【創作長編小説】天風の剣 第31話
第四章 四聖と四天王
― 第31話 とらわれの四聖 ―
「ルーイ君……! キアランさん……!」
蒼井と翠が揃って姿を消した直後、アマリアは、魔法の杖を頼りになんとか立ち上がった。
「行かなくちゃ……!」
アマリアは瞳を閉じ意識を集中し、消えたキアランとシルガーの行方を探る。
同じくふらつきながら立ち上がったダンは、すぐ横で倒れているライネの体を起こす。
「ダン……。ありがとう。俺は大丈夫だ」
咳き込みながらそう呟くライネだったが、ダンはライネに肩を貸す。
ライネの無事を確認すると、ダンは同じく立ち上がれないソフィアのもとへ駆け寄った。
「ソフィアさん――」
ソフィアは、美しい赤紫の瞳でダンを見上げた。ダンはソフィアに急いで声をかける。
「今、治癒の魔法を――」
「だい……、じょうぶ、よ」
そう答えるソフィアだったが、ダンは、ソフィアに手をかざし、治癒の呪文を唱えた。
「ソフィアさん。あなたが倒れてしまっては、あなたの妹君が悲しむ」
ダンの魔法が、ソフィアの全身をあたたかく包む。ソフィアは少し驚いた顔をしたが、全身の力を緩め、心地よい治癒の魔法に身をゆだねるようにした。
「あなた……。本当に魔法が使えるのね」
ぽつりと、ソフィアが呟く。
「まだ、私が嘘つきだと……?」
ダンは眉をひそめ、少し困惑したような顔をした。
ダンの表情を見て、ソフィアはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ううん。なかなかあなた――、かっこいいじゃない?」
たちまち、ダンの顔は真っ赤になってしまった。
「戦士みたいな、いかつい外見で、魔法が使える。ナンパみたいなことをしてるのかと思ったら、ただ同じ仲間を探してた。ダン、あなたって――」
ダンの魔法が効いたのか、それとも負けん気が強い性格のため弱いところを見せたくなかったのか、ソフィアはすっくと立ちあがった。そして、左手を自分の腰に当て、右手でダンの鼻の辺りに向け指を指す。
「ちょっと、ずるいんじゃない?」
ソフィアは、首を少し傾けて笑う。
絶句し立ち尽くすダンに、くるりとソフィアは背を向けた。
「ありがとう」
背を向けたまま、顔だけをダンのほうに少し向け、はにかんだ笑顔をそっと届けるソフィア。ダンは――、完全に顔を真っ赤にしたまま、直立不動となってしまった。
蒼井と翠の攻撃のあおりを受け、僧兵たちはアマリアたちより深刻な被害を受けていた。
「大丈夫かっ!」
大修道院の中から現れた僧侶たちが、深い傷を負った僧兵たちの救護に当たる。
「アマリアさん! あの四天王たちの行方は――!」
ソフィアが、アマリアに声をかけたそのときだった。大修道院の中から新たに駆け付けてきた一人の僧侶が叫んだ。
「四天王たちの隠れ場所がわかったとの知らせが届きました! 西の月の森の古城跡とのこと! そしてエリアール国の守護軍と合流したまま、古城跡に向かっているとのことです!」
「エリアール国の守護軍……!」
アマリアとダンが顔を見合わせた。エリアール国とは、隣国だった。
「私たちも急ぎましょう! 西の月の森の古城跡へ!」
キアランは、古城に突入した。
血の匂いが鼻をつく。倒れた兵士たち、僧兵たち、そして魔の者たちの死体をよけながら走り続ける。
石造りの暗く冷たい廊下を駆ける。得体の知れない魔物の喉奥に、自ら飛び込んでいくような感覚を覚えた。キアランは、急いで首を振る。
必ず、ルーイとソフィアさんの妹を助け出す! 蒼井は、翠は――、四天王はどこだ……!
遠くから聞こえる、狂ったような笑い声。きっと、それが蒼井や翠、四天王がいるところだろうと思った。そしてそこにはおそらくシルガーもいるに違いないだろうと思った。
城に入る前に聞こえてきた笑い声より、ずいぶん遠く聞こえる。シルガーが、やつらを押しているのか……?
