【創作長編小説】天風の剣 第40話
第四章 四聖と四天王
― 第40話 助けるか、追うか ―
「シルガー! カナフさんが、まずいことになった、とはどういう意味だ!?」
カナフと四天王に向かって飛来する高次の存在の一団。それを見て呟いたシルガーの言葉の意味が、キアランにはわからなかった。
「……また、幽閉されるだろうな」
シルガーの予想外の言葉に、キアランは驚く。
「幽閉!? カナフさんが!?」
「その前に、おそらく、四天王が逃げるぞ。キアラン、どうする?」
「え!?」
「あれほどの高次の存在の集団、いくら戦うことがないとはいえ、なにが起こるかわからない。これ以上のエネルギーの消耗を面倒に思い、四天王はいったん退くだろう」
「どうする、とは――」
「四天王を追うか、カナフのほうを助けるか」
風は止んでいた。
不気味な大気の渦も、空を走る光も、今はもうない。
四天王とカナフは、高次の存在の一団のほうを見つめていた。
「どうして、カナフさんが……!」
「秩序を、均衡を乱す。それでカナフは長い間幽閉されていたそうだ」
そのとき、四天王の視線が、こちらに向いた。
冷たい視線。見下すような、冷酷な視線――。
ついに、目の前に……!
キアランは、全身に熱い血がたぎるのを感じた。
キアランは、叫んだ。
「父と、母の仇……!」
キアランは、天風の剣を握る手に、力を込めた。一層、強く――。
「キアラン……!」
叫び声を上げ、キアランを制止しようとしたのはカナフだった。
「戻りなさい……! まだ、戦うのは……!」
カナフはそこまで叫んでから、少し驚いた顔をした。キアランを乗せている、銀の竜に目を留めたのだ。
「あなたは……、シルガーさん……?」
「ふふ。カナフ。予想以上にあの四天王が強くてな、それでこの姿だ。そんなことより、早く、逃げたほうがいいんじゃないのか?」
「シルガーさん……!」
カナフにはまだ迷いがあるようだった。ここで、キアランを残して行ってよいものかどうか、と。四天王の脅威が去るのを見届けるまで、離れられないと思っているようだった。
そのとき、四天王が見つめていたのはキアランでもカナフでもなく――、シルガーだった。
高次の存在の一団は、目と鼻の先まで迫っていた。
「カナフ……。ここまであの大群に近寄られたら、おそらくどちらの攻撃も無に帰される」
カナフとキアランにだけ聞こえるように、シルガーは呟く。
「大丈夫だ。心配するような戦闘は起こりえない」
「シルガーさん……!」
「カナフ! 行け!」
シルガーは叫ぶ。
「早く! 遠くへ!」
カナフはうなずいた。そして、力強く翼を羽ばたかせ、金の軌跡を残して飛んで行った。
高次の存在の一団は、即座に二手に分かれた。
カナフの飛んで行った方向と、こちらに向かってくる方向だった。
「カナフさん……!」
キアランは、決めかねていた。カナフを追って、カナフを守ろうとするのか、ここにとどまって、四天王と戦うことにするのか――。
シルガーの質問に対する答えが、いまだ出ず、ただカナフの行ったほうを見つめ続けた。
キアランが指示を出さずにいたので、シルガーもカナフの行ったほうを見つめ続ける。
「カナフ……! 今度は、無事逃げ切れ……!」
シルガーも呟く――。それは、まるで祈りのように。
「シルガー……」
「……魔の者も、たまには幸運を祈ることはあるさ」
そう言ってから、シルガーは、笑った。
「……前代未聞、かもしれんが」
カナフを追う一団は、一気に速度を上げていた。金の流れ星のような軌跡が、いくつもキアランたちの目の前を通り過ぎていく。それに対し、こちらに向かってくる一団の速度は緩やかだった。四天王やシルガー、キアランの様子を探っているようだ。
カナフと四天王のエネルギーの激突を察知し駆け付けてみたが、今目の前にいるのは四天王、魔の者、そして四天王と人間の間に生まれた、キアランという特異な存在。それは、高次の存在たちの想定を超えた組み合わせだったに違いない。
四天王の唇に、冷たい笑みが浮かぶ。
「ふふふ……。シルガーとやら。その姿、まだあのときの傷を引きずっているのか? ずいぶん強いように見えたが、回復系は苦手なのか? よくそれで私に向かってきたものだ」
四天王は、先ほどのキアランの叫び声やカナフが行ってしまったことをものともせず、シルガーに語りかけていた。
「四天王……! 私が父と母の仇を……!」
キアランの怒声を遮るように、シルガーが声を張り上げる。
「……あいにくだな。貴様から受けた傷は、とっくに癒えている。さっき言ったのは、お前のことじゃない。これは、別の四天王と対峙したときのものだ。それは生粋の四天王、お前より力は上なんじゃないかと思うようなやつだ」
シルガーの言葉がしゃくにさわったのか、四天王の顔から笑いが消えた。
「死にぞこないが……! なにを言うか……!」
「おや。もしかして、その怒りは『生粋の』、という言葉に反応しているのかな?」
シルガーは、四天王をまっすぐ見据えながら問うた。
「お前の従者は、どこにいるんだ?」
四天王は、わずかに顔を歪めた。それから、吐き捨てるように叫んだ。
