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【創作長編小説】天風の剣 第106話

第九章 海の王
― 第106話 熱望 ―― 

 吹雪だった。
 ついにたどり着いたノースストルム峡谷は、前が見えないほどの強い雪と風、氷の世界だった。
 守護軍の一行は、魔法を使いながらなんとか進み続けたが、これ以上は危険と判断し、なるべく風雪をしのげる大きな岩場の陰に留まることにした。

「聖なる風よ、雪よ、どうか我らの滞在をお許しください……!」

 魔導師たち、魔法使いたちが祈りを捧げる。口々に唱え、心から祈る皆のその言葉は、重なり合い、響き合い、やがて強固な魔法となり、その場を守る結界となっていく。
 完全な遮断とはいかないし、数時間ごとに魔法を練り直さねばならないが、おかげで守護軍たちのテントは守られ、厳しい気候のその場所でも、なんとか滞在が可能となった。

「よかったねー、やっと落ち着けるねー」

 ルーイが、うん、と伸びをした。ルーイも、微力ながら結界の魔法に参加していた。

「やっぱり、ここ、落ち着かないよー。白の塔より、ずっと大変―」

 花紺青はなこんじょうが、を上げる。魔の者である花紺青はなこんじょうにとって、聖地であるこの地は、やはり居づらいらしい。

「大丈夫?」

「うん。なんとか、慣れてみせる」

 花紺青はなこんじょうの目が、強く光る。もう、なんだかギンギンの目である。

「怖いよ。その顔」

「慣れて」

 花紺青はなこんじょうの体がこの地に慣れるのが先か、ルーイが花紺青はなこんじょうの目つきに慣れるのが先か――。キアランはふたりの会話に吹き出してしまっていた。
 ルーイと花紺青はなこんじょうは、なにやら小突き合い、ふざけ合いながらテントの中に入って行く。テントの入り口は、あの襲撃の晩にぼろぼろに引き裂かれていたが、すっかり魔法で修復されていた。
 キアランは、そんなふたりを微笑みながら見送る。そして、かたわらのフェリックスの首元を撫でた。

「フェリックス。お前は、本当によく頑張ってくれているな」

 キアランは、荒れた天候の中進み続けてくれたフェリックスをねぎらい、礼を述べた。フェリックスが、嬉しそうに尻尾を高く振る。

「ん」

 ふとキアランは目の端に、歩いてくるアマリアとダンの姿を認めた。

「あれ……? 二人揃って……。オリヴィアさんに話があるのか……?」

 アマリアとダンは、どこか、憔悴しきっているように見えた。オリヴィアが二人に近付いていく。

 どうしたんだろう……。なにか、ただごとではないような――。

 つい、ダンとアマリア、それからオリヴィアの深刻そうな様子が気になって、キアランは三人を見つめていた。
 嫌な、予感がしていた。とても嫌な――。
 オリヴィアと話し始めていたアマリアだったが、急にその場にしゃがみこんでしまった。

「アマリアさん……!」

 アマリアは、泣き崩れていた。
 キアランは、急いで三人のもとへ駆け寄る。

「なにかあったんですか?」

「キアランさん……。実は、父と、母……、それから、みんなも……」

 それは、ダンとアマリアの両親と親族の訃報だった。
 アマリアは、頬を涙で濡らしながらも、気丈に言葉を続けた。

「父と母から最後に受け取った手紙には、これから船でエリアール国へ向かう、そう書かれていたのですが――」

「アマリアさん……!」

 キアランは、アマリアを抱きしめていた。

 船で、エリアール国へ……。

 アマリアの言葉を、キアランは心の中で反芻していた。

 船……。

 もしかして――。不穏な想像が、心を侵食し始める。

「オリヴィアさん。キアラン……」

 ダンが、絞り出すような声で話しかける。

「――これは、ただの、船の事故とは思えません」

 結界の外の、低くうなるような風の音が聞こえる。

「身内をこんなふうに言うのはなんですが――。皆、優秀な魔法の使い手です」

 海――。海を渡る途中……。

 ダンの声が、静かに響いていた。
 今でも外では、ごうごうと、吹雪が――。

「オリヴィアさん。キアラン」

 ダンは、真剣な表情で、オリヴィアとキアランを改めて見つめた。

「私には、皆が四天王クラスの魔の者に襲われた、そう思えてなりません」

 四天王……! パール……!

 キアランの血が、ざわめく。
 ダンは、魔の者を「四天王クラス」という表現にし、断定はしなかった。
 しかし、そのときキアランは、ついにあのパールが傷を癒し、復活したのだ、そう確信していた。



 ザバアアアッ……!

 海が、割れた。
 きらきらと、日の光を受け鱗が輝く。
 それは、とても巨大な姿。

 僕は……! 僕は……!

 感動に心が震えていた。
 今まで、一時的に留まることはできたが、こんなに自由に動けたことはなかった。
 新しく広がり続ける風景。新しい世界に、胸が躍る。

 僕は、飛べるんだ……!
 
 跳ねるのではなく、初めて、空を飛ぶ。
 天に昇る竜のように、空高く上昇する。

 僕は、ついに飛べるようになった……!
 
 肺いっぱい――正しくは、肺のような働きをする器官――に、新鮮な空気を吸い込む。
 四枚の、漆黒の翼が風を切る。今までは、海の中でしか羽ばたかなかった、翼が――。
 それは、四天王パールだった。
 あの高次の存在とヴァロを食し、さらに新たなたくさんの栄養――ダンやアマリアの両親や親族、その他の魔法を使う者たちの命を含め――を摂取し、ついに四天王パールは空へ進出可能となる。
 パールの目に、大陸が映る。
 その大陸の先に、様々なエネルギーが見えた。

 おや……。あれは――。

 パールは、気付く。ある存在たちに。

 四聖よんせい。魔の者。四天王。高次の存在。そして――。四天王と人間の混ざったような――。

 そこからはるか遠くではあったが、今や強大となったパールの力は、それらの発するかすかなエネルギーの波動を感じ取っていた。
 にい、とパールの口の端が吊り上がる。それは、残酷なまでに美しい微笑み。

 覚えているよ……! 僕は。君たちを……!

 忘れない、そう誓ったあの者たち。もう一度会いたいと熱望したそのエネルギーの持ち主たち――。

 今、会いに行くよ……!

 パールは、空を駆ける。
 恋に身を焦がすような、熱い欲情のままに。

 今度こそ、みんなを食べてあげるね……!

 懐かしい顔ぶれのいる、エリアール国を、目指し――。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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