見出し画像

【創作長編小説】天風の剣 第32話

第四章 四聖と四天王
― 第32話 激戦の中 ―

 時折走る閃光、そして空間を埋め尽くす衝撃音。
 粉砕された壁や天井などの粒子で、視界がひどく悪くなっていた。
 激戦は、古城内の左手奥の広間らしき場所で繰り広げられているようだった。
 広間らしき場所、というのも、すでに辺り一帯瓦礫の山で、存在したであろう扉や壁などがあちこち消失していて、ここから先は通路なのか部屋なのか、判然としない状態になっていたのである。

「テオドル! これ以上はもう行かないほうがいい!」

 キアランが叫んだ。細かな瓦礫の粒子を吸い込みそうになり、少し咳き込みながら、さらにキアランは言葉を続ける。

「ここで待機、もしくは、引き返してくれ!」

「引き返す!?」

 キアランの言葉に、テオドルは納得いかないといった様子だった。キアランは、なおも続ける。

「今激戦の中に飛び込んでは、命を無駄にすることになる!」

「ここまで来て――!」

「無理だ! 人間一人二人の力ではどうしようもない! もしくは――」

 キアランは、急いで辺りを見回す。

「他の通路を探すんだ!」

「他の――」

 キアランには、考えがあった。真剣にテオドルへの説得を続ける。

「おそらく、入り口付近にいた四天王の従者たちは、シルガーに押されてここまで来た。とはいえ、敵をむざむざ自分の主の近くに寄せるわけがない……! それに、四天王はもっと安全な所へ逃げ込んでいるはず。と、いうことは、四天王はこことは離れたところにいる。そして、とらわれた四聖よんせいたちも、きっとそこにいるはずだ!」

 キアラン自身は、シルガーたちの戦いの渦の中に飛び込むつもりだった。シルガーには、四聖を探し出す能力がある。シルガーを追えば、必ずルーイたち四聖のいる場所へ行けると思ったからだ。しかし、テオドルの命は守りたいと思った。
 正直、他の通路があるかどうかわからない、この古城の構造もわからない。わからないが、テオドルにはもっと安全な活路を見つけて欲しい、そう願った。

 ドーン!

 なにかが、キアランたちのちょうど目の前に吹き飛ばされてきた。そしてそれは、勢いそのままに壁に激突し、床に落下した。大きな筆で描いたような赤い血の跡が続く。
 埃だらけだが、長く青い髪、そして光る青い目――。蒼井だ。
 蒼井は仰向けに倒れていたが、目だけを動かしキアランとテオドルを確認すると、ゆらり、と立ち上がった。
 立ち上がる蒼井の動きは、人間の骨格から生まれる動作とは程遠く、頭に引っ張られ、続いて胴体、足が持ち上がるといった奇妙なものだった。

「人間も、まだ生きていたのか」

 抑揚のない声で、蒼井は呟く。

「蒼井!」

 キアランは、天風の剣を構え、テオドルをかばうように前に出た。

「……混血は、まあ来るだろうと思ったよ。今更驚かん」

 人間、とだけ言い、キアランを無視したような言いかたになったので、キアランが憤っているのだと蒼井は誤解し、言葉を付け足す。

「混血、混血と言うな! 私の名はキアランだ!」

「ああ。そうか。キアランか。そういえば、あの男がそんなふうに呼んでいたような気もするな。私は、個体識別のためにそう呼んでいただけだ。これからは、そう呼ぶとしよう」

 蒼井は、首を傾けながら呟く。言葉を紡ぐときに口から吐き出される冷気のようなわずかな煙、相変わらず頭だけ吊り上げられたような形の不自然な立ち姿が、まるで墓から蘇った死者のような不気味な様相を呈していた。

「覚えてくれるのか! それはありがたいな!」

 キアランは、無理やりにでも会話を続けるようにしていた。それは、単純に時間稼ぎだった。魔法を使えないキアランは、どのように蒼井の攻撃を防げばいいのか急いで考えを巡らす必要があったのだ。

 自分一人なら、たぶんなんとかしのげる……! テオドルさんに、あの攻撃が及ばないようにするためには、どうやって戦えばいい……?

 攻撃を出される前に倒す、それしか道はないように思えたが、キアランの金の瞳でも蒼井の急所は読み取れなかった。

 一撃で倒せるような相手ではない……!

