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【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第九話

第九話 派手派手看板

 周りから溶けていくバニラアイス。溶けた外堀から攻めていくスタイルで、翔太はスプーンを進めていく。
 それはスベスベマンのお別れ会、翔太の母が迎えに来る少し前のことだった。

「君たち明日揃って、ハザマの世界に行こうと計画してるんだって?」

 山吹やまぶきさんが尋ねていた。
 翔太と結斗君は学校帰り、ハザマの世界に行って、べにあおの屋敷に滞在することになったスベスベマンのもとへ、ちょっと遊びに行くつもりだった。
 それは、たったひとりで異なる惑星に滞在しているスベスベマンを笑顔にしたい気持ちからだったが、同時に、結斗君の異世界デビューになることでもあった。

「はい。こんなに素敵な『お別れ会』があるなんて知らなかったので。すぐに行ってあげようと思って――」

 翔太は山吹さんにそう話してから、銀色のスプーンを口に運んだ。ひんやりとした優しい甘さ、広がる幸せ感。

「それなら、明日うちに来るといいよ」

 山吹さんのスプーンが、きらりん、と光った。そしてスプーン越しに、にっこりと微笑む。

「え? 『ふしぎや』さんに、ですか?」

 ハザマの世界に行くには、野上商店の脇の自販機から、数えながら十五歩歩いたのちの脇道から、と決まっていると思っていた。

 それとも、いったん『ふしぎや』さんに寄ってから行くということ?

 翔太と結斗君は、首をかしげ、どういうことかと互いに顔を見つめ合う。
 山吹さんは、

「野上商店近くの道は、もしかしたら翔太君しか通れないかもしれないから」

 と話した。もしかしたらその方法は、翔太にしかできないことで、結斗君は行けないかもしれないのだという。そして、

「ここ。うちに、誰でもハザマの世界に行ける扉がある」

 え。誰でも行ける扉――。

 山吹さんは金の瞳で微笑む。それから山吹さんは、魔法使いが魔法をかけるように銀のスプーンで大きく円を描いた。

「魔法の扉なんだ」

 魔法の扉が、「ふしぎや」さんに――。

 翔太は、山吹さんを改めて見つめた。そのときだった。

 ちゃーいむ!

 と玄関チャイムが鳴り響き、翔太の母がお迎えに来たのだった。


 電子黒板が次の情報へと切り替わる瞬間。翔太は異世界への移動、景色が切り離されたように、今まで見ていた風景と、まるっきり変わっていたことを思い出す。 

 どこにでも通じるという、ハザマの世界。でも、誰でもどこからでも行けるわけじゃないんだ。

 翔太は改めて、野上商店ルートから道を見つけた偶然に驚いていた。

 キセキ。キセキなんだなあ。俺がハザマの世界の道を見つけたこと。

 もしかしたら、結斗君には結斗君だけが行ける方法があるのかもしれない。そんなことを考えているうち、あっという間に放課後になっていた。

「翔太君。いよいよ、いよいよだね」

 ランドセルを背負い、いかにも緊張した面持ちの結斗君が翔太の机の前に立つ。

「うん」

 翔太はうなずきつつ、

 まだだから。まだここは学校で、「ふしぎや」さんの店の前にも立ってないから。

 どきどきするのは早すぎるよ、と思った。
 一度家に帰ってから、「ふしぎや」さんの前で待ち合わせる約束をした。
 もちろん、雪夜丸ゆきよまるのおやつも持参して。

「翔太君。いよいよ、いよいよ僕も行けるんだね」

 夕風に前髪を揺らしつつ、先ほどとほとんど同じ言葉を述べる結斗君。ぎゅっと握りしめた小さな拳が、勇気を奮い立たせている、といった感じだった。

「そんな緊張しなくても。大丈夫だよ」

 たぶん、と翔太は心の中で付け足した。「ふしぎや」さんから行く方法は、翔太にとっても初めてだったので、語尾に秘密の「たぶん」が付く。

「こんばんはー」

 営業中なので、玄関ではなく店の中から声をかける。

「いらっしゃい、待ってたよ」

 金の瞳を細める山吹さん。今日の山吹さんは紫がメインのコーディネート、今日も今日とてド派手だった。
 山吹さんは、銀色に輝くごつめの指輪をはめた人差し指を、天井に向けた。

「実は、屋根裏に続く扉が、ハザマの世界の入り口なんだ」

 え! 屋根裏!

 翔太と結斗君は、目をぱちぱちさせてしまっていた。まさか、屋根裏が入り口なんて――。

「僕は店番があるから。勝手に上がっていっていいよ。なんなら、家の中探検してもいいし。うちは、面白いものがたくさんあるから」

 そんな、勝手に入ってなんて、とんでもない、と翔太と結斗君は、両手のひらと首をぶんぶん左右に振ったが、山吹さんはジェントルマンスマイルを崩さない。

「階段を上がって、二階の奥の部屋。ええと、昨日の『お別れ会』のときの隣の部屋だね。その奥の部屋の壁に、梯子があるから。その梯子を登った向こうが、ハザマの世界だよ」

