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【第2回】喘息少年は夢を見る。【ぬ】懐旧のクリスマス・デイズ(728P)

「私ね、冬の山が好きなんだ」
 なーちゃんは白い吐息を漂わせながら言った。
「春とか夏の山はさ、たくさんの葉っぱで覆われてるけど、冬の山はもう落ちちゃってるでしょ? 何にも隠さないでさ、ありのままの自分を見せてるのかって思うと、なんだか憧れちゃうなあ。スーちゃんもそう思わない?」
 振り返った彼女の笑窪は病院で見たときよりもずっと健康的で、ふっくらとしていた。
「僕にはよくわかんないや」

喘息で入院したのは、小学二年生のクリスマス・イブの数日前だった。
相部屋になったのは、五年生の女の子「なーちゃん」。
間違いない、僕は冒険をした。クリスマスを知らない「なーちゃん」に、プレゼントを届けるために。

初めましての方は初めまして。そうでない方も初めまして。今田ずんばあらずです。
『あめつち』語り、第2回目は
【ぬ】懐旧のクリスマス・デイズ(728P)です。

喘息が再発した。

最近、喘息が再発してしまいました。11月の初旬に喉風邪にかかってしまったのがその発端です。喉の腫れがひくと咳と鼻水がめちゃくちゃ出てきて、鼻水が収まると、ひたすら空咳が続くわけです。
この空咳というのが、ここ最近の「喘息」な症状でして、気管支がざらざらした感覚がいつまでも続いて、「正しくない」呼吸をしたり、臭いの強いものを吸ったり、声を出したり、飯を食べたりするとゴホゴホするんです。

慢性的な喘息は大学時代に何度かあったきり、最近は発症していなかったんですけど、ここにきてついにやってきました。諦観です。
(もっとも、急性的な発作は年に1、2回起こるんですが、慢性的なものは久しぶりなのでした)

そして、喘息になってふと思い浮かぶのが、この作品、
「懐旧のクリスマス・デイズ」なのです。
この作品に登場する「僕」と「なーちゃん」は、喘息を患っているのです。

ただ、「僕」ならびに「なーちゃん」の喘息は、今の自分が仲良くやってるそれとは、明らかにレベルが違います。
そして、その明らかにレベルの違う喘息こそ、僕が幼いころにずいぶん苦しめられた「喘息」なのです。

喘息と、虚弱少年ずんば

さてさてそんなずいぶん苦しめられた「喘息」というものがどんなものなのか。
喘息持ちの方、あるいは元喘息持ちの方であれば(加えてそうした方の看病をしたことがある方なら)、その苦しさは察することができるかと思います。
しかしながら、喘息をよく知らない方も多くいらっしゃることでしょう。
「懐旧のクリスマス・デイズ」には、喘息の苦しさを端的に綴った文章があります。

 まるで地獄のような時間だった。息を吸おうにも気管が締まっていて、一呼吸するのでさえ多くの体力を使う。
 喘息の苦しみは大きく分けて二つある。一つは長さ一メートルのストローに例えられる。一方の穴を口にくわえ、もう片方は水面に付ける。あなたはストローからその水を飲まなければ生きられない。一呼吸したら、もう一度水面から吸い出す。その永遠にも思える反復が精神を蝕んでいく。
 もう半面の苦痛は無理に吸い込もうとすると発生する。もしも欲張って最大限の酸素を肺に取り入れようとすると、喉の奥の方にある液体のような、埃のようなものが肺に侵入し、むせこんでしまう。喘息疾患者の全てがこれを持っているのかどうかは定かじゃないけど、少なくとも僕はいつもこれで苦しんだ。生きるためには、吸う空気をむせる寸前の量に調整しなければならない。

『あめつちの言ノ葉』「懐旧のクリスマス・デイズ」(732P)より

喘息がひくまで、何十分か、あるいは何時間かは定かではないですが、その間、ひたすら呼吸をします。とはいえ引用にもあるように、めいっぱい吸おうとすると咳込むので、ひたすら調整調整調整です。細くなった気管支で、浅く多くを永遠に続けるような感覚です。
だから僕は、生きるために息をするということを、熟知しているのです。

幼いころの今田ずんばあらずは、それはもう貧弱すぎる少年でした。
幼稚園から小学校低学年くらいまでは、月に1度は病気で欠席するマンでした。#でも身体を動かすのは好きで、遊んだらぶっ倒れるを繰り返してた覚えがある
だからこう、なんといいますか。「皆勤賞」で表彰される子たちが羨ましくて仕方がなかったです。

そんなこんなで、虚弱な自分を心配してくれた親が、体力をつけさせるために水泳や野球のクラブに入るよう、あれこれしてくれたんだと思います。
ただし僕は妙に頑固なところがあって、無理やり入れようとしても頑なに拒んだことでしょう。両クラブに入る唯一無二の理由は、先に兄が入っていたから、だったりします。
この、無類の兄好きなところが、【お】影法師を踏む(970P)を書く土壌になっているのは言うまでもありません。

