【創作長編小説】天風の剣 第38話
第四章 四聖と四天王
― 第38話 真実の扉 ―
深夜だった。
キアランは、テントの入り口から、金色の光が差し込んでいることに気が付く。
カナフさん……!
ルーイが目覚めないよう気遣いつつ、急いでテントの外に出る。
天高く、三日月が昇っていた。
聞きたいことが山ほどあった。
あの四天王は、果たして私の父なのか――。
キアランは、無意識のうちに握った拳を胸へ当てていた。
鋭角な三日月の光が、まっすぐ胸を射るような気がしていた。
知りたくないという気持ちと、知りたいという気持ちがせめぎ合う。
そして、天風の剣のこと。カナフは天風の剣を見て、懐かしい、と言っていた。
カナフにとって、天風の剣とはなんなのか。
それから、シルガーとのこと。シルガーは、カナフと話したと言っていた。カナフがシルガーに会って話したのは、いったいなんのためだったのか。人とも魔の者とも距離を置くはずの高次の存在、そのカナフの真意はどこにあるのか。キアランは知りたいと思った。
「やあ。キアラン。すっかり夜になってしまいました。お待たせして、すまなかったね」
月桂樹の下で、金の光をまとったカナフは、柔らかな笑顔を向けていた。
「カナフさん! あの――」
「座って話しましょう。どうぞ」
カナフが半円を描くように地面に向け手を振ると、地面が金色に輝き、大地がまるで金の絨毯のようになった。
「うわ。地味にすごい……!」
その光景に驚いたキアランは、思わず感動に余計な形容詞をつけてしまった。
「……キアラン。あなたに話さなければならないことがあります」
そう話すとカナフは、ため息をついた。
「どこから話せばいいか、どう伝えればいいのか、今でも正解が出ないのですが――」
月桂樹の根元に、並んで座る。
「キアラン。私があなたをずっと探していたということ。これは本当です」
「カナフさん――」
「大きくなったあなたに会えて、私はとても嬉しかったのですよ――」
カナフは、深い青の瞳を細め、優しく笑う。
月桂樹の葉が揺れている。どのくらいの時間が経ったのか。夜風が冷たい。カナフはなかなか次の言葉を発しない。
夜の重いとばりのような、長い沈黙が続いていた。肌で感じる寒さより、早く真実を知りたいという思いがキアランを急き立てた。
「あの……! カナフさん! あなたは、私の父の友、そうおっしゃいました。私の父は――」
一番知りたい重要なことを、つい真っ先に訊いてしまった。本当に尋ねてよかったのか、もう後戻りはできない――。風に揺れる枝のように、キアランの心はざわめいた。
カナフは、じっとキアランの瞳を見つめた。先ほどまでの穏やかな笑顔は消えていた。
金色。月の光、カナフのまとう光。カナフの生み出した、金の絨毯。目に映るものが、清らかな金の輝きで満たされていた。
キアランは思う。自分の金の右目は、カナフの瞳にどう映っているのだろう。それは、残酷に切り裂くような禍々しい光なのか、それとも――。
「キアラン――」
カナフは、キアランの黒髪に、そっと手を触れた。
キアランは思う。自分の黒髪は、あの四天王と同じものなのだろうか――。
カナフは、優しくキアランの髪を撫でている。呪われた血。呪われた黒髪。尊い高次の存在が、そんな汚らわしいものに触れていいのだろうか。キアランは次第に申し訳ない気持ちになってきた。
「あの……、カ、カナフさん……」
キアランの頭を撫でながら、カナフが、ゆっくりと重い口を開いた。
「あなたのお父様は――。残念ながら、もうこの世界にはおりません」
三日月。三日月が胸をえぐる。
キアランは、どこか遠くでカナフと自分のやり取りを傍観しているような、不思議な感覚を覚えていた。
キアランをいたわるような、優しい手のひら。その感触を感じつつ、自分の魂はどこか他のところにある、そんな気がしていた。
父がすでに亡くなっているという悲痛な知らせ。しかしそれは同時に、あの四天王が自分の父ではなかったという、キアランにとって喜ぶべき事実に繋がっている。深い悲しみと安堵、二つの大きな衝撃に、キアランの魂は引き裂かれる――。
「……あなたのお父様は、殺されたのです」
カナフの瞳は、この上なく悲しい色をたたえていた。この事実を、伝えるべきかどうか、相当長い時間悩んでいたのだろう。カナフの美しく整った顔が、美しい音楽のような声が、深く、苦く、歪んだものになっていた。
「そして、あなたのお母様も――」
そこから、キアランはカナフの顔が見えなくなった。カナフが、キアランを強く抱きしめていたからである――。
「こんな悲しいお知らせを持ってきたこと、誠に申し訳なく思います……! そして、あなたのお母様とお父様を守ることができなかったこと、無念に思います……!」
泣いている。キアランは、呆然としながら思った。
高次の存在が、人と距離を置くはずの存在が、泣いている――!
キアランの頬にも、一筋の涙が流れていた。
私の父と、母と、そして、私のために――。そして、カナフさん自身の心の傷のために、カナフさんは泣いているんだ――。
「カナフさん――!」
さわ、さわ、さわ――。
月桂樹が、揺れる。月の光と、金の絨毯の輝きに照らされ、深い緑が優しくキアランとカナフを包んでいた。
キアランは思う。魔の者に限りなく近付いてしまっている自分。きっと、なにがあったのか話さなくても、カナフはすべてを見抜いているはず。それなのに、カナフはそんな自分を迷うことなくしっかりと抱きしめている――。
カナフさんは本当に、四天王である私の父の、真の友だったのだ――。
感じるカナフのあたたかなぬくもり。キアランは、戸惑いつつもそれを抱きしめた。
キアランは、衝撃で二つに引き離された自分の魂が、一つに戻ったような気がした。
「カナフさん――。私は、もう大丈夫です」
「キアラン――」
「すべてを、話してください」
キアランは、カナフの瞳を揺らぐことなくまっすぐ見つめ返した。
「私に、遠慮はいりません。真実のすべてを、話してください」
カナフは少し驚いた顔をしたが、意を決し、うなずいた。
「キアラン。あなたのお父様とお母様を殺した犯人は――」
黒い雲が流れる。風向きが、変わった。
キアランとカナフは、同時になにかを感じ取った。
「やはり、来たか――!」
カナフが呟く。
キアランの鋭敏になった感覚は、知っていた。それが、なんであるのかを。
そして、その瞬間キアランは、自分で真実の扉を開けていた。
ああ。そうか。そういうことだったのか――。
キアランの心は、扉の向こうの答えを見つけ出す。
わかってしまえば、いとも簡単なことだった。
「……カナフさん。訊くまでも、なかったのかもしれないですね」
カナフとキアランは、空の同じ方角を見ていた。
漆黒の空。しかし、それより深い闇がある。深い闇が、近付いている。
「私の両親を殺した犯人――。それは――」
『四天王の座には、二つの道があるのだ』
『……キアラン! 私は、四天王になるぞ……!』
キアランの頭に、シルガーの言葉が思い出される。
キアランは、わかった。シルガーの言葉の意味が。
四天王のもう一つの道とは、四天王を殺して、四天王の座を奪うこと……!
キアランは、叫んだ。空の一点を見つめて。
「あいつが、私の父を殺した犯人だ……!」
黒い翼。人間の目では確認できないほど遠く離れているが、キアランにはわかっていた。
「あの男が、私の父を殺して新たな四天王となった……!」
黒い髪、金の目。キアランたちを襲った四天王。
あれはキアランの父などではなく、キアランの両親の仇だったのだ。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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