【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第18話
第18話 櫛とバックル
オレンジ色の街灯の下、小鬼のレイは、一生懸命辺りを見渡していた。
人、人、人。広場は人であふれ返っている。でも、その中にレイオルはいない。
レイのレイオルを探すような仕草を察したのか、元精霊のルミが、
「私の力では、気配の正確な位置や場所までは読み取れないのですが。なんだかこの広場の中にはレイオルさんの気配はないような気がします。でももちろん、近くにいらっしゃいますよ」
と話した。
すぐ隣に立つ剣士アルーンは、ルミのちょっと不思議な話を聞き、ああ、そうかとうなずく。
「魔法。そういや、レイオルも魔法とかで探せるもんな。俺らのこと。じゃあ、レイオルとはぐれるってことはなさそうだ」
ふたりのそんな言葉に、レイは安堵する。
そうだよね。レイオルのほうから、探してくれるよね。
絶対大丈夫と知ると、心に余裕が出てきた。今度は異なる目的で視線を巡らす。
「あっ、なんだろう、あれ……!」
レイは、緑色の大きな瞳をキラキラとさせた。それから、アルーンを見上げる。
「アルーン、ちょっと待っててくれる?」
アルーンにその場で待ってもらうようにして、レイは傍らのルミに向かって声をかける。
「ルミ! ルミも一緒に行ってみよう!」
アルーンもルミも、ぽかあんとしていた。レイの関心の先がどこにあるのか、いまひとつ理解できなかったようだ。
レイは、ふたたびルミと手を繋いだ。
「行こ!」
レイに手を引かれるようにして、ルミも駆け出す。
「おおい、レイ、ルミ! 俺はルミやレイオルと違って、探し出す力はないんだから、あまり遠くへ行くなよー!」
アルーンの声を背に、レイは胸を弾ませていた。
視線の先には、まだ明かりの灯っている店。人間の字がわからず看板になにが書いてあるのかわからないレイには、いったいなんの店かよくわからなかったが、整った外観、大きくて重そうな扉の店で、なにやらよい品物を扱っているような感じがした。
楽器、買ってなくてよかった……! やっぱ、初めての買い物は――。
飛び込むように店へと入る。
もっと特別なものにしたいよね!
レイは、お店の人に向かって声を張り上げた。
「あの! 人間じゃないみたいな人や人間の人が喜ぶようなプレゼント、ありますか?」
「あなた、さっき換金所にいた人よね?」
呼びかけられ、振り返る。振り返ったアルーンの目の前にいたのは、豊かに波打つ長い黒髪の、若い女性。
「私は、この町の魔法使いケイト。あなたのお連れさんたちに、色々訊いてみたいことがあるんだけれど」
ケイトは旅の商人ライリイではなく、アルーンを先に見つけていた。
レイとルミの手には、手提げ袋。その中には、それぞれきれいに包装された包みが入っている。
「よかったね、いいものがあって。レイオルとアルーン、喜んでくれるかな」
レイがにっこり笑うと、
「はい……! そうですね! 店に入って店員さんにレイさんが声をかけたとき、私もびっくりしましたけど……。よいお買い物ができて、私も嬉しい……!」
そう言ってルミも微笑み返した。
人間の店で、初めてのお買い物。やはりそれは、自分用ではなくレイオルとアルーンへの贈り物にしたいとレイは考えたのだった。そして、ルミもレイの考えに喜んで賛同した。
店員とルミの会話でわかったのだが、その店は銀細工職人の作った、銀の装飾品の店だった。
旅をしている、大人の男性である、ということをルミが店員に説明し、軽くて使いやすい、そして記念になるような品をいくつか選んで出してもらった。
品選びの際、ルミはレイにこっそり耳打ちした。
「私たちは、子どもに見えます。あまり高価すぎる品は、怪しまれますし、場合によっては危険です。不審に思われないような価格のものを、レイさんはレイオルさんへのプレゼント、私はアルーンさんへのプレゼントとして購入しましょう」
屋敷に閉じ込められるように生活していたとはいえ、長年人間社会で暮らしていた、そのうえ富に関することで操られていたルミ、レイには考えも及ばないような的確なアドバイスをしていた。
「あれ。アルーンさんは」
レイとルミは同時に同じ質問を口にしていた。待っていてくれ、と頼んだはずのアルーンの姿がない。
きょろきょろと、辺りを探してみたが、今度はアルーンが見つからない。
「レイ。ルミ。見つけた」
そうこうしていると、笑顔のレイオルが前から歩いてきた。
「レイオル! どこ行ってたの? 俺たち、広場で星聴き様のお話を聴いてたんだよ!」
レイは声を弾ませた。
「ああ。星聴き、か」
レイオルはうなずいていたが、「星聴祭」ののぼりを見たときとうって変わって、なぜかあまり関心がないような様子だった。
