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【読書感想文】『マイノリティデザイン』澤田智洋 著(ライツ社) 

 コピーライターとして活躍していた著者が、生まれた息子さんの障がいをきっかけとしてキャリアを再構築し、「ゆるスポーツ」という社会の新しい「場」を創出するまでの苦悩と挑戦が丁寧に書かれていました。私はエンジニアなので広告業界で働いているわけではないけど、業界の垣根を越えた著者の生き方に感化されて、自分自身の生き方を再考する機会を頂きました。環境が変われば価値観も変わり、自分で生き方を決めていけるのだと改めて思いました。生き方には無限の可能性があり、同じ時代を生きている著者がリアルタイムで挑戦している姿に惹きつけられました。また、私達の価値観は環境によって強く規定されるので、意識して「場」を整えていく必要があると気づかされました。

 本書では”マイノリティとは、「社会的弱者」という狭義の解釈ではなく「社会の伸びしろ」”と述べられていました。著者の「弱さを生かせる社会」を創出する活動を知ることで、このマイノリティの捉え方がとてもしっくりきました。また著者は「だれかの弱さは、だれかの強さを引き出す力になる」とも述べていました。著者の実体験を通して得られた教訓を活字として読めるのはとてもありがたいと思うとともに、私は本書から共存共生の社会を実現するための方法論の一例を学ぶことができました。著者の姿は、アメリカの社会福祉活動家ヘレン・ケラーを支えたアン・サリヴァンの姿とも重なり、現在社会で大きな存在だと思います。

 本書はどの世代が読んでも得られるものは多いと思います。「マイノリティ」というキーワードに興味がある人はもちろんのこと、まだ「マイノリティ」という言葉にピンとこない人にもお薦めです。特に著者がキャリアの再構築を進めた年齢と同じ30~40代の読者には視野を広げる考え方を多く学べると思います。ある程度の業務を自分一人でこなせるようになったけど、「社会」という視座で自身の仕事を捉えた場合、現状のままでも大きな不満はないけど本当にこのままで良いのだろうか、大きな可能性を見過ごしているのではないだろうか、という漠然とした疑問を感じ始めた世代。仕事の成果物が大量生産・大量消費の社会の中に埋もれていくことにちょっと疲れていて、持続可能性のある方向に舵を切ることができないかと模索し始めた頃。そういったフェーズの人には特にお勧めです。

 家族の状況を鑑みて、著者は仕事の方向性を下記の3つに絞る決断をしました。この方向性は、どの職種の人にとっても自身の業務を見つめ直す評価軸の一例になると思います。
(1)広告(本業)で得た力を、広告(本業)以外に生かす
(2)マス(だれか)ではなく、ひとり(あなた)のために
(3)使い捨てのファストアイデアではなく、持続可能なアイデアへ
詳細な内容は本書に譲るとして、この方向性に辿り着くまでの紆余曲折も本書では語られていたので、思考の遷移を疑似体験することができ非常に参考になりました。また、「言葉」を扱う業務と長年向き合ってきた著者が紡ぎ出した言葉達には不思議な魅力があると感じました。

 著者はスポーツが苦手だそうです。著者は福祉の世界で「医学モデル(自分に原因があると捉えて自分自身を健常者化することで課題解決を図る方策)」と「社会モデル(社会に原因があると捉えて社会の仕組みを変えることで課題解決を図る方策)」という考え方に出会い、スポーツ音痴を「スポーツ弱者」と捉え直し、だれもが楽しめる新しいスポーツを創出するに至ったとのことでした。スポーツのルールを再構築するということは、特定の価値観に依存しないで他の価値観も認めていく姿勢に繋がり、非常に大きなブレークスルーだと感じました。そして、弱者でも楽しめるスポーツの法則として「負けても楽しくて、みんなと共有したくなり、笑えるスポーツ」ということに気づいたとのことでした。再現性のある法則を導出されたのは、さすがの一言に尽きます。懸命に向き合っているからこそだと思いました。時にはテクノロジーの力も借りて、スポーツ用具の開発から着手されており、著者の情熱は尽きることがありません。そして、その情熱が社会に大きなうねりを創りだしていく。読んでいて熱い気持ちになりました。

 本書では第五章で「マイノリティデザインのつくり方」と題して、著者の経験から普遍的な法則を導き出し、読者が一緒にエコシステムを具現化できるように多くの手助けをしてくれています。生態系をつくる、という発想がとても面白いし、この考え方は様々な仕事に通じる内容だと思います。エンジニアリングの分野ではプラットフォーマーになることが大事であると盛んに叫ばれているけど、なかなか捉えどころがなくて私自身は悶々としていました。でも、本書では「生態系をつくるフレームワーク」は「ピンチ、フィロソフィー、プラットフォーム、ピクチャー、プロトタイプ(PPPPP)」と提示されており、悶々としていた思考がクリアになりました。そして、仲間を集める際に、このフレームワークの各段階で惹きつけられてくる人達が変わってくるというのは興味深かったです。「言葉」というのは新しい活動を進める上で、拠り所になる大切なものだと改めて感じました。

 著者には一つの願いとして「自分がいなかった世界と、いた世界は、ちがう世界であってほしい」というのがあるとのこと。素敵な願いだと思います。本書を読むことで、「いい仕事がしたい」と強く思うようになり、自分の「働く」ということを見つめ直す機会につながりました。近場で「ゆるスポーツ」が開催される際はぜひ参加してみたいと思います。素敵な読書時間をありがとうございました

#読書の秋2022
#マイノリティデザイン
#ライツ社

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