……脱線してますね。閑話休題。
「懐旧のクリスマス・デイズ」は、喘息で苦しめられた過去の自分を思い返して、そしてそれを作品として綴った作品、ともいえるわけです。

「懐旧のクリスマス・デイズ」ってこんなお話

これを書きはじめたのは2011年12月24日、文字数約14365字の短篇です。
第三章「過去からの脱却」に収録されております。
また、『あめつちの言ノ葉』のほかにもいくつかの作品集に収録されています。
◆初出は『~綴~第九章』(文藝サークル~綴~名義/2019年2月)
◆短篇集『射場所を求めて 大学の章、一』(ドジョウ街道宿場町名義/2013年11月)
◆短篇集『翼の生えたオランウータン#とは』(同上/2015年3月)

どれも現在は入手不可能な作品集ではあるものの、多くに収録していることからも、当時の僕はこの作品をずいぶんと気に入っていたことが伺えますね。

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ちなみに初出『~綴~第九章』のウラ表紙は、僕の代表作『イリエの情景~被災地さんぽめぐり~』シリーズの表紙イラストを手掛けてくださったkagati先生だったりします。
不思議なめぐりあわせですが、〈文藝サークル~綴~〉の話は、また別の機会にゆずりまして、「懐旧のクリスマス・デイズ」の話に戻りましょう。

大学1年生の「僕」は、生まれて初めて、東京で冬を過ごす。クリスマス・イブまで間もないある夕暮れ、池袋駅西口を歩いていると、アンケートをする女性に声を掛けられる。
「もうすぐクリスマスですね。子供の頃のクリスマスの思い出ってありますか?」
その問いかけに、「僕」は幻滅をするものの、彼はふつふつと思い出をよみがえらせる。
なぜなら「僕」の唯一ともいえる親友は、クリスマスと切っても切れない関係があったからだ。
あれは小学2年の冬、喘息で緊急入院した、あの日――。

といった具合で、この物語は回想シーンに入ります。
そして、その9割近くを割いて、親友「なーちゃん」と過ごした日々を振り返る、という内容です。

「なーちゃん」とは、緊急入院した病院で知り合うのですが、彼女の元には、一度もサンタさんが来たことがない、という事実を知ります。
二人は退院後も交流が続き、そして翌年、「僕」は家の中でかくれんぼをしている途中で、なんとサンタクロースの衣装を見つけてしまいます。「僕」は思い立ちます。
僕がサンタさんになって、プレゼントを届けるんだ……!

果たして「僕」は、「なーちゃん」へプレゼントを届けることができるのでしょうか……!?

切り売り、切り捨てたもの

『あめつちの言ノ葉』第三章「過去からの脱却」の作品は、これまでに書いてきた作品たちの存在を否定し、同時に自分自身の経験・体験を切り売り(切り捨て)することで物語を生み出していく傾向にあります。
これはもちろん「懐旧のクリスマス・デイズ」にもいえることであります。

では「懐旧のクリスマス・デイズ」で切り売り(切り捨て)した自分自身の経験・体験とはなにか。

3つ、あります。
◆喘息、そして虚弱な自分自身
◆少年時代の風景
◆初恋の子との楽しい思い出
この3つを葬り去ることで、この作品はできあがったのでした。

最初の「喘息、そして虚弱な自分自身」ですが、これは先に述べたように、物語のベースがこの喘息から始まっています。

次の「少年時代の風景」ですが、これは作中の情景描写が、僕が小学生の頃に見てきた風景をもとにして描かれているからです。
このnoteの冒頭、「私ね、冬の山が好きなんだ」というセリフがありますが、この「山」は明らかに、平地から見る湘南平を想起しながら書いていますし、その他多くのものや風景が、少年時代の僕がよく見てきたものを題材にしています。

そして最後の「初恋の子との楽しい思い出」は、「なーちゃん」という人物が、僕の初恋の人をモデルにしている(いつの間にかそうしてしまっていた)からです。
この初恋の子は、第三章「過去からの脱却」最初の作品「雲に恋をした少年の物語」に登場する「初恋の人」とイコールです。唯一異なる点は、「雲に恋」の「初恋の人」は中学生(あるいは高校生)である一方で、本作品の「なーちゃん」は小学生である点でしょう。

「喘息」「風景」「初恋の子」……この3つの経験と体験を、「大学時代の僕(=過去からの脱却を試みる時代の僕)」が昔懐かしむ。
「懐旧のクリスマス・デイズ」の作品構成は、こんな具合になっております。
そして、作品にした経験・体験は、「もはや過去のもの」として切り捨て、捨て去り、生まれ変わった自分として別の作品を手掛ける……。
そうできていたら、もしかしたら僕の人生は少し変わっていたのかもしれません。

しかしながら、以後も僕は、過去の経験と体験の切り売り(切り捨て)を継続していきます。

【す】射場所を求めて(834P)では高校・大学時代の明るい部活動/バイトでの出来事を、
【ゆ】うわ言ステップ(884P)では中高時代の残滓を、
【る】偶像パラライシス(948P)では、小中高大時代の残滓の残滓を、

そして最後の最後に残った滓が、大学卒業制作で手掛けた中編小説
【お】影法師を踏む(970P)に至るのです……!

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1500ページで振り返る、ひとりのもの書きの生きざま。
『あめつちの言ノ葉』
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(2022/06/25追記『あめつちの言ノ葉』完売しました!)

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