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【読書感想】正欲/朝井リョウ

海外駐在に帯同するということは数年後に戻ってくるということで、
すなわち賃貸住まいだった我々に日本の家はなく、物をむやみに増やせない状況が続いています。

そこで救世主となってくれたのがkindle paperwhiteでした。
この子さえいれば、日本の本が手に入りにくいor定価より高いという土地に行っても、気の赴くままに読書ができる…!
文明と、プレゼントしてくれた夫に感謝です。

先日、『正欲』朝井リョウを読了しました。
本の帯や書店のPOPでは「問題作」「衝撃作」との謳い文句が目につきましたが、たしかにこの作品を読んで心臓のイヤ〜なところを引っかかれる人はいるのだろうなと思いました。

※※以下、本編の内容を含む感想です※※


本作は、ひとつの事件をゴールとし、複数人の主観視点からそこに至るまでの物語が進んでいきます。
タイトルにもあるとおり、主題は「欲」。
大きいテーマは「性欲」と「正しい存在でありたいという欲」の2つになるかと思います。
「性欲」が他の欲と異質に取り上げられるのは、その対象の嗜向性にあるのかなと思いました。

マジョリティに属する人間が、マイノリティと相互に理解しあおうと手を差し伸べようとするも、その実マジョリティの定義する「マイノリティ」とは「みずからの理解しうる範囲にしか存在しないものしか認めない」ものであるという無意識のグロテスクさ。

「どんな人間だって自由に生きられる世界を!ただしマジでヤバイ奴は除く」

いまの社会には、性的嗜向のみならず上記のような歪みは数多存在します。
それらの線引きをするのが法律であり、世間であるということもわかります。
「マジでヤバイ奴」サイドからしたら、そんな世界クソ喰らえ、お前たちの「正欲」を満たす道具にするな、と言いたい気持ちも、まあわかります。

欲だけにフォーカスすると、たしかに他人に自己開示できないマイノリティが孤独を感じてしまうというのは、本書の佐々木や桐生を見ていても明らかですし想像に難くありませんが、「自己開示できない孤独」は、果たして性的嗜向に限ったことなのでしょうか。

これは私個人が人類を信用していることに基づく確信めいたものなのですが、おおよそ人間は誰しも「口に出したらヤバい思想」というものを、少なからず頭によぎらせたことぐらいはあると思うのです。性、食、社会、犯罪、仕事、結婚、学歴、ルッキズム、人間関係、親子関係など、トピックスは何であっても。
ある一点については異常(≒マイノリティ)な考え方を潜在的に持っていても、それを表立っては出さないし、共有したいとも思わない。その一点以外においては常識的(≒マジョリティ)であり、生活に支障をきたすわけでもなければ、他者とはその他の部分で理解しあい繋がればいいので、当面の孤独感に苛まれることもない。

そんな人ってたくさんいるんじゃないの?

読み進めるにつれて(足はパーティに向かうものの)内に内にと塞ぎ込む諸星を見ながら、その切実さを身に迫って感じるにつれ、どんどん心が冷えていくのを感じました。
しかし同時に、そうして冷ややかな姿勢に構えてしまう自分もまた「わかったような顔をして安易に繋がろうとする」八重子と同じような感覚なのだろうなとも思い、ばつの悪い気分にもなりました。

八重子にしても、相手の抱える孤独の解像度が低いまま、しかも己の嗜好対象である相手に土足で距離を詰めようとしているところは相手からすれば気持ち悪いのは当然で、2人がわかりあうことは土台無理なのですが。

そして「正」は本来その定義すら不可能にも関わらず、「欲」を制すべく振りかざされており、法律という形をとらない個人の中の「正」は暴力的なまでに自分勝手に至るところに存在している点も印象的でした。

特に、田吉のように、「正欲」がないかと思われるほどみずからを「正」と認識しきっている人はたくさんいると思います。

異質なものは「キチガイ」として排除する。キチガイを排除することで自らが「正」側の人間であることを浮き彫りにする。
そしてまた、田吉のような人間に眉をひそめそうなよし香や八重子も、自分たちが受け容れられるマイノリティと繋がることで自らが「正」側の人間であることを証明しようとする。皆が「正」の輪廻の渦中にいるという様相は、醜いけれどとてもリアルです。

桐生への尋問の中で、「正」をよりどころに生きてきた寺井の中の「正」そのものが崩れ落ちそうになるところも息を呑む展開でした。

「社会の正」が救いにならず、意味をなさない桐生と佐々木にとっては、お互いの「いなくならないから」こそが希望なんだなと切ない気持ちになりました。


やはり読書感想文って難しい。
断片的な感想は出てきますが、その一つ一つはいまいち自分の中でも整合しないように感じられ、なんともよくない気分です。
定義しえない「正」を求めてうごめく人々の物語を読んだから、と、本のせいにしてしまいたくもなったのでした。

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