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【第九回】チェケラッチョ・マイ・ティンティン『北沢死す』

「ねぇ、うどん粉って知ってる?」


 うどん粉はパスタとは違い、非合法だ。あの有名なミュージシャンもこれで捕まった。


「そっか、意外にやってんだね。AYAMEちゃんは「かけ」派?それとも「もり」派?俺は両方!笑。。。の前にちょっとトイレ行って来るわ」


 それをいつ誰が発明したのか未だ明らかにされていない。いつのまにか出回っていた。パスタよりも幻覚作用が強く、ホームセンターに行けば材料のほとんどを入手できるため、貧困富裕の区別なしにあらゆる層へと爆発的に広まっていった。


「あ、ごらん外、グレートバリアリーフだよ。すいませーん。ここら辺ゆっくり旋回できます?ありがとう」


 その時私はじめてバリアリーフ見て、あの光景今でも忘れられないですね。鮮明に憶えてます。本当に綺麗で。月並みですけど、ここが楽園なんだなあって。でもまさかあの後あんなことになるなんて。私、バリアリーフに見入っちゃってて、気がついたら北沢さんシートにもたれかかってて。最初は寝ちゃったのかななんて思ってたんですよ。だけど違った。せっかくのバリアリーフなのにもったいないって思って揺さぶったらそのまま床に倒れこんじゃって。機長さんに早く引き返してくださいって叫んでました。空港まではたぶん十分もかかんなかったと思うんですけど、気分的には永遠に続くんじゃないかってぐらい長くて。涙ボロボロ流しながら彼のそばにいました。


「あ、木村(ジャーマネ)?いまだいじょぶ?えぐいえぐいやばいどうしよ。あのさ、いま北沢と旅行してんじゃん?なんか急に空飛ぼうって言われてバリアリーフ見に来てんだけどさ。あのバカ空でうどん食いはじめて、それで、ODしちゃったのかわかんないんだけど、息してないんよね。どうしよ。死んじゃったかもしんない。うん、まだ空。いま飛行場引き返してるとこ。だいじょぶ。うん、あたしは食べてない。ごめんね。うん。ごめんありがと」


 正直言ってショックでしたね。まさか北沢さんがあんなものに手を出していたなんて。普段はとても温厚で、とにかくスマートっていう印象を持っていたので、疑うことすらしませんでした。やっぱり付き合って二ヶ月ぐらいじゃ相手のことをまるきりわかるなんて難しかったのかなって。


 でも、彼は結局罪を犯していた訳なんですけど。いいのかなこんなこと言っちゃって。まぁもうだいぶ経ちますから正直に言っちゃいますけど、短い間ではあったんですけど、北沢さんからはいろんな体験をプレゼントしてくれて。いまの私ってやっぱり彼抜きではあり得なかったんじゃないかなって。そう思います。当時は記者の方とかネットとかでいろいろ書かれちゃって、大切な人を急になくしちゃったのもあって、疲れちゃって、しばらく引きこもってたんですけどね。でも半年ぐらい経った頃ですかね、これじゃダメだって。自分を待ってくれてるファンの方々はもちろん、私の世界を広げてくれた北沢さんのためにも、がんばんなきゃな、恩返ししなきゃなって。いまもたまに、あの飛行機から見たバリアリーフがふっと頭をよぎるんです。その時はもうちょっとがんばろうって気になるんですよね。


「向こうの警察にはお金包んどいたからさ、国外でホントよかったよ。だからそんな暗い顔しなさんなって。オッケー?実はこれ俺チャンスだと思うんだ。まぁ最初は、どうだろ、まぁ半年くらいかな、そんぐらいは我慢してもらわなきゃだけど、そっからAYAMEちゃんは演技派になるの。最愛の人、北沢さんの裏切りと死によって演技に深みが出てくるの。ぴったりの役を用意できるよ。正直さ、こんなこと言うのもあれだけどモデルとドラマだけじゃきついっしょ?CMも最近減ってきちゃったじゃない。まぁそれが普通なんだよ。あれは世代交代せざるを得ないもんだからさ。もちろんバラエティ行けば変わるよ?でも。そうだよね、無理だもんね。だから遅かれ早かれAYAMEちゃんは乗り換えなきゃいけなかったんだよ。むしろいいタイミングだったんじゃないかな。AYAMEちゃん埼玉っしょ?実は俺も埼玉なんだけどさ、あそこらへんの電車で終点まで行ってみ?なんもないぜ?だったら大宮とか浦和とかいい塩梅で降りちゃった方がいいんだって。大丈夫大丈夫、全然心配することないって。あとは、ちょっとこれはお手数かけちゃって恐縮なんだけど、AYAMEちゃんと家で食事したいっていう人がいてさ、これには付き合ってもらわないと困るっていうかさ。ごめんねー。よろしく」


 北沢くんとは仲良くさせてもらってましたよ。出会いはなんだったかなぁ。きっとなにかの会合、じゃねーやお食事会だ。そこで会ったのが初めてだったんじゃないかなぁ。気さくで穏やかな人でね、すぐに仲良くなって、そいでほら彼のとこプロジェクションマッピングやってたでしょう?早速道玄坂の舞台演出お願いして、プライベートでもちょくちょく飲むようになったんだよね。


 もう全然気づかなかったね。ほらよく言うじゃない。やってる人は挙動がおかしくなるとかさ。全くないのよ。今でも鮮明に憶えてるけどさ、彼が死んじゃったって知った時、僕次やるパセイベの企画立ててたの。したら急にマネージャーから電話きてさ。あとはよくある話よ。テレビつけてくださいって言われて、なんともなしに入れたらテロップ出てて。ほんと、何かの冗談だと思ったね。金属バットで頭ぶん殴られたみたいな感じっていうのかな。もう放心状態よ。そっから1週間はなんも手につかなかった。


「観てる観てる!これマジなん?やっべーあっつー。(中略)マジで?話って何よ?ふーんまぁ最近落ち目だったしね。まぁ全然やれんことはないんだけど。とりあえずさぁ、木村さんだっけ?そいつの方でいいから連絡先教えてよ。俺が話つけとくわ。うん。おっけーい。でもあいつってそんなに「のびてた」んだっけ?たまにやってるとは聞いてたけどさ。あーそうなん?結構そんな感じだったんだ。え?俺は大丈夫だって(笑) つーか試しに一回食っただけだし。やっぱ俺あれ向いてないわ。てか「のびる」やつ多すぎてひいてる。え?いやいやむしろ逆でしょ。うどんはやばいけどこっちは国が保証してるわけじゃない。こっからもっと伸びるでしょ、え?ややこしいな(笑)、こっからもっと売れてくと思うよ。ちょっと俺この企画がんばるわ。この展開はあつい。あつすぎる。もう切るね?ちょっとのってきた」

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