「……天風の剣は、いずれ私が手にする……! 今回は命拾いしたな。シルガー! ぼろぼろの体で、さまようがいい……! 次に会うときは、命はないと思え……!」
「それは、こちらのセリフだ。もっとも、お前の命を絶つのは、私ではなくこのキアランかもしれんぞ――!」
四枚の漆黒の翼を羽ばたかせ、この場を去ろうとした四天王だったが、シルガーの言葉に思わずその動きを止めた。
「半分人間の坊やが、か!?」
四天王は、高笑いをした。
「四天王――!」
キアランは、怒りに震えた。ここがもし、地上であれば、自分の足で駆けることのできる大地であれば、我を忘れ斬りかかっていくところだった。
しかし、自分が乗っている肝心のシルガーが、微動だにしない。
キアランの激しい怒りは、空に浮かんだままとなる。
「ほう。お前にはこいつが坊やに見えるのか。貴様はずいぶん老いているのだな」
シルガーが、涼しい声で切り返す。
「……シルガーとやら……。ずいぶん、混血の坊やの肩を持つんだな。魔の者ともあろうものが、すっかり飼い慣らされてしまったのかな?」
「これは心外。私がかわいいペットだとでも……?」
シルガーは少し翼を曲げ、大げさに肩をすくめたような仕草をする。
かわいくは、ないぞ。全然。
キアランは内心、シルガーの余分過ぎる言葉に引っかかりを覚えていた。どうでもいいところではある、とは思いつつ。
ゴゴゴゴゴ……。
ふたたび、大気が震える。それは、シルガーと四天王のそれぞれ内側に秘めたエネルギーが噴出し、ぶつかり合っているためだった。
「四枚羽があっても、目が節穴じゃあな――。気の毒に。老いて、目も頭も衰えているのかな?」
シルガーが大げさにため息をつく。
「いっそ、四天王の名は返上して、羽ではなく目を四つにしたらいいんじゃないか?」
そのときだった。
「なにを、しているのです……!」
高次の存在の一人が、叫んだ。天を貫くような朗々とした声だった。
「魔の者たちよ……! ここを立ち去りなさい……!」
高次の存在の声と共に、金の光の洪水が辺りを覆う。
「うっ……!」
あまりの眩しさに、キアラン、シルガー、四天王は目をつぶった。
四天王は、舌打ちした。そして、四枚の翼を羽ばたかせる。
「シルガー! 半分人間の坊や……! 次に会うときは……!」
「命はない、だろう? 同じ捨てセリフか。能がないな」
シルガーが、呆れたように言葉を返す。
四天王は、地の底から響くような恐ろしい声で叫び続けた。
「私にたてついたこと、たっぷりと後悔させてやる……! それから、貴様らに容赦ない死を……!」
シルガーとキアランは、金の光に目を閉じていたが、今まで感じていた強烈なエネルギーが、瞬時に途絶えたことで、四天王が飛び去ったことを知った。
「しまった。追うか助けるかの選択は、愚問だったな」
「え?」
「見失った」
高次の存在の放つエネルギーが強力過ぎて、四天王の逃げた痕跡を追えそうもない、そうシルガーは正直に告白した。
「すまん」
シルガーは、キアランに謝っていた。
「いや、謝ることは……!」
「お前の、大切な思いを、二つもふいにした」
カナフを助けるか、四天王を追うか。シルガーは、そのことを指して述べていた。
「すまん」
謝ることなど、ない……! むしろ、私はお前に感謝を……!
キアランがそう伝えようと思ったとき、シルガーがため息交じりに呟いた。
「それにしても……。やれやれ。『死』に『容赦ない』も『ある』もあるか」
四天王の捨て台詞に噛み付いていた。
「……シルガー」
「なんだ?」
「……本当に」
高次の存在の光が眩しく、まだ目を開けられない。
「……ありがとう」
シルガーの表情は、見えない。たぶん、シルガーも自分の顔を見ていないのだろう、とキアランは思う。
「……声が、震えているな」
「いろんな強い思いがありすぎて……! わけがわからんのだ……!」
カナフのこと、四天王のこと、そして、高次の存在に囲まれている現状――。この非常事態でも、キアランはちゃんと感謝の思いを伝えたいと思っていた。
お前が謝ることなんてない! むしろ、私がお前に謝りたいのだ――!
冷静に考えれば、今はそんな場合ではないのかもしれない。しかし、自分の命もシルガーの命も、どうなるかわからない現状、それこそが、キアランの心を強く突き動かしていた。
「でも、今だから言っておく……! 言っておきたかったのだ……!」
「……ああ。確かに、聞いた」
シルガーは、ふっ、と笑った。
「でも、人間は、わけがわからないと声が震えるのか?」
「そうだ!」
そうじゃないのかもしれない、でも、そういうものかもしれない、と自分でも消化しきれずキアランはそう答えていた。
金の光が、弱まっていた。
キアランとシルガーは、目を開けた。
高次の存在……! 私たちにとって、敵か、味方か……?
キアランは、天風の剣を鞘に収めていた。それは、自分の意思ではないような気がした。
アステール……?
アステールの意思がそうさせた、そうキアランは感じていた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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