【創作長編小説】天風の剣 第62話
第六章 渦巻きの旋律
― 第62話 山のような人影 ―
「ふっ」
シルガーは、笑う。
「蒼井と翠を追えばいいのか。では、私は行くとするか」
そう言い終わるか終わらないうちに、シルガーはもう空へと飛び立って行った。
「ヴァロ! 私たちも、キアランのところへ参りましょう……!」
カナフがそう叫び、ヴァロがうなずく。カナフとヴァロは、純白の翼を広げ、シルガーの後を追うように飛び立とうとした。
「カナフさん……!」
アマリアが叫ぶ。
「私も、連れて行ってください……!」
アマリアは、シトリンの作った棒状の武器となるものを胸にしっかりと抱きしめつつ、真剣な表情で訴えた。
「いえ! 危険が大きすぎます!」
カナフが、叫び返した次の瞬間のことだった。
「え……!」
アマリアが、驚きの声を上げる。
アマリアの腕の中で、シトリンの作った棒状の武器となるものが、まばゆい光を放っていた。そして見る間にそれは、金色に輝く宝石のついた、立派な魔法の杖へと変化していたのだ。
アマリアは顔を上げ、改めて意を決し、カナフに叫ぶ。
「私には強力な、この四天王の魔法の杖があります! だから、どうか……、カナフさん……! 私を連れて行ってください! お願いします……!」
その様子を見たライネが、シトリンの作ったもう一つの棒状の武器となるものを手にする。
シュッ……!
ライネが大きく一振りすると、それはたちまちオレンジ色の宝石のついた、魔法の杖へと変化した。アマリアの持つ魔法の杖は、白く滑らかで洗練された美術品のような形状をしているのに対し、ライネの持つ魔法の杖は、二つの古い木の枝が絡み合ってできているような、呪術めいた神秘的な力を感じさせる形状をしていた。
ライネも叫んでいた。
「俺も、連れて行ってくれ! 足手まといにはならねえ!」
カナフとヴァロは顔を見合わせる。
「お願いだ……! 俺らだけでも、連れてってくれ……!」
カナフは、ため息をついた。それから、ゆっくりと口を開く。
「……私たちは、戦うことができません」
カナフが、アマリアとライネ、二人の瞳を交互にまっすぐ見つめる。
「だから――。あなたがたに来てもらうのは、正解かもしれませんね」
「カナフさん……!」
アマリアとライネの顔が、明るく輝いた。
今まで黙って見ていたヴァロだったが、カナフの肩に手を置き、カナフに向かって微笑みかけた。ヴァロも、新しいカナフの意見に同意だったのだ。
ヴァロの笑顔を見て、カナフは背中を押されたように顔をほころばせた。
「逆に、私たちがお願いします。危険を承知の上、一緒に来ていただけますか……?」
カナフは、二人のほうへ手を差しのべた。
「もちろん……!」
アマリアとライネは元気よくうなずく。
カナフがアマリアを、ヴァロがライネを抱え、飛び立とうとしたときだった。
「待って……! 僕も行く!」
ルーイが、翠の作った棒状の武器となるものを手にしようとした。
「待って……!」
魔導師オリヴィアが、ルーイを制する。
「ルーイ君。あなたは行ってはいけませんよ」
「だって、キアランが……!」
オリヴィアは身をかがめ、優しくルーイの頬を両手で包み込んだ。
大輪の美しい花のような香りが、ルーイのもとへふわりと届く。
「あなたは、四聖です」
「でも、僕だって、あの道具を持てば、きっと強く――」
「いいえ。あなたは、フレヤさん、ニイロさん、そして、これから合流するユリアナ様と共にあるべきです」
「皆と一緒に……?」
「ええ。あなたには、世界を守るという大切な使命があるのです――!」
オリヴィアがそう諭すと、アマリアがルーイに微笑みかけた。
「ルーイ君。待っていてね……! きっと、キアランさんと戻ってくるから……!」
ライネもアマリアに続ける。
「そうだぞ! ルーイ! お前の無事が、皆を守ることになるんだ……! 自分を守り抜くということが、ルーイ、お前の戦いなんだ……!」
「僕の、戦い……」
ライネは、ニッと笑った。
「ルーイ! お前も立派な戦士なんだ……! 俺たちの帰還、お前の戦場でしっかり待っていてくれ……!」
「うん……!」
ルーイは、うなずく。ライネの言葉に覚悟を決めた様子のルーイ。その表情は、いつもより少し大人びて見えるものだった。
「では、私たちも行きましょう……!」
アマリアとライネをそれぞれ抱え、カナフとヴァロは飛び立った。
「アマリア――」
ダンが、妹の無事を祈るように空を見上げ続ける。
「アマリア……。ライネさん、そしてキアランさん――。どうか、みんな、早く無事に戻って来てくれ……!」
ダンは、祈りの言葉を天高く届くように呟いた。
それから、ルーイの代わりに、ダンが翠の作った棒状の武器となるものを手にした。
「私は、オリヴィアさんと共に四聖のかたがたを守る。そのために、この武器を所望する――!」
ザッ……!
