思いが、相手に音で伝えられるの。そして、相手が発した音も、私たちは思いとして内容を理解できるの」
「ええっ!」
「魔の者の血が入ってるあなたも、それはできるのよ。ごく自然に。意識せずに」
キアランは、目を丸くした。まさか、自分がそんなことをできていたなんて――! でも、先ほどのルーイの反応を思えば、自分が他の言語を話す人に対して自然に反応し、普通に会話が成立していた、そういう事実を納得するほかなかった。
「そ、そーだったのか!?」
驚きで、キアランの声は裏返ってしまっていた、
「おい! どうして、四天王などと親しそうに話す!? いったい、どういう――」
四聖の男性は、キアランを指差しながら大声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。状況を説明――」
「この四聖のおにいさん、なんで大声で叫んでんの!? ねえ、どーして!?」
わからない他の言葉で叫ぶ四聖の男性に、不安を感じたルーイはキアランの袖を引っ張る。
ルーイやフレヤにとって、キアラン、シトリンの言葉はわかるが、この四聖の男性の言葉はまったくわからない。
「ん」
横で腕組みをしていた蒼井が、なにかに気付いたようで森の奥に視線を走らせる。
「ええと、まず、落ち着こう。いったん、落ち着こう」
自分に言い聞かせるように、キアランは話す。
魔の者は、四聖の命を狙うもの。そして自分は四聖を守護する者。敵対する関係である。しかもややこしいことに、自分は魔の者の血が半分以上流れている。キアランは、四聖の男性に対し、うまく状況を説明できるか自信が持てないでいた。
「これが落ち着いて、いられるか! 四天王は――」
ふたたび叫ぶ四聖の男性。剣の柄に、今にも手をかけそうな勢いだった。
「ねえ、怒ってるの……?」
自分にはわからない言葉を、すごい剣幕で叫び続ける四聖の男性の様子に、怯え始めたルーイ。
「ルーイ。怒ってるわけじゃない。彼はただ、驚いているだけだ」
ふと、キアランは先ほどまでいた蒼井がいないことに気付く。
「どうして四天王がこの島にきた!? まさか……、お前が連れてきたのか!?」
四聖の男性が、さらに詰め寄る。
ガサガサッ。
茂みが揺れた。
茂みから、蒼井が姿を現した。蒼井の腕には、なぜか小さなうさぎが抱えられていた。
「あっ! うさぎ!?」
ルーイが驚きの声を上げる。愛らしいその姿に、思わず顔がほころぶ。
「見つけたのだ。やはり、似ている」
ピイー。
遠くで小鳥の声がした。朝日を受けそよ風に揺れる、輝く濡れた緑の葉。
なんで、ややこしい……!
キアランは、一瞬気の遠くなるような思いがした。
説明を求め、まくしたてる四聖の男性。小首をかしげ、微笑む四天王の女の子。うさぎを抱く魔の者。美しく豊かな森。アンバランスなこと、この上なかった。
「いったん、落ち着こう! まずは互いの自己紹介だ! 蒼井、うさぎは放してあげなさい!」
この際、うさぎはいいから、そうキアランは思った。
「……私は、四聖を守護する者、キアランだ」
「四聖を守護する者!? あんたが!?」
「ああ」
キアランがうなずく。四聖の男性は、改めてキアランの顔を見つめた。
「キアラン……、か」
「ああ」
「あなたは――、その、普通の――」
キアランは、四聖の男性の質問の意図――人間ではないのではないかという疑問――に敏感に気付き、少し長めに息を吸い込んだ。
このひとは、私の目の色のことだけでなく、きっと、魔法を扱う者のように、鋭い感覚を持って、なにかを感じているのだろう。初めから、私の存在に疑問を持っている――。
「……四天王と、人間の間に生まれた。でも、私は人間だ」
キアランは、正直に告白した。
「そうか――」
「ああ」
キアランは、四聖の男性の瞳をまっすぐ見つめた。
「でも、信じて欲しい。私は、四聖を守護する者だ」
キアランは、ルーイの頭にそっと手を置く。
「……そんな肩書きがなくても、あなたがたを守りたい。私は心からそう思っている」
四聖の男性は、少し驚いた顔をした。
小鳥のさえずりが響いていた。四聖の男性の表情が――、かすかに緩んだ、キアランの目にはそう映った。
「私は、シトリンだよ!」
「ええと、僕、ルーイ。四聖だよ!」
「私は、フレヤです。私も四聖です」
「蒼井だ」
「翠だ」
キアランが名乗ると、それぞれ一気に名乗り始めた。
四聖の男性は、あきらかに面食らっていた。
四聖の男性は、皆の顔をゆっくりと見渡す。
なにかをあきらめたかのように、四聖の男性はため息をつく。
「……俺の名は、ニイロだ」
蒼井が放したはずのうさぎが、足元で草をはんでいた。
ニイロは、ふたたびため息をつき、笑った。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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