少し、希望の灯が明るく灯ったような気がした。蒼井や翠たちより、シルガーの勢いが勝っているということに違いなかった。
いや……。しかし、シルガーは私たちにとっても敵……。
シルガーが勝っていたとして、それがなんになるのか。キアランは、改めて気を引き締めた。
呻き声。今にも息絶えそうな者たち。そして、もう動かなくなった者たち。
キアランは、いくつもの命の上を飛び越えて走る。人の命も、魔の者の命も、飛び越えて。
息が苦しい。胸が苦しい。心が、張り裂けそうだった。
なぜ、やつらは笑っているんだ……!
キアランは、天風の剣を握りしめる。強く噛みしめた唇から、血の味がした。
剣が硬いものに激しくぶつかったような音がした。
角を曲がると、今まさに、鎧のような硬い皮膚を持つ魔の者と戦っている一人の剣士の姿が、キアランの視界に飛び込んできた。
キアランの金の右目が鋭い光を帯びる。
あれが、あの魔の者の急所……!
キアランの右目は、魔の者の急所を素早く捉えた。
天風の剣が暗闇の中で弧を描き、魔の者の急所を貫く。
「! ありがとう!」
魔の者と戦っていた剣士が、キアランに礼を述べた。
「私の名はテオドル。エリアール国の守護軍の者だ」
「エリアール国の守護軍……?」
「そして、私は四聖を守護する者でもある」
「四聖を守護する者……!」
キアランは驚き、改めてテオドルの顔を見た。兜から見えるのは金の髪、水色の目をした彫りの深い顔立ちの、たくましい青年だった。
「私の名はキアラン。私も四聖を守護する者だ」
「キアラン! 急ごう……! 我らが四聖を助け出すのだ!」
キアランとテオドルは、駆け出した。テオドルの横顔には、深い悲しみと苦しさがはっきりと刻まれていた。次々と倒されていった仲間の兵士たち、今まで行動を共にしていた僧兵たちへの想いが、きつく結ばれた唇に表れている――。
キアランの剣、テオドルの剣が走る。
キアランとテオドルは、次々と現れる魔の者たちを斬り伏せていった。
兵士や僧兵の姿はもう見えない。
生きている兵士は、テオドルさんだけか……!
大きな爆発音がした。
「うっ……!」
振動で、キアランとテオドルは、バランスをくずす。
「あいつらか……!」
キアランは、蒼井、翠、そして四天王がシルガーと戦っているのだと思っていた。
「キアラン殿! ところで、あの銀の髪の魔の者について、貴殿はなにか知っているか!?」
「シルガーのことか!」
「シルガー! あいつはシルガーというのか! あいつは、なぜ自分と同じ魔の者を倒しているんだ!?」
テオドルは、不思議でならないといった様子で尋ねる。後ろから突然現れた銀の髪の魔の者が、どうして古城の魔の者と戦っているのか、理解できなかったのだ。
「四天王を狙っている」
「人間の味方ではないのか?」
「とんでもない!」
キアランは大声で叫んでいた。
「あの男は、人間の味方などではない! あいつは、四聖も滅ぼそうとしている!」
「そうか! それなら――。シルガーも倒すべき相手ということか!」
「そうだ!」
間髪入れずにキアランは答えていた、
「シルガーは、倒すべき相手だ! 絶対に! 倒すべき相手なんだ!」
キアランは叫ぶ。まるで自分に言い聞かせるような言いかたになっているのに、自分では気付かずに。
「あいつは、油断ならない! そしてまったく、ふざけた男だ!」
「…………? ふざけた……?」
「絶対に、私はあんなやつの助太刀なんかしないからな! 絶対だ!」
キアランは、勢いに任せて叫ぶ。
「蒼井や翠、四天王に殺されそうになってても、私は知らないからな!」
「?」
テオドルの怪訝そうな視線に、キアランはハッとする。
「とにかく……! ルーイとソフィアさんの妹を助け出す……!」
慌てて叫ぶキアランに、テオドルが冷静な声で告げる。
「……それでは、さらわれた四聖は、三人だ」
「え」
「我らが四聖と、キアラン殿の知っている四聖お二人。少なくとも、三名のかたがたがとらわれている……!」
テオドルの言っていた四聖は、ルーイやソフィアの妹ではなかったのだ、とキアランは気付く。
ガガガガガッ……!
衝撃音。まるで、壁を削っているような――。
「! シルガー!」
キアランは、思わずシルガーの名を呼んでしまっていた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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