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【創作長編小説】天風の剣 第35話

第四章 四聖と四天王
― 第35話 水晶の繭 ―

「ルーイ……!」

 キアランは、駆けた。
 四天王は、四聖よんせいたちを「私の見つけた宝物」と言っていた。「宝物」、ということは、ルーイたちは殺されたり傷つけられたりはしていないのではないか――、藁にもすがる思いでキアランは推測する。

 ルーイ! どうか、無事でいてくれ……!

 キアランは同時に、ソフィアの妹、テオドル、テオドルの話していた四聖よんせい、三人それぞれの無事を切に願った。
 少し進むと、瓦礫だらけでわかりにくくなっていたが、階段を発見した。
 階段を急いで駆け下りる。そのとき、キアランの耳に不気味な音が飛び込んできた。

 歌……?

 階下から、歌のようなものが聞こえてきた。耳にこびりつくような、奇妙な音程のいくつもの歌声。不協和音をかなでつつ、広がり、侵食し、否応なしに脳の中へなだれこんでくる――。

 う……!

 奇妙な感覚。ぞっとするような歌声が耳に入った途端、強烈な眠気を感じた。

 これは……!

 聴いてはいけない、と思った。意識が遠のくような感覚があった。それはただの歌ではなく、音の中に、あきらかに魔の者の力が加わっている。キアランは頭を振り、なるべく意識を違うところに集中させようと試みた。
 今までのキアランなら、その試みは空振りに終わっただろう。しかし、真の力が目覚めた今、聴こえてくる呪術めいた歌声を、ただの空気の振動としてのみ認識し、その影響から逃れることに成功していた。

 きっと、この歌は魔の者のもの……! とらわれているルーイたちは、その魔の者の監視下にいるのかもしれない……!

 足を速め、さらに階段を駆け下りる。一段降りるごとに不快な歌声は大きくなっていく。

 ルーイ! 今、助けるからな……! 待っていてくれ……!

 カンッ! キンッ……! カンッ……!

 歌声の合間にかすかに聞こえる、剣の音。

「テオドル!」

 キアランは疾風のごとく駆けた。
 暗い通路の中、大きな金属製の扉が開いていた。そこから、光と音――歌声と剣の金属音――が漏れていた。

「な……!」

 まず目に飛び込んできたのは、背丈が天井まであろうかというほどの巨大で透明な姿をした魔の者の姿だった。
 頭が小さく首らしきものはなく、胴体の下にいくにつれ広がっている山のような三角形の体。そしてその胴体からは先の鋭く尖ったいくつもの触手が、蠢き暴れ回っている。そして、そんないびつな巨体を支えているのは、カニのように外側に曲がった六本の脚だった。
 そして、透明なガラスのようなその体は、様々な色合いに変化しながら発光していた。部屋から漏れていた光は、魔の者の体から出ているものだった。
 しかし、体の大きさや姿かたち、光ること以上に奇妙だったのは、体中いたるところに大きな口があり、それぞれの唇から歌が紡がれていることだった。
 何本もある長い触手のようなものを振り回し、歌う怪物。そして、その怪物と一人果敢に戦っているのは――、テオドルだった。

「テオドル!」

 血が流れていた。テオドルの首筋、両側が血で汚れていた。

 もしかして……! 耳を傷つけたのか……!?

 意識が遠のくような歌声。それから逃れるために、自らの耳を傷つけたのだと、キアランは察した。
 キアランは、金の瞳で魔の者を見据えた。
 
 見えた……!

 金の瞳は、魔の者の急所のありかを、しっかりと捉えていた。
 天風の剣が風を切る。触手がキアランに向かって襲い来る。キアランは低い姿勢を取りそれをかわし、滑り込むようにして魔の者の左足の関節辺りにある大きな口目がけ――、渾身の力で貫いた。

「滅せよ……! 魔の者……!」

 歌が、止まった。体の明滅も、止まった。

 ギャーッ!

 全身にある無数の唇から、悲鳴のような叫び声が放たれた。
 それを合図に、魔の者の左足に亀裂が入る。
 傷口の亀裂は蜘蛛の巣のような形となり、あっという間に魔の者の体全体に広がった。
 キアランは天風の剣を力強く引き抜き、素早くその場を飛びのく。すると、がらがらと音を立て、魔の者の体は崩れ落ちていった。

「キアラン……!」

 はあ、はあと息を切らしながら、テオドルがキアランの元へ駆け寄る。

「テオドルさん! 大丈夫かっ!? 耳は――!」

 テオドルは兜を取った。やはり、両耳から出血していた。テオドルは耳に手をやり、なにかを引き抜く。

「……階下から聴こえてくるあの魔の者の歌が耳に入った途端、強烈な眠気を感じた。それで、とっさに瓦礫のかけらを耳に――」

 血は、耳の奥からではなく外部に近い皮膚の損傷からくるもので、聴力自体は失われていなかった。

「我らが四聖よんせいは……!」

 キアランとテオドルは部屋の奥へと急ごうとした。しかし、暗闇でなにも見えない。
 他に魔の者がいる気配はなかった。しかし、キアランはいったん立ち止まり、急ぐテオドルを制した。

「ここは、四天王がいた場所! どんな危険があるかわからない!」
 
 キアランは、部屋の様子を探ろうとした。

 ここは地下空間……。視力に頼るのではなく、内部の力で感じ取るんだ……!