「今度は、アルーンさんとはぐれてしまいました」
先ほどまで一緒だったのに、とルミはレイオルにアルーンの不在を説明する。
レイオルは、少し考えるように斜め上を見上げていた。
「……心配はない。予約しておいた、宿屋に向かおう」
レイオルの答えに、レイとルミはお互いの顔を見つめていた。
アルーンさん、どうしたんだろう。
レイもルミも疑問に思っていたが、たぶん、レイオルは魔法の力でアルーンを探したのだろう、それで、心配ないと判断したのだろう、ということで一応納得することにした。
「レイ。ルミ」
レイオルは宿屋のほうへ歩き出す前、レイとルミを、そっと抱き寄せるようにした。それから、
「密やかな星の瞬き、人ならざる彼らを抱き給え。闇夜のように静かに、神秘の力の眼差しより隠し給え。輝きは洩れず、夜のとばりに抱かれしままに」
と不思議な呪文を唱えた。
「レイオル……? その魔法は……?」
見上げるレイとルミに、レイオルは人差し指を自分の唇に当てつつ、
「かくれんぼの魔法さ」
とだけ述べた。
宿屋の前まで来たときようやく、
「よっ! やあっと合流できた!」
ほがらかに白い歯を見せるアルーンと出会えた。
「アルーンさん、どこ行ってたの?」
ホッとした。ようやく、全員揃ったのだ。
「ああ、ちょっと、な」
なにがあったのか、アルーンは、ただいたずらっぽく笑っている。
そんな様子をじっと見つめていたレイオルが、
「なにか、出会ったのだろう?」
と、腕組みをしながら意味ありげに笑った。
「あっ、すげえ。なんかわかるのか!」
「ああ。お前より、あちらのほうが目立つからな。それから、お前も一緒にいるってわかった」
「やっぱ、お前の知り合い……?」
アルーンはおそるおそるレイオルに尋ねる。
え、なんのこと……?
レイにはなんの話かわからない。ルミを見たが、ルミも二人の会話は飲み込めないようだった。
「すまん、まずかったかな?」
アルーンは、少し申し訳なさそうに頭をかいていた。
「いや。まずくはない。むしろ助かる。撒いてきた、そういうところだったのだろう?」
「あっ、当たり! よかった、それでよかったのか! 魔法使いらしいけど、なんか怪しい派手めの女が声をかけてきたから、テキトウに相槌打って、ばっちり撒いてきた!」
アルーンは胸を張り、誇らしげに親指を立てていた。
ふうん……?
よくわからなかった。でも、レイオルもアルーンも笑顔だ。
たぶんそれでいいのだろう、レイはそう思うことにした。
宿の部屋は、家族用の大きな一部屋だ。幸いにしてついたてがあり、部屋を自由に区切られるようになっていたので、女の子の姿であるルミがいても、お互い気兼ねしないような造りだった。
「これ、俺の初めてのお買い物。レイオルに!」
レイは、元気よく手提げ袋をレイオルに掲げた。
「これは、私が初めて買った特別な品。アルーンさんに、どうぞ」
ルミははにかみながら、アルーンに手提げ袋を手渡す。
レイオルとアルーンは驚いた顔をした。それはレイとルミが想像して、くすくす笑いをしていた以上に、とびきりの驚いた顔だった。
「レイ……!」
「ルミ……!」
それぞれ、あっという間に大きな腕に抱きしめられていた。
「ありがとう……!」
「ありがとなー!」
思いもよらなかった、本当にありがとう、とレイオルとアルーンは口々に感謝の気持ちを述べた。
美しい青の長い髪のレイオルには、銀の櫛を贈った。
活動的な服装で野性味のあるアルーンには、銀のバックルを贈っていた。
「とても素晴らしい櫛だな。髪は魔力と繋がりがある。これは私の力を増してくれるお守りになる」
と、レイオルはレイを抱え上げた。
「さすが私が見つけた小鬼ー!」
とレイを抱え上げたまま、ぐるぐる回転を始めた。わはは、わははと大笑いしつつ。
「わー、レイオルーッ!」
レイは悲鳴を上げる。
「俺の家は、実は代々金銀の細工の職人をやっていてな。だから、わかる。これは、とても腕のよい職人の作品だ」
アルーンは、ルミに贈られた品物がいかによいものであるかということ、それから自分の家について語り出していた。ルミは瞳を輝かせてアルーンの話に聞き入っていた。
夜が更けていく。この星は、周っている。そうして月が高く昇っていく。
「レイオル、喜びすぎ―!」
レイはまだ、笑うレイオルと共に回転していた。
銀色の光をたたえた、櫛とバックル。魔法使いケイトのことは、皆頭から忘れていた。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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