 蒼井は、ふっ、と笑った。

「まあ、ここでお前の命が尽きたとしても、名前くらいは覚えておいてやろう――」

 空気が揺らいだ。蒼井の攻撃が来る、キアランは悟った。
 爆発音。キアランとテオドルの前で、激しい火花が散った。

「な……!」

 キアランとテオドルは目を見張る。蒼井の攻撃が、なにかに弾かれたようだった。キアラン自身もテオドル自身も、そのなにかのエネルギーのおかげで、なんの衝撃も受けずに済んでいた。

 もしかして――、いや、もしかしなくとも――。

 キアランの左斜め前の壁が、開いていた。
 粉塵が、キラキラと舞っていた。壁の向こうの広間は、外壁も大きく崩れ、日の光も新鮮な外気も遮ることなく入ってきているようだ。

「待ちくたびれたぞ。キアラン」

 姿が見えなくともわかる、すっかり聞き慣れた声――。

 やっぱり、こいつか――。

「お前がここの親玉みたいな言いかたをするな! シルガー!」

 思わず、キアランは叫ぶ。キアランというより、そこは蒼井かみどりが言うべきセリフではあったが。

「シルガー! 今のはやはりお前だったのか! お守りおもりはしない、そう言っていなかったか!?」

 大声を出したことでキアランは、粉塵を吸い込んでしまい、咳き込む結果となった。

「ふふ。お節介だったかな?」

 シルガーが歌うように呟く。あの戦闘の中でも、シルガーはダメージをほとんど受けていない、改めてキアランは脅威に思う。

 蒼井もそうだ……! あれだけの衝撃を受けても、おそらくその力は弱まっていない……!

 もっとも、シルガーはバラバラにされても、わずか数日ですっかり回復していた。衛兵たちのような魔の者と違い、力の強い魔の者を倒すことは非常に困難であるという現実を、突き付けられたような気がした。

 それなら、やつらより格上とされる四天王は――。

 気の遠くなるような厳しい現実。シルガーの気まぐれによって生かされている自分に、いったいなにができるのか――。

「なんだ……。混血も、ここまで来たのか――」

 壁の向こうから、翠と思われる呟きも聞こえてきた。打ちのめされそうになっていたキアランだったが、その呟きを耳にしたとたん、思わずカッとなった。そして、それが奇妙なことに幸いし、今現在の自分というものを取り戻す。

「混血混血、言うな! 私の名は、キアランだ!」

 ゲホゲホ、と激しく咳き込みながら再び名を名乗るキアラン。自己紹介などいっぺんに済ませてくれ、何度も言わすな、内心そう思った。
 外部からの刺激が、予想外の効果をもたらすことがある。翠に食ってかかることで、キアランの中に心の余裕が生まれていた。

「そうか。識別のためにそう呼んだまで。覚えておこう」

 翠も、律儀に応えていた。

「私に、礼の言葉はないのかな? キアラン」

 どんな状況でも挨拶にこだわるやつだな、キアランは呆れるのを通り越して感心する。そして蒼井も翠も案外対話を重視する連中だとキアランは気付き、これはチャンスだ、と思う。きっと、蒼井も翠も戦士として生まれ、戦いの中に生きがいと喜びを見出しているのだろう。そして、戦闘相手との奇妙なつかの間の心の交流が、それすらも彼らにとっては戦いの一部であり生きた証でもあり、そして同時に彼らの楽しみや次の戦いへの活力にも繋がるのだろう、とキアランは推測する。
 キアランは、そっとテオドルに耳打ちする。

「テオドル! 魔の者どもは人間と違って悠長な性格をしているらしい! 私がやつらと会話しているこの隙に、あなたは別の道を探してくれ!」

「キアラン! あなたは、大丈夫なのか……?」

 自信など、なかった。しかしキアランは、テオドルを安心させるようにうなずく。

「テオドル! どうか気を付けて……!」

 じりじり、とテオドルは後退した。機を見て、駆け出すつもりのようだ。テオドルの動きを察し、キアランは安堵する。
 テオドルが四天王や他の魔の者と遭遇し、命を落とす危険性もある。しかし、少なくとも四天王はここにいる連中よりは攻撃性が低いように思えた。

 できれば、テオドル、あなた一人でも逃げ出してくれ……!

 キアランは、なにごともなかったかのように、壁の向こうへ言葉を投げる。

「ありがとう! シルガー! これで、いいか?」

「一言、余計だな」

 くっ、くっと、シルガーの笑い声が漏れる。そして次の瞬間、閃光と激しい衝撃音が続く。シルガーと翠の戦いが再開したようだ。
 テオドルは、シルガーと翠の戦闘の轟音に紛れて駆け出していた。蒼井はそれに気付いているようだったが、今の蒼井の標的は、あくまでキアランのみだった。

「さて。キアラン。そろそろ、お前の実力を見せてもらおうか」

 蒼井が、キアランに向かって刃のような笑顔を向けた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?