ダンが棒状の武器となるものを力強く天に掲げると、それは緑色の宝石のついた大きな魔法の杖に変化した。
ダンの魔法の杖は、ごつごつとしてどっしりとした、まるで樹木そのもののような素朴で力強さを感じさせる杖だった。
蒼井の作った棒状の武器となるものは、誰が手にするのかと一瞬顔を見合わせる。
オリヴィアが前に進み出て、それを手に取る。
そして、ソフィアのほうを振り返った。
「はい。これは、あなたの物よ」
オリヴィアは、蒼井の作った棒状の武器となるものを、ソフィアに手渡していた。
「え……! でも、オリヴィアさん……! それは、魔法の力の強い、あなたが持ったほうが……」
オリヴィアは、首を左右に振る。
「私は、馴染んだ自分の武器で戦うわ。これは、持ち主の意思によって剣にもなるもの。あなたが使いなさい。これで、フレヤさんを、皆を、守ってね――!」
「オリヴィアさん……!」
オリヴィアは、微笑む。それは力強く――、見守り励ますような笑顔だった。
ソフィアは、手にした武器となるものに目を落とす。
「意思って、どうやって――」
「使うところを想像するの。深く、強く。神経を研ぎ澄ませて――」
ソフィアは想像した。自分がそれを持ち、自在に戦うところを――。
ぼんっ。
「え」
おかしな音がした。ソフィアは自分が手にしている物に目を落とす。
「こ、これは……!」
剣をイメージしたはずなのに――。手にしていたのは、なぜか盾だった。
それは透明で、やや青みがかかっている、美しい光を放つ氷のような盾だった。小型で非常に軽く、女性であるソフィアでも使いやすいものとなっていた。
「盾!? なんで盾!? あたし、剣をイメージしてたんだけど!?」
オリヴィアが、じっとソフィアの盾を見つめる。
「……意思ね」
「意思!?」
はあ? とソフィアの声は裏返っていた。
「その武器自体の、意思。なんていうか……、その……」
オリヴィアは、瞳を閉じ、うーん、と少し考え込む。
「その盾の意思を読み解いて、盾から伝わってきた言葉を直訳すると――」
「盾の、言葉っ!?」
盾に言葉があるのか、またしてもソフィアの声は裏返ってしまっていた。
「……『こいつ、すでに剣持ってるし、盾でいいんじゃね?』」
「はあっ!?」
蒼井の作った武器となるものの、忖度だった。
「とりあえず、様子見だけだからね!」
空を飛びながら、シトリンが叫ぶ。
「様子見……?」
雲が流れ去る。風が体を突き抜けていく。
意識しないようにしていたが、頭が少しぼんやりする。寝ていないこと、休息をとっていないことにより、かなり体が疲れているのだと思う。
「力が大き過ぎる……。私と翠、蒼井とキアランおにーちゃんだけでは負けちゃうよ」
「そうなのか」
「どんなやつか、どんな力か。それを見てくるの。だから、刺激しちゃだめよ」
「……刺激……」
「たぶん、人間がいっぱい死んでると思うけど、怒って戦おうとしないでね」
「…………!」
「食べられちゃった高次の存在が、そいつのもとに行ったのは、たぶんやつが人間をたくさん殺したり、自然をたくさん壊したりして、場のエネルギーが大きく悪いほうへ変えてしまったからだと思う」
「それで、高次の存在が四天王と対峙していたのか……!」
キアランは、唇を強く噛みしめた。その場を守ろうとした高次の存在。四天王はそんな高次の存在を――。
「……そして、たった今でもそいつは暴れてるみたい」
キアランは拳を握りしめ、鋭く前方を睨みつける。
早く……! 早くなんとかしなければ……!
「きっと、人間側のキアランおにーちゃんには、きつい状態になってるよ」
「…………!」
「焦っちゃ、だめだよ」
「……わかっている」
いいや、わかっていない。わかるものか、と、キアランは自分で自分に言葉を投げつける。
キアランの脳裏に、古城でのあの凄惨な情景が蘇る。もしかしたら、それよりも恐ろしく残酷な風景が広がっているのではないか――。
冷静で、いられるか……!
キアランの鼓動は、速くなっていた。背筋は冷たく、握りしめた手のひらが汗ばむ。
一人でも、ひとつでも多くの命を助けたい……!
犠牲になっているのは恐らく、人だけではない。動物も、植物も、巨大な力に蹂躙されているのではないか、荒廃した情景が目に浮かぶようだった。
青空の、はずだった。それなのに暗く、なにかが渦巻いているように感じられていた。
見えている景色が違うように感じられるのは、決して気のせいではない、そうキアランの直感が告げる。
「なんだ……! あれは……!」
そびえ立つ山のような、人影が見えた。
「ほんとに、大きいねえ……!」
それが、四体目の四天王――パール――だった。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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