愛とためらいの哲学
読んだ
私には足りないものが多すぎるんだと思って。
愛とは。。
「愛するということ」
エーリヒ・フロムの本を1年位前に読んだけど難しくって分からなかった。というか、咀嚼出来なった。理解に苦しんだ。
結局、
愛とは?愛することは分からないまま。
1.なぜあなたの恋愛は「幸せ」をもたらさないのか
2.結婚と子育ての困難について
3.人を愛するということはどういうことなのか
4.幸福になるための「愛する技術」
早く4章へ行きたくって仕方なかったけど、性格上順を追わないと気が済まないのでそのまま読む。
(読んで正解、というかそういう風にちゃんと書籍は出来ている。詳細だけ摘まみたければYouTubeでもって話)
正直、愛するって私は言語化できないし、それが正解かも分からないし。
人それぞれなんじゃないかなぁって思っていたんだけど、ちゃんとそこにあった。
『もしある女性が花を好きだと言っても、彼女が花に水をやることを忘れるのを見てしまったら、私たちは花に対する彼女の「愛」を信じることは出来ないだろう。
愛とは、愛する者の生命と成長を積極的に気にかけることである。
この積極的な配慮のないところに、愛はない。』
目から鱗というかわかりやすい。そうだ。そうだ。
母親から子供への愛を見て入れば、
自分が幼き頃に感じたことを考えれば分かるのに、知っているのに
私はそんな簡単なことを忘れている。
自分に失望する。
相変わらず、ギブアンドテイク
とかほざいている。
そういう次元ではない。
そういう考えでなない。
一度思ってしまった思考から(書籍ではライフスタイルと言っていた)脱却、思考の変更は難しい。
仏になった気で、愛する人に接するしか、
私には即効性の薬はない。
人は分かり合えない。
気になる人っていう段階で
その人の好きなもの(私は音楽が多いかな。)に興味を持つ⇒その人を知る
それが共感につながる
共感することが大事。
相手に興味を持つことが大事。
長く一緒にいれば、相手を理解していると思いがち。
分かるはずがない。何年経っても。
同様にわかってもらえるはずがない。私にしか分からない、知らない感情、考えなんだもん。
人は分かり合えない。
他人だもん。
分かっているのに、近づけば近づくほど、
これを忘れてしまう。
分かっているだろうと甘えが発生する。
大事なこと。
毎日当たり前に過ぎていく。
それではダメだ。
感謝を。
黙っていれば何も伝わらない。
黙りがちな私に、、、、、痛い章
だってこんな悪質な意見の私、嫌われるんだろうな。嫌われたくないから言わないでおこう。意見を合わせておこう。
って思う。
自身がないから、素の自分を出せてないから。
良くない。
分かってる。
分かってるよ。
喧嘩になるのが分かってるから、傷つけたくないから、
未来ばっか想定している。
今を生きないと。
今、一緒に時を
『愛の関係において真のパートナーになれる人には、その愛になんの理由もないのに打算も存在もしません。真のパートナーになれる人は、自分にとって利益となるかならないないのかでパートナーを選択するとこはないということです。』
「今ここを生きる」
マインドフルネスで散々出てきたワードにここでも出会う。
そういう事なんだな。。。
存在を大切に、
当たり前に思わず、過ごす。
『ですから、今は愛する人がいるのであれば、先のことを思って不安にならず、日々よい関係を築く努力をしましょう。そのような努力をすることが生きる喜びになるのですから』
まだまだ、ただ本を読んだだけでは到底
愛するということの理解は出来ない。
出来たら苦労しない。
死ぬときに、失った時に気が付くのかな、無知なわたしは。
(こう理由つけるのは、自身がないから。なんだろうねw)
まだまだ
成長過程。。。
愛するって難しい。
明日
君に会ったら、ハグして、話を聞いて、、、
早く君に会いたい。
BGM:Cocco
遺書。やわらかな傷跡、結い