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【第十一回】チェケラッチョ・マイ・ティンティン『グランド・フィナーレ』

「・・・そう考えるとやっぱり合点がいきますよね。あぁこれが最先端のユースカルチュアなんだって。確実に感性が変わってきてますよ。下の世代は」


 都内某所。スウィートルームでゲロルシュタイナー片手に高城康は、「男のライフスタイル・マガジン」web版担当にエンタメ業界の「地殻変動」を喧伝していた。


 とはいえ、喧伝しながらも脳内では別の思索をくゆらす。それがこの男の真骨頂といえば、ピンとくる読者もいるのではなかろうか。そう、概して成功者というものはそういった習性とともにこの混迷極める現代社会を軽やかに乗りこなしていくものなのだ。いまは亡き北沢がそうであったように。

 ははあ、なるほど人生とはかくもちょろいものなのか。なぜ目の前にいる男はこんな表層的なおべんちゃらに膝を打ち鳴らし続けているのだろう。


 思い出すわー、ゼロ年代初頭。番組の企画でアフリカ滞在時、現地人が謎の楽器をこんな感じにパーカッションしつつ歓迎してくれたっけ。メシはまずいわトータル不潔だわで全然「ウルルン」しなかったけど。

「・・・とはいえ場所性、時代性が剥奪されたからこそ、継承と発展は強調されて、しかもワールドワイドに行われてくわけなんで、そこから何が生まれてくるか、一表現者としてはめちゃくちゃワクワクしてますよ。当たり前じゃないですか。結局キメラが一番面白いんだから。・・・けれども、若い方々にはこんな老害の意見はガン無視していただいて(笑)
とにかく自由にやってほしいなって。それだけですね、ホントに」

 取材人が撤収し誰もいなくなると、室内は妙に静けさを取り戻した。己の背を優に超える窓ガラスには、真っ白な曇り空と雑多な東京が広がる。ここに至り、全裸で立ち尽くす高城はついに振り返るのだ。今までの全てを。もしかしたら無駄だったのではという疑念と、いやそんなことはないという自負がないまぜになってゆく。それをかき消すかのように彼は傍にあった林檎にかじりつき、笑みとともに二酸化炭素を吐き出した。

 まぁいいさ。

 部屋の扉が叩かれたのはその時だった。とりあえずバスローブに身を包み来客を確認すると、果たしてそれは長嶋貞治であった。


 え、どしたん?という高城の問いかけに対し、長嶋は拳で答える。普段は革靴やヒールの奏でる音を吸収する絨毯も、臓物が引きずり落とされる際のノイズはキャンセリングできなかったらしい。朦朧とする意識の中高城は再び、え、どしたん?と漏らし絶命した。


 その通り!長嶋はついにあらゆるしがらみから決別を果たしたのである。というのも遡ること一時間前、会合の主宰者より、大国から核ミサイルが発射された、これをきっかけに世界はキノコ雲に包まれる、ついては長嶋くんに世紀末で私の腹心になってくれとのオファーが発せられたのだ。


 だが、少し冷静になって考えてみて欲しい。秩序が崩壊し、あらゆる暴力が許されようとしつつあるこの状況で、あの長嶋が一富豪の子守りだけをして生きながらえるなんてことがあるだろうか。ただひたすらに最強を目指すあの生き物が!


 一方、週末を迎えた忍-shinobi-はコテージにて、束の間の休息を満喫していた。今日は死ぬのにもってこいの日だな、なんて思いながら。キッチンでは愛する人がルヴァンにイクラやアボカドをのせている。それを横目にビール瓶を傾ける。食べるラー油も合うんじゃないのって言ったら、合うわけないでしょ、馬鹿じゃないのなんて叱られてしまったが、それもまた心地よかった。ようやく解放されたのだ、幼少期から続く暴力のスパイラルから。


 初めて殺したのは、自分を棄てた親だった。里に拾われた子供は、歳が10を数える頃、親を、親が存命でなければ同期の一人を手にかけねばならない。それが代々続く掟だった。


そういうわけで、二番目に殺したのは一番仲の良かったみなしごだった。前者は泣きわめき、後者は笑っていた。


 三、四、五番目も同期だった。五番が奇声をあげ斬りかかってきた際には、とうとう別の哀しみに襲われた。あ、俺舐められてる。


 そこから先はずっと隠密と芸能、二足の草鞋を履く生活で、お茶の間に笑顔を届けながらも里の指令に従い続けてきた。CMの最中に抜け出して始末したこともある。この前亡くなった北沢庄司、彼の親父に禁術を放ったのだって、実は里の要請によるものだったりする。そういえば庄司くんはなぜ死んじゃったんだろう。うどん食べ過ぎたらしいけど何を血迷ったのか。ひょっとすると俺に親父を変貌させられたダメージがここに来て臨界を超えたとでも?そんな懸念を報道後しばらく忍-shinobi-は抱えていたわけだが、核戦争が起きるらしいので各自生存に努めるように、と里からの伝令を受けた瞬間、全てがどうでもよくなり、何も知らぬ妻と山奥まで車を走らせたのだった。


 彼女には怖い思いをさせず旅立って欲しかった。どうせ生き延びたところで。


 ふと携帯を見れば、核、確定なのでよろしくという続報が。忍-shinobi-は決心したようにビールを飲み干すと、マグロのペーストを塗りたくる妻を後ろから優しく抱き締めた。身をよじりながらも拒絶することはなく、彼女はバターナイフをさばいてゆく。


 このままフィナーレか。そう思った矢先ふと窓に目を向けると、主宰者をはじめとする要人、そのボディガード達の返り血を浴びた長嶋が外に突っ立っていた。そうなった以上、忍-shinobi-としてはそのまま妻の秘孔を突かざるを得ない。その様は傍目から見ても、お前に殺されてたまるかという気概に満ち満ちていた。


「お前何人殺した?」


 この問いに長嶋は沈黙を貫く。代わりに答えるなら、少なくとも、会合の参加者は全員滅ぼされた。犠牲者一人一人の最期をドキュメントする余裕はないので、殺戮の途上に生まれたとある衝撃的な辞世の句を紹介するに留めよう。


「これはマジで損gone(INUZINI)」


 対する忍-shinobi-は、いったいどのような最期を迎えたというのだろうか。ここまで読み進めてきた読者諸氏にとり、それは想像するに難くないはずだ。


 ともあれ、これをきっかけに長嶋が、極東の伊賀からI・G・Aへ、いまや世界中に版図を広げる暴力装置の標的となったことに疑念の余地はなかろう。実際、全てが焼き尽くされた世の中で、長嶋の命を狙う者は後をたたなかった。


 生き残ってなお、いや、生き残ったからこそまるでスポーツのように命の奪い合いをする子供達は、踵まで灰が降り積もったスクランブル交差点やユーラシアの平原を駆け抜けて行く。そしてこの運動体は、たちまちセンセーショナルなムーブメントへと発展し、各地に福音をもたらしてゆく。そう、ここへ来て人類は、死生観についてのパラダイムシフトを経験する。


 どう生きるかではなく、いかに死ぬかが問題となった民は、I・G・Aや長嶋など、自らの「崇拝者」に殺されることをこそ希求するようになった。つまり、語弊を承知で言わせてもらうなら時代がやっと長嶋に追いつき、王 長嶋を生み出したのだ。


 結末は言うだけ野暮というものだろう。しかし、ひれ伏す民を前に祝辞とでも言うべき咆哮を放った彼の姿をここで記さざるにはいられない。恍惚の態で民は、それをこう聴き取ったはずだという期待を込めて。

チェケラッチョマイティンティン
これが俺のアイデンティンティン

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