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詩の朗読と、呼吸してなかったわたし

声に出して読むうちに、だんだんと呼吸が整うのをおなかから感じてくる。

詩を読みたい。昨年末、そう思ってわざわざ日本から取り寄せたのがこの本だ。今わたしが住んでいる国は日本に比べて日照時間が少なく、毎年クリスマスが終わると同時に長く暗い冬がはじまる。そんなときに出てきた感情が、詩を読みたい、だったのだ。

この国では、10人に1人が「冬季うつ」というものにかかる。倦怠感と無気力な状態がつづき、なんでもかんでもマイナス思考になるという厄介な病気なのだが、春になるとなにごともなかったかのように元気になるのが特徴だ。わたし自身、一昨年にはじめてこれを経験した。去年はそんなわけですごく気をつけていたので、努めて人に会っており、冬季うつの症状はほとんど出なかった。ところがこの冬はコロナ禍で人に会えないことに加え、公私ともにショッキングな出来事がつづいたため、案の定、今年も冬季うつ気味である。

倦怠感はもちろんのこと、頭痛や微熱、動悸、腹痛など、その時々によって症状は違い、調子がいいときもある。それでも頭を抱えてしまうのは、ほぼ毎日、涙があふれてきてしまうことだ。経験上、春にはよくなることがわかっているが、とにかく今は「これは冬のせい、これは寒さや暗さのせい。だから大丈夫」と自分をなぐさめることしかできない。このご時世でわたしのようにつらい思いをしているひとは、きっとたくさんいるはず。だけど大丈夫、春は必ず来ます。

涙の発作が起きた週末のある日、ソファで寝転がりながら、年始に届いた長田弘さんの『深呼吸の必要』を開いた。子どものころの風景、なんでもない日常。それらがていねいに言葉に乗せられていて、静かに呼吸するように詩がつづいていく。気がつくとわたしは背筋を伸ばし、詩を朗読していた。ゆっくりゆっくり、呼吸を整えるようにして、長田さんの言葉を声に出して読んだ。すると、肺に温かい空気が入ってきて、浅くなっていた呼吸がだんだんとおなかまで届くのを感じてくる。

いつの間に涙も治まり、悲しかった気持ちがなんでもなかったように消えてしまっていた。これが長田さんの言葉のおかげなのか、朗読のおかげなのかはわからないけれど、この本を読んだおかげであることには違いない。まさに「深呼吸の必要」を、身をもって感じた出来事だった。日ものびてきたことだし、春は近い。わたしもいつか長田さんのように、誰かの背中を押すような言葉をつむげるひとになりたい。

深呼吸の必要
長田弘/著
ハルキ文庫、2018年/刊


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