 キアランは、息を吐き出した。それは、意識を集中するためであったが、そのときキアランはあることに気付く。
 息と同時に、なにかを放出させることができていた。

 なんだ……? これは……?

 それは、超音波のようなものだった。キアランがほとんど無意識に行使できた力だった。キアランが出したエネルギーは空間を飛び、障害物に当たり、跳ね返る。その情報が、瞬時にキアランの頭の中で像を結び――、キアランは部屋の形状や様子を手に取るように感じていた。
 
「テオドル! こっちだ……!」

 キアランはテオドルの腕を掴み、誘導した。

「ルーイ……!」

 水晶のような材質の、三つの大きな棺らしきものが置かれていた。それぞれの中に、目を閉じて横たわる三人の姿があった。
 それが、四天王に連れ去られた三名の四聖よんせいだった。

「我らが四聖よんせい……!」

 水晶はわずかな光を放っており、テオドルの目にも眠る四聖よんせいの姿が見えていた。
 
「やはり、あの歌で眠らされていたんだ……! 今、出してやるからな……!」

 ガンッ……!

 その水晶のような物体は、叩いてもびくともしない。姿が見えているのに、どうやれば開くのかわからない。

「ルーイッ!」

 棺のような、繭のような水晶。その中で眠る四聖よんせいたちは、少し青ざめた顔だが、かすかな生命の息吹が感じられた。四聖よんせいたちは、ただ眠らされているだけだ、ここから出してやり、あたたかな両腕で抱きしめてやればすぐに目を覚ます、そう思えた。

「ルーイ!」

 キアランとテオドルがいくら衝撃を与えても手ごたえはなく、むなしく音が跳ね返るだけだった。

 どうやったら、これを開けられるんだ――。

 水晶にあてた、キアランの拳が震える。

 ルーイ……! こんなにすぐ傍にいるのに……!

 キアランの目から、涙がひとしずく、流れ落ちた。

「我らが四聖よんせい――」

 テオドルは、眠る四聖よんせいの右手の甲の上にあたる水晶に、そっと、口づけをした。

 その瞬間――。
 たちまち、水晶が、まばゆい光を放つ。

「あ……!」

 キアランとテオドルは、息をのんだ。
 水晶は驚くキアランとテオドルの目の前で、光のシャワーのようにきらめきながら、溶けてなくなっていった。

「ルーイ……!」

 そこに、ルーイがいた。
 キアランは、抱きしめた。
 ルーイを。強く、強く抱きしめた。
 
 ルーイ……! やっと、会えた……!

 キアランの腕に、もぞもぞ、と動く感触が伝わってきた。

「ルーイ!」

「……? 苦しいよっ! キ、キアラン……?」

 あどけない、ルーイの顔がそこにあった。

「あれ……? もしかして――」

 ルーイは、ぽかんとしていた。

「晩ご飯になるの……?」

 ルーイは、キアランの瞳を――晩ご飯の期待にとてもわくわくしたような目で――見つめ返していた。

「我らが四聖よんせい……!」

 テオドルのほうの水晶も消え、四聖よんせいが目を覚ましていた。

「テオドル――。来てくれたのですね――」

 花のような笑顔、澄んだ清らかな声。濡れたような長い黒髪の美しい女性だった。

「よかった――!」

 テオドルが安堵のため息を漏らし、それから四聖よんせいに向け深く頭を下げたそのとき、突然、足音が聞こえてきた。大勢の足音。そして部屋に明かりがもたらされた。

「キアランさん! ルーイ君!」

 そこには、アマリアの笑顔があった。

「アマリアさん……!」

「キアランさん! 無事だったのですね……!」

 アマリアの目は、涙で光っていた。

「アマリアさんも無事でよかった――」

 キアランも、アマリアの無事を知り、思わず声が震えていた。
 アマリアは、キアランに笑顔でうなずくと、ルーイに向け両手を広げた。

「ルーイ君……! 本当に、よかった……!」

「アマリアおねーさん!」

 目覚めてしばらくして、ようやく自分が四天王に連れ去られ眠らされていたという事実を思い出したのか、ルーイは駆け出し、アマリアに抱きついた。
 そして、ライネ、ダン、それから僧侶たち――大修道院の人々――がいた。魔法の炎と思われるたいまつのようなもので、皆の顔は明るく照らされていた。

「みんな……!」 

 キアランは、笑顔を返す。皆の無事を知り、体の底から喜びが湧き上がる。

「……フレヤ!」

 叫びながら駆け出してきたのは――、ソフィアだった。
 ソフィアは涙を流しながら、まだ解き放たれていない四聖よんせいの水晶に抱きついた。

「ああ……! フレヤ……!」

 ソフィアはしっかりと水晶を抱きしめるようにした。キアランたちの行動を見ていたわけではない。それは、強い感情から出た、ごく自然な動作だった。

 パア……。

 光を放ち、その水晶の繭はほどけるように消えていく。

「フレヤ……!」

「お姉さん……!」

 姉妹は頬を涙で濡らし、空白の時間を埋め合わせるようにしっかりと抱きしめ合っていた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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