「いえ、勝手に入るわけには――!」

 ずっと、翔太と結斗君は、手や首をぶんぶんし続けていた。
 山吹さんはそんな様子を、おかしそうに笑い、

「これからは、自由に出入りしていいよ。だって、君たちはスベスベマン君の友だちだし。それに」

 ふふっ、と笑う山吹さん。

「翔太君は、紅ちゃんや蒼、雪夜丸の大切な友だちだからね」

「ほえー、すごいな、『友だちパス』ですね!」

 結斗君が声を裏返しつつ、感動していた。

「扉を開ければすぐだし、帰るときもすぐわかるはずだから」

 山吹さんは、指輪をきらきらさせつつ、おまじないみたいに人差し指で空中に円を描いた。

 くるくる、きらきら。山吹さんは魔法使いだ。
 
 翔太の目には、山吹さんの人差し指の周りに、いくつもの小さな星たちが躍っているように見えていた。

「行ってらっしゃい。ハザマの世界へ」

 山吹さんは、いたずらっぽくウインクした。


 探検していい、と山吹さんは言っていたが、翔太も結斗君も、なるべく余計なものを見ないようにしてまっすぐ目的の部屋へ向かった。二階へと続く階段は、昨日案内してもらっていたから、わかっていた。
 昨日の「お別れ会」の部屋の前を通り過ぎた廊下に、なぜかうさぎとカメがダンスしているような置き物があった。

 見てない。俺は。うさぎとカメの社交ダンスなんて。

 目の端に見えたそれは、正装したうさぎとカメの華麗な社交ダンスだった。とても気になったが、見なかったことにした。

「ごめんなさい。おじゃまします」

 なんとなく声をかけてから、奥の部屋の戸を開けた。部屋の中になぜか、壺とかひょうたんとか樽とか、ザ・宝箱みたいな、いかにもこれは宝の箱です、と言いたげな風情の箱とか、よくわからないものが置いてあったり落ちていたりしていたが、全力で見ないことにした。

 俺たちは、なにも見ていません! ただの、通りすがりの子どもたちなのです!

 翔太は心の中で叫び続けていた。気になる。気になりすぎるものが、あり過ぎる。
 壁際に、梯子があった。梯子の上には、確かに正方形の、扉というか出入り口らしきものがある。

「よいしょ」

 梯子を登って扉を押してみる。まるで猫の出入り口のよう、簡単に、扉は片手で開いた。

「わ」

 顔を出して驚く。まるで穴から顔を出しているように、ちょうど目の高さくらいに地面があり、その先には――。

「シン・お化け屋敷……!」

 紅と蒼の屋敷があった。

「おお、翔太ではないか!」

 えっ。

 紅の声。驚き翔太が後ろを振り返ると、赤い和傘をさした紅、その隣には蒼、そしてその後ろから、のそりのそりと雪夜丸が歩いていた。

「紅、蒼、雪夜丸!」

 紅は翔太にもらった青い髪飾りをつけている。蒼も、翔太からもらった貝殻モチーフのキーホルダーを、帯飾りのように、帯から下げていた。
 翔太の心は弾む。

 よかった! 気に入って使ってくれてるんだ……!

 雪夜丸は、濡れたような黒い目をきらきら輝かせ、笑ったような口元をより一層笑ったように吊り上げている。三つに分かれているふさふさの尾も、それぞれ器用に大きく振っていた。

「翔太君ー、どうなってるの、僕にも景色を見せてー」

 下から聞こえてきた結斗君の声に、我に返る。ごめん、ごめんと翔太は梯子を登り切って体を地面の上に出して無事脱出、それから結斗君が出る手助けをしてあげた。

「おお、翔太! 友だちか」

 大きな目をぱちくりさせてから笑顔を見せる紅と、もう顔が全部口なんじゃないかと思えるほど大きな笑みを浮かべる蒼、それから風がくるほど尾を振る雪夜丸に、翔太は結斗君を紹介した。
 結斗君はちょっと緊張しているようだったが、少し言葉を交わしただけですぐに、いつもの笑顔に変わっていた。雪夜丸の頭をおそるおそる撫でてやり、雪夜丸が全身で喜ぶ様子を目の当たりにしたことも、より一層結斗君の笑顔を大きくさせていた。

「もうすぐスベスベマンが帰ってくるから、ちょっと買い物に行っていたのじゃ」

 紅の左手と蒼の両手には、それぞれ大きな風呂敷包みのようなもの。これから、スベスベマンのミニ歓迎会なのだという。

「後日、落ち着いてから山吹も呼んで大歓迎会をやるつもりじゃ。そのときは翔太、それから、ええと、結斗君も来てくれるか?」

 紅の問いかけに、

「もちろんです!」

 翔太と結斗君は、元気よく声を揃えた。
 それから翔太と結斗君は、お城のようなシン・お化け屋敷に招き入れられ、お茶とお菓子をいただいた。おいしさに感動する様子の結斗君。すると、ほどなくスベスベマンが帰ってきた。

「おかえりなさーい」

「翔太君、結斗君も来てくれたんだあ!」

 スベスベマンは、約束通り来た翔太と結斗君を見て、明るく声を弾ませた。

「こっちの学校は、どうだった?」

 ハザマの世界の学校は、もともと不思議な学校なので、意識体であるスベスベマンも見えるし理解しているし、ちゃんとクラスメイトとして受け入れているのだそうだ。
 友だちも、早くもできそうとのことだった。

「よかったな、スベスベマン!」

「うん……!」

 もっと話したいことがたくさんあったが、遅くなると家で心配するから、ということで翔太と結斗君は帰ることにした。

「じゃあ、大歓迎会のときに!」

「じゃあ、また!」

 紅、蒼、スベスベマン、雪夜丸に手を振って、屋敷をあとにした。
 道に出たとき、

 山吹さんは、すぐ帰り道もわかるって言ってたけど、大丈夫かな。

 こちらの世界は、太陽がこうこうと明るく照っているが、ちょっと不安になった。結斗君も、少し不安そうな顔をしていた。

「あ」

 不安はいらなかった、とすぐ判明した。

『ふしぎやさんは、こちら』

 指差す手のイラストとともに、天井裏の扉の場所を示す、木の立て看板が、堂々と立っていた。

 出るとき、気付かなかったよ。

 木の立て看板には、派手派手の電飾まで付いていた。ネオンライトのように点滅している。
 さすが、ド派手さんだと思った。

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