マガジンのカバー画像

モイラの落涙

4
運営しているクリエイター

記事一覧

楽趣公園(ルーチー・コンユァン)-HANABI 後編-

楽趣公園(ルーチー・コンユァン)-HANABI 後編-

 ゴールデンウィーク明けから間もない皐月のある夜。

 真由美が目を開けると男の顔があった。

「ぎゃーッ」

 ガバッと彼女が上体を起こすと、目の前で腰を抜かして座る白装束の林太郎が居た。

「お、お父さん…」

「真由美。驚かさないでくれよ。心臓が止まるかと思った」

「それはこっちのセリフですよ。それにお父さんの心臓は止まってるでしょう」

「あぁ。そうだった」

「もう…」

 二人、苦笑

もっとみる
モイラの落涙 -失楽(3)-

モイラの落涙 -失楽(3)-

妄執



「私が強い。ちっとも強くなんかなくてよ。御覧なさいな。見ての通り一人で歩くことも儘ならない死期の迫っている老婆。こんな私のどこが強いと仰るのかしら」

「お心。いいや、精神ですよ。奥様は強靭な精神をお持ちでいらっしゃられます。そのエネルギーの源が何かを知りたいものですなぁ」

「酒井警部。年寄を相手にからかってはいけませんよ」

 悦子は紅茶を口にした。

「あら。すっかり冷めてしま

もっとみる
モイラの落涙 -失楽(2)-

モイラの落涙 -失楽(2)-

游揺



「写真?」

「はい」

 酒井は古ぼけた一枚の白黒写真を彼女に渡した。

「白衣姿の集合写真ね。どこかの大学かしら?」

「帝旺大学病院です」

「すいぶん古い写真のようですけど?」

「六十年前に撮られました」

「そう」

「福泉研究室のメンバーです」

「福泉研究室?」

「ご存じありませんか?」

「知っていますよ。当時、大脳分野の製薬研究でめざましい成果を上げていた研究室

もっとみる
モイラの落涙 -失楽(4)-

モイラの落涙 -失楽(4)-

            鱧椀

「うなぎ、ですか?」
 酒井は織部の角鉢に盛りつけられた肴を見て言った。
「焼き鱧でございます」
 クイント、穏やかに答えた。
「ほう。珍しい」
「えっ。ハモって何ですか?」
 内村は角鉢を覗き込むと酒井に尋ねた。
「うなぎ。どちらかというとアナゴの仲間だな。お前、関東の出身だったなぁ?」
「宇都宮です」
「それなら余り馴染みがないかも知れないな。関西、京都や大阪